諸悪の根源は誰だ
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少女騎士ニーナは、弱い者いじめを許さない。
男の子が好きな女の子をいじめているのをコテンパンにやっつけては、気を引きたいなら優しくしろと言う。
大きな子が小さな子をいじめているのをコテンパンにやっつけては、小さな子は助けてあげなさいと言う。
少女騎士ニーナは、いつでも弱い子どもの味方だと宣言する。そして、皆の味方であるために常に自分が最強であろうとする。
怖い空気を醸し出している母親、頭を下げたまま上げられないでいるイルヴァレーノ。頭を抱えてうずくまっているカイン。
ここは、少女騎士の出番である。そう
「お母さま!お兄さまもイル君も悪気があったわけではありません!弱い者いじめはいけませんよ!」
キリッとした顔をしてディアーナは大きな声でそう言った。
「弱い者…」
弱い者と言われて庇われたカインは、頭を抱えていた手を動かして顔を覆うとグスグスと泣き出した。
「弱い者…」
弱い者と言われて庇われたイルヴァレーノは、とても複雑な味わい深い顔をしていた。
「…いじめているわけではありません。ディアーナ、そんな足を広げて立ってはいけません。そもそもは、あなたの話なのよ、ディアーナ」
「ディの?」
「それです。ディアーナ。これからは自分の事をディと呼んではいけません。『私』と言わなければなりません。お
「レディ…」
スンスンと鼻をすすりつつ、うつむいていたカインが顔を上げた。
「ディアーナが、自分をディと呼ぶのはお父様とお母さまがディアーナをディと呼んでいたからです。お父様とお母様の親愛の証ではありませんか。呼んではいけないなどと、まるで悪い言葉みたいに言うのはやめてください」
「…そうですね。私たちもいけませんでしたね。これからは、ディアーナの事はディアーナと呼ぶことにしましょう。ですから、ディアーナも自分の事は『私』というのですよ」
カインの言葉に、厳しい口調をすこしやわらげたエリゼ。ディアーナの顔を優しく見つめて諭すように言いつける。
ディアーナは、仁王立ちしていたのをモゾモゾと足をそろえて立ち、兄達を庇うように広げていた手を下ろした。その顔はしょげてしまっている。
カインは、腰を浮かすとディアーナの肩にそっと手を置いて後ろへさがらせ、椅子に座らせた。
「急にやれと言われて出来る物でもありません。ひとまずは人前では「私」というように、という事ではいけませんか、お母様」
「使い分けがきっちり出来るのなら良いでしょう。でも、ディアーナはまだ幼いのよ。常からやっておかないと咄嗟の時に素が出てしまうかもしれないわ」
カインは、ディアーナの肩を優しくさする様に撫でてやりながらグッと自分に引き寄せてその頭を自分の肩に乗せた。
カインの体温を感じて、ディアーナはホッとしたように顔から力を抜いたのだった。
「なにより、自分のことをディと呼ぶディアーナはとても愛らしいではないですか」
「愛らしいかどうかではないのよ、カイン。わかるでしょう?」
エリゼはため息をつくと、スカートのすそを伸ばしながら座り直して背筋を伸ばした。
「大勢の人が居る前で、運動服を着るのを恥ずかしいと思わないのではだめなのです。男の子に交じって剣を振り回したいと言う様ではダメなのです。ましてや、男の子より強くなってはダメなのです。男の子を負かしてしまうなんて……乱暴な女の子だと噂されてしまったらどうするのですか」
「ディアーナは淑女の挨拶がきちんとできます。大人しく座って刺繍をすることもできますし、腕前は同じ年頃の女の子には負けないでしょう。イアニス先生の授業だってまじめに受けています。4歳の女の子が、1時間も大人しく座って授業を聞いていられる事がどんなに凄いことかわかるでしょう?ディアーナは立派に淑女として成長しています」
「カインは3歳の頃から落ち着いて座って勉強することができていたのですから、ディアーナだってできて当たり前でしょう。刺繍だってステッチを3つほど覚えただけでまだまだです。淑女の挨拶がきちんとできても、その後廊下を走っていたら意味がないのですよ。淑女として成長していても、棒きれを振り回していたり騎士のまねごとをしていては差し引きしてマイナスになってしまうのです。貴族の評判というのは、そう言う物なのです」
カインは、ディアーナにニーナごっこをする中で体重移動や剣の振り方などが身に付く様に誘導するような動きで敵役を請け負っていた。
それは、いつか来るかもしれない対魔王戦の時に体を乗っ取られない為の『念のため』の対策でしかない。
アルンディラーノと会わせたくなかったから、近衛騎士団の練習に混ぜる気もなかった。
今までなら、ディアーナに甘いエリゼは少しずつ成長していくディアーナを見守っていたかもしれない。けれど、王城という公の場で運動服を着て出ていき、木刀を持って振り回し、王子を負かしてしまった。
その事実を目の当たりにしたせいで、ディアーナの淑女教育を焦っているのかもしれなかった。
カインは、自分のせいだと思った。
ディアーナはゆっくりと成長することで、優しい女性になればいいと思っていた。悪役令嬢と呼ばれるような、傲慢で自分勝手な女性にならなければ良いと。
自分のせいで、母親がディアーナに殊更に『貴族のあるべき令嬢像』を植え付けてしまえば、爵位の下の物を虐げるような女性になってしまうかもしれない。
「おか…」
なんとか、もう少しゆっくりと成長を見守ってほしい。そう、カインは訴えたかった。
母に声を掛けようとしたが、その声はディアーナによって遮られた。
「お父様が騎士になっても良いって言ったんだもん!」
「は?」
エリゼが、貴族女性としてはあるまじき声を出してディアーナに視線を向けた。
エリゼからの視線が外れたカインも、横に座るディアーナへ顔を向ける。 ディアーナは、ほっぺたをぷっくりと膨らませながら、強く抗議する目でエリゼをにらんでいた。
「こないだ、一緒にお出かけしたときに言ったもん!なんでも買ってくれるって言ったから、ニーナのご本が欲しいって言ったら、騎士が好きなのかい?って言って買ってくれたんだもん!その時に、ディもニーナみたいになりたい!ニーナカッコいい!って言ったら、ディならきっとなれるよ!ってお父様が言ったんだもん!ディが騎士になったらお父様の事も守ってね!ってお父様が言ったんだもん!」
爆弾発言である。
おそらく、その場限りのディアーナを喜ばせるための方便だったのだろう。でなければ、その後「剣の訓練はダメ」とは言わないはずである。
幼いディアーナでも、この家で一番偉いのが父であることは理解している。母も兄も事あるごとに「お父様が良いって言ったらね」と言うからである。兄は時々「お父様には内緒だよ」とも言うが。
その父がきっとなれるよ。騎士になったら守ってね。と言ったのに、母に怒られるのはディアーナとしては納得がいかなかった。
ディアーナには、本音と建て前や、お世辞や社交辞令の
兄が自分をほめ過ぎであることは、理解していた。
「いったん解散にします。それぞれ、部屋で午後からの授業に真摯にとりくみなさい」
エリゼはそう言って子どもたちをティールームから退室させた。
カインがディアーナと手をつないでドアを出ようとした時、エリゼの声が聞こえた。
「パレパントル。旦那様が戻られたら執務室へ行くように伝えて、私を呼びに来て頂戴」
「かしこまりました。奥様」
ディアーナが騎士へのあこがれを我慢しなかった最初の原因は、父であると母は判断したようだった。
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