「攻略対象隣国の第2王子」の兄
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カインは食堂を後にして部屋に戻ろうとしたが、思い直して寮を管理している監督官、いわゆる寮監のいる部屋へとやってきた。寮内で必要なものを販売している売店も兼ねていると寮案内に書いてあったのだ。
「こんにちは。監督官はいらっしゃいますか」
廊下に面して小窓が設置されており、カウンターの様にテーブル代わりの板が窓の下に飛び出している。その小窓を開けて、中を覗き込みながら声をかけたが返事がなかった。まだ入学式前だから業務が開始されていないのだろうかとカインは考えたが、寮としてはもう稼働しているのだからそんな事はないだろうと思い直した。今日入寮してくる人が多いから忙しくしているのだろう。しばらく待ったが戻ってくる気配がなかったので、今日のところは諦めようとカインは小窓を閉めると自分の部屋へと戻っていった。
「遅かったな。帰ってきたところで悪いがカイン、しばらく席を外してくれ」
部屋のドアを開けるなり、先に戻っていたジュリアンにそう言われた。ジュリアンはベッドの上に見知らぬ少女と並んで座ってその腰を抱いていた。
「何をしているのですか、ジュリアン様」
「見ての通り、かわいい女の子と楽しいおしゃべりをしておる」
「どちら様ですか?」
「それをこれから知るところだ。先程待ち伏せされてな、私と仲良くしたいと申すので連れてきたのだ。二人きりで過ごすのでしばらく部屋を空けてくれ」
先程、シルリィレーアに愛してると百回言わされた男が何を言っているのか。カインは理解できなかった。
「婚約者のいる男性と未婚の女性を密室に二人きりにするわけには行きませんよ。そちらのご令嬢に婚約者がいらっしゃるのかは存じ上げませんが、居てもいなくてもジュリアン様にはシルリィレーア様がいらっしゃるのですから、見過ごすわけには参りません」
婚約者のいるジュリアンと二人っきりになろうとする令嬢も令嬢だ。一時の気の迷いでジュリアンのお手つきだなんて噂になったら婚約者がいれば婚約破棄、居なければあらたな婚約者探しの障害になるのではないか。
「そうか、カインの国は一夫一妻制なのだったな。ユウムは侯爵以上は第3夫人まで持てるし、王族は側妃を3人まで持てる。つまり、シルリィレーアが正妃であることは揺るぐ事はないが、あと3人の婚約者ができるまでは浮気にはならんのだ!」
「……そうですか」
「安心しろ。子をなすような不埒な真似はせぬ。ただお互いを知るために親交を深めるだけだ」
ジュリアンの言い訳を聞いても一つも安心できないカインだった。
そもそも、ディアーナという婚約者が居ながらゲーム主人公と仲良くなり、やがて恋心を育ててディアーナを捨てたアルンディラーノという例があるのだ。シルリィレーアという婚約者がいるジュリアンに粉をかける令嬢にもいい気はしないし、あと3人は行けるとかいいながら婚約者以外の女とイチャイチャしようとするジュリアンにもいい気がしない。
「不埒な真似をせず、ただ親交を深めようというだけならば私を追い出す必要はないでしょう。私はおとなしく机に向かって予習をしていますからどうぞ親交を深めてください。ドアは開けておきますからね。男二人がかりで襲いかかったなどと噂が立っても困ります」
「カイン…。融通が効かぬやつだな」
カインはドアを開けたまま部屋に入ってくると、ジュリアンの机の前から椅子を持ち上げて廊下まで持っていき、ドアが閉まらないようにドアストッパー代わりに椅子を置いた。そうして自分は自席へと座ると前もって配られていた教科書を手に取って中身をパラパラとめくっていく。
飛び級する気満々なので、一年でどれほどの勉強をするのかをざっくり知っておこうと思ったのだ。イアニス先生からは、基本は6年制レベルまで終えていると言われてはいるが、サイリユウムの貴族学校と教育水準が同じとは限らない。文学系の授業はもちろんカインにとっては外国語なので難易度は高くなる。歴史や地理も他の一年生と同じスタートと言って良かった。
「カイン…」
何より、サイリユウム人はほとんどの人が魔法を使えない。魔法が日常に馴染んでいたリムートブレイク国は魔法の授業が学校にあるはずだが、サイリユウムの貴族学校には魔法の授業がない。芸術系の授業はあるが、これらは参加することに意義があるので、飛び級にはあまり関係がなかった。
「おい、カイン」
家庭教師たちから、卒業できる程度に学習が進んでいると褒められていたが、それはリムートブレイクの学校に進んでいればの話だったようで、他国に行けば意外とアドバンテージを取れるほどではないとわかった。
それでも、算術や自然、物理、生物などの共通の教科もあるので、そのあたりでうまいこと勉強時間の確保が出来るかもしれない。そんなこんなでカインは今後の自分の学習予定について思いをはせていた。背中にビシビシと刺さっている視線を無視しながら。
「あの…わたくし、出直してまいります。ごきげんよう、ジュリアン第一王子殿下」
「うむ。また学校で会おう」
ついに、いたたまれなくなったのか令嬢が立ち上がって挨拶をすると部屋から出ていった。退出の挨拶にあっさりと頷くあたり、ジュリアンも強く引き止めるほど令嬢に興味があったわけでは無いようだった。
令嬢が出ていって足音が聞こえなくなると、カインは立ち上がってドアを開けていた椅子を持ってもとに戻し、また自分の席に座って教科書をめくり始めた。
「お前の国では一夫一妻で一人を愛する事が尊ばれるのかもしれないがな、ウチは違うんだよカイン。家どうしのつながりを持つために、政略結婚をしつつも恋愛も楽しめる素晴らしい決まりのある国なんだ。邪魔をするんじゃないよカイン」
ジュリアンが文句をいい出した。カインはため息をつくと上半身をひねって椅子の背もたれに腕を乗せ、顔をジュリアンの方へと向けた。
「女性も、複数の夫を持つことが出来るのですか?」
「出来ぬ。一人の男性が複数の妻を持つことができるだけだ。仕事をして家を盛りたて、稼いで家族や使用人を食わせるのは男の役目だからな」
「では、政略結婚をしつつも恋愛を楽しめるのは男性だけですね」
「む」
シルリィレーアがカインの中で「ゲームのディアーナ」と重なってしまう。ユウムでは多妻が認められているのであれば、婚約破棄やジジイへの下賜などはないのだろうけど。そもそも、第3夫人まで認められているのが侯爵家までならば、伯爵や子爵や男爵は一夫一妻ということだ。そこになにか理屈はあるのだろうが、偉い男は女遊びが合法でできる、という風にしか今のカインには受け止められなかった。
「そもそも、男子寮に女子は入寮禁止ですよ。逆もそうです。浮気だとか浮気じゃないとか以前の問題ですから」
「カインは頭が固いな…そのようにガチガチでいてはモテないぞ」
「モテなくて結構です」
隣国で恋人や婚約者を探す気はカインにはない。結婚相手を見つけたら帰ってきて良いとは言われているが、ディアーナを悪役令嬢フラグから守ると決めているカインが、帰国のためだけに女の子を見繕うなどという事を出来るわけがなかった。
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10月に書き始めた小説ですが、皆さんのおかげで書き続けてこられました。
いつも誤字報告や感想、ブックマークありがとうございます。
一年お疲れさまでした。どうぞ良いお年をお過ごしください。
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