作戦会議を始めよう
ティールームから解放されたカイン、イルヴァレーノ、ディアーナはカインの私室に集まっていた。
二人掛けソファにカインとディアーナが並んで座り、テーブルをはさんで反対側の一人用ソファにイルヴァレーノが座っていた。
「さて、作戦会議だ」
カインは膝の上に肘を乗せ、指を組んだ手の甲の上に自分のあごを乗せたポーズでそう言った。
ディアーナに「弱い者」と言われて泣いた跡はもうどこにもない。
「ディアーナ。お母様はディアーナが騎士になったり騎士のまねごとをするのがお嫌なようだ」
「お父様が良いって言ったのに…」
ディアーナはまだ少し不満顔である。
カインとのニーナごっこが楽しかったのと、アルンディラーノと手合わせをして
「我慢はしない。我慢をしなくて良い努力をしよう」
「お兄様?」
「騎士服を着て、細身の剣を振るうディアーナはきっと素敵だよ。僕は、騎士になりたいのならその夢をあきらめないで欲しいと思うよ」
ディアーナはまだ4歳。少女騎士ニーナという女の子騎士が活躍する絵本を読んで騎士になりたいと言い出すぐらいなので、この後いくらでも「将来なりたい職業」は変わっていくのだろうとカインもわかっていた。
そして貴族、しかも公爵家の令嬢として生まれたからには家格の合う貴族の家へ嫁いでいく未来しか無い事もわかっていた。
それでも、「それしか選べない」のと「色々と出来るけれどもそれを選ぶ」のでは全く違う。剣を使いこなす貴族婦人が居ても良いじゃないか。魔法を使いこなす貴族婦人が居ても良いじゃないか。
ディアーナに出来ることが沢山あれば、亭主関白に屈して泣くなんてことはきっとない。
「こんな話を知っているかい?」
カインは、遊び人のふりをして街中をフラフラしつつ悪人を見つけ、のちに警邏役人に突き出された悪人がシラを切り、証拠はあるのかと叫ぶと実は警邏役人が遊び人だった!この目で見た!で解決する話をディアーナにした。
次に、遊び人のふりをして街中をフラフラと歩き、下っ端役人の悪行を暴いて見せるが下っ端とはいえ役人は貴族の為悪行に対して泣き寝入りさせられそうになったその時!実は遊び人は王様でした!さらに上の権力から悪行を指摘され、悪い下っ端役人は牢屋に入れられてめでたしめでたしとなる話をした。
さらに、辺境領を治めている貴族が領民にひどいことをしているのを旅の老人が諫めるが、権力を振りかざして黙らせようとしたので侍従が剣術でそれを抑えた上、老人が実は引退した元宰相だった事を明かして成敗するという話をした。
カインは、身振り手振りを交えて各キャラクターのセリフを感情を込めて芝居の様にそれらの話を聞かせた。
ディアーナはキラキラした目で話を聞いている。
「ディも平民のふりする!」
「そう来たか~」
「今の話の流れで、そうならない訳がないでしょう」
カインは、隣に座るディアーナの頭を優しくなでる。ハーフアップに結ばれている髪には木彫りの髪留めが付けられていた。
透かし彫りの技術を認めてアクセサリー工房への職を斡旋してくれた母エリゼだが、宝石や貴金属が使われていない木を彫っただけの素朴なこのアクセサリーを好んでいない。ディアーナが使っているのを見ると「別のにしたら」とやんわりと交換することを提案してくる。
ディアーナは、
「平民のふりをしたら、さらにお母様に怒られてしまうよ」
「でも、悪人を懲らしめるためには弱い者のふりをして油断させた方がいいのでしょう?」
「そうだよ。貴族にも、立場の弱い者はいるんだよ。誰だかわかる?」
「うーん。
ディアーナもカインもまだ他家との交流はあまり無い。
カインは近衛騎士団の訓練に混ぜて貰っているために王族であるアルンディラーノと副団長の息子たちとの交流はあるがそれだけだ。
刺繍の会で遊んだ子もいるが、あれも結局その場限りとなってしまっている。
ディアーナは、大人たちの会話の端々から爵位の差による立場の違いと言う物がなんとなくあるとは感じているようだが、いまいちピンとは来ていないようだった。
カインは一生懸命考えているディアーナの髪の毛をひと房取ってネジネジといじりながら、顔だけイルヴァレーノへと向けて聞いてみた。
「イルヴァレーノは?貴族の中で立場の弱い者って誰だと思う?」
「令嬢でしょう。結婚して夫人となり女主人となれば立場は上がりますが、令嬢は自分の意思で決定できることがとても少ないと思います」
満点の答えだった。カインの意図を酌んで答えて欲しい答えを発言してくれた。カインはディアーナの頭を抱え込んでギュムっと抱いて見えないようにすると、イルヴァレーノにニンマリと笑って見せた。
「さすがイルヴァレーノ。わかってるね。そう、令嬢だ。ディアーナ。ディアーナは何もしなくても弱い立場の人間なんだよ」
「やだ!ディは弱いのなんてやだ!やっぱり騎士になる!」
腕を突っ張ってカインをはがすとディアーナはカインの顔を見上げて抗議する。少女騎士ニーナの様に強い女の子になりたいディアーナに、令嬢は弱いと言えば反発されるのはわかっていた。
「そうだよ。だから、
「弱い
「淑女教育を頑張って、完ぺきな淑女を目指してお母さまを騙すんだ。大人しくて、おしとやかで、刺繍もダンスも詩歌も礼儀作法も完ぺきなレディのふりをするんだよ。お母様もお父様もパレパントルすら騙すんだ。その裏で剣の練習も魔法の練習もやって、皆に内緒で強くなるんだ」
「レディのフリをするの?」
カインは立ち上がると、部屋の中ほどまで歩いてディアーナたちに背中を向けた。
「私の名前はディアーナ。リムートブレイク王国の筆頭公爵家の長女にして深窓の令嬢と名高い究極の淑女。扇子より重たいものは持ったこともないか弱いレディなの…」
いきなりシナを作ってそんなことを言い出したカインを、イルヴァレーノとディアーナがぽかんとした顔で眺めている。
カインは、伸びてきた髪の毛を手で払いながら上半身をねじって二人の方に顔を向けた。
「しかし!それは世を忍ぶ仮の姿!私の本当の正体は弱きを助け強きを挫く正義の味方!」
そこまでセリフを言い切ると、カインは3歩ほど下がってから軽く助走して側転からのバク天を披露するとどこに隠し持っていたのか物差しを構えてポーズを取った。
「少女騎士ディアーナ、ただいま見参!」
ビシリとディアーナへ向けて物差しを突き付けている。不敵な笑顔を浮かべていたカインはじっとディアーナの顔を見つめていたが、ふっと力を抜いて柔らかい笑顔になると物差しを握った手も降ろして肩をすくめた。
「どう?カッコよくない?」
「カッコいい!!」
ぱちぱちと拍手をしながらディアーナが身を乗り出してカインを褒める。
ソファに座り直してディアーナの拍手を手を包むように握って止めると、優しい顔でディアーナの顔を覗き込んだ。
「つまりは、相手が油断する人物のフリをすればいいんだから、平民である必要はないんだよ。しかも、完ぺきな淑女のフリが出来れば普段はお母さまにも褒めてもらえるしね」
「お母様やお父様もだますの?」
「敵を騙すにはまず味方からって言葉もあるんだよ、ディアーナ。淑女の鑑ともいえるお母様を納得させられるレディになれば、それはもうディアーナの
身内である両親すら騙すという点に、ディアーナは少し罪悪感があるようだった。両親はこれまでディアーナにとっては優しくて甘い人間であったから当然と言えば当然ではあるが。
「僕が近衛騎士団で習ったことを、この部屋でこっそりディアーナに教えるよ。僕も紳士としての振る舞いを身につけなくてはいけないから、淑女教育も一緒に頑張ろう。騎士としても、貴族の紳士淑女としても僕と一緒に最強を目指そうよ。世を忍ぶ仮の姿は完ぺきな程、正体を明かした時の驚きは大きいからね」
「さっきのクルって回るやつも教えて!」
「いいとも。ああいうのは、イルヴァレーノの方が上手なんだよ」
「イル君が?」
ディアーナが目を丸くしてイルヴァレーノの方を見る。
突然話を振られたイルヴァレーノは一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐに迷惑そうな目でカインをにらみつけた。
「ふふ。敵を騙すにはまず味方からってさっき言ったよね?実はディアーナには黙っていたけど、イルヴァレーノが元孤児で僕の侍従だっていうのは世を忍ぶ仮の姿なんだよ」
「イル君が!?」
ディアーナが期待に満ちた目でイルヴァレーノを見つめた。
イルヴァレーノはシチューの具のジャガイモだと思って口に入れたらニンニクだった時のような苦り切った顔をしている。
「イルヴァレーノはね、侍従じゃなくて僕の護衛なんだよ。僕より強い、最強のニンジャなんだ」
カインはここぞとばかりに自慢気にディアーナに説明したが、思っていたのとは違う反応が返ってきてしまったのだった。
「お兄様、ニンジャって何ですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます