神渡り 3

神渡りはコレでおしまい

  ―――――――――――――――  

王宮側通路を警護している騎士に礼を言い、カインとディアーナは列に戻った。

イルヴァレーノの前後に並んでいる人に礼を言えば、すんなりと列の中に入れて貰えた。

抜ける前にきちんと挨拶していたのが効いている様だった。お兄ちゃん偉いねと知らないおばさんから頭をなでられた。


昼寝をしていたおかげかディアーナはまだまだ元気なようで、3人でしりとりやなぞなぞなどをしながら時間が来るのを待った。


「神様一年ありがとうございましたー!!」


合図に合わせて立てる親指の本数を当てる遊びをやっていたところで、列の先から大きな声で神に感謝する言葉が聞こえてきた。何だろうと3人が顔をあげると


「「ありがとうございましたー!!」」


周りから言葉の後半の大合唱が湧き上がった。

ディアーナはその声の大きさにビックリしてぴょんとその場で飛び上がってしまった。「ディアーナうさちゃんクフフフフ」とカインが口元を隠して笑っていたのを、イルヴァレーノは見なかったことにした。


「神様一年よろしくお願いしまーす!!!」


また、今度は神様を迎える言葉が列の先から聞こえてきた。3人は顔を合わせて頷くと、今度は周りの人たちに混ざって大きな声を出したのだった。


「「よろしくお願いしまーす!!!」」


ガラァーーン。ガラァーーン。


大合唱の余韻があるうちに、鐘の音が鳴り響いた。

1年が終わり、そしてはじまった合図だった。

周りの人たちに合わせて、ポフポフと手袋をした手で拍手をすると、列が少しずつ進んで行くのでついて行く。

時々、チリンチリンと軽いベルの音が混じるが、鐘の音が止まることなく鳴り響き続けている。


「鐘のおと、おっきい時と小さい時とあるね」


ディアーナが空を指差してそう言った。別に音が空に見えているわけでもないけれど、列の前で鳴らされた鐘の音が、頭の上、空を伝って街の隅々まで響いているような感覚はカインも感じていた。つられて空を見上げて息を吐くと、空が白く曇った様に見えた。


「力の強い人と、弱い人で音が違うんだろうね。鐘を大きく振れる人はきっと音が大きいんだよ」

「じゃあ、ディは頑張って一番大きい音を出すよ!」


フンスフンスと鼻息を荒くして、ディアーナは気合い十分である。


ついに3人の順番がきた。鐘の隣で案内をしている係員が、ディアーナを見て脇にある小さなベルの紐を差し出した。


「お嬢さんは小さいから、こちらにしておくといいよ」


なるほど、先ほどから時々混ざるベルの音は、小さい子用の軽い力で鳴らせるベルの音だったのかとカインが頷いていると、ディアーナは思いっきりほっぺたを膨らませていた。

そして淑女らしく、係員には直接文句を言わずにカインの目に向かってどうにかして!という強い視線を送ってきた。


「よし。ここは僕に任せなさい!」


苦笑しつつ頼られて嬉しい顔をしつつ、カインはイルヴァレーノを手招きしてメインの鐘の真下に立つ。

係員に向かって「僕らは三人で引きますから」と声をかければ、係員も頷いてベルの紐を引っ込めた。

カインはディアーナの脇の下に手をいれるとその体を持ち上げて、鐘を鳴らすための紐をつかませる。


「ちゃんと、握っていてね」


と声をかけて、ディアーナを抱えるように後ろからカインも鐘を引く紐をつかむ。

カインとディアーナの向かい合わせの位置にイルヴァレーノが立つと、カインが紐をつかんでいる位置の少し下をしっかりと握った。

カインとイルヴァレーノが顔を見合わせて、一つうなずくとカインが掛け声をかけた。


「せーの!」


カインとイルヴァレーノが一瞬背伸びをして、その後思いきり体重をかけて紐を引く。足が浮いていたディアーナの足がしっかりと地について、さらに膝が曲がるぐらいまで紐が引かれた。


ガラァーンと大きな鐘の音が響いた。


勢いで、紐が勢いよく上へと引き上げられる。引き続きしっかりと紐をつかんでいるカインとイルヴァレーノと、カインに後ろから支えられているディアーナが足が浮くほどに紐に引っ張られてまたガラァーンと鐘が鳴る。

紐が上がり切ったところでまた、カインとイルヴァレーノが体重をかけて紐を下に引いて、今度は男の子二人が膝を曲げるほどに紐を引いて、ガラァーンと鐘の音が鳴る。

きっと、その日一番の大きな鐘の音が街に響いただろうとその場にいた人たちは子どもたち三人の姿をみて思ったのだった。


王宮の前庭で行われていた貴族向けの神渡りの集まりは、カインとディアーナが戻る頃にちょうど良くお開きの空気になっている所だった。

執事のパレパントルから上着を受け取って羽織っていたディスマイヤとエリゼは、やり切って満足気な顔をしているディアーナを見てほほ笑んだ。


「今年はちゃんと鐘を鳴らせたのね。良かったわね」

「年越しまで起きていられたなんて、ディもいよいよ大人の仲間入りだなぁ」


頬を赤らめて、明らかにほろ酔いな両親から褒められているディアーナだが、眠気がだいぶ押し寄せてきていた。

鐘を鳴らしたまでは興奮してしっかり目を覚ましていたが、両親の顔をみてホッとしたのと魔法で空間が暖かく保たれている王宮の前庭の環境にだんだんと瞼が落ちはじめてきていた。

年越しの鐘を鳴らすという目標も達成しているので満足しているのか、眠くなってきていてもぐずらずにただフラフラとしていた。


イルヴァレーノがクロークからカインとディアーナの外套を引き取って来たのでカインがディアーナに着せてやり、イルヴァレーノがカインに着せると家族そろって馬車止まりまで歩いていって、馬車に乗って邸まで戻った。

御者席で執事のパレパントルとイルヴァレーノが何か会話をしていたようだが、馬車室内に家族4人で乗っていたカインには内容はわからなかった。カインの膝に頭を乗せて寝てしまったディアーナの頭を撫でてその愛らしい寝顔を眺めるのに忙しかったので、馬車の外の会話など気にする余裕もカインには無かったのだった。



☆☆☆


「完売?孤児院の屋台は売り物が全部売れたの?」


カインの私室で、ディアーナと少女騎士ニーナごっこをしていたカインはイルヴァレーノの報告を聞いて驚いていた。

神渡りの日に孤児院で出した屋台の商品が、完売したという知らせだった。

孤児院の子どもたちが日々遊びの延長で作っていた刺しゅう入りハンカチや、孤児院卒業生のセレノスタが修行中に造ったアクセサリなどを売っていたのだが、それが全部売れたのだという。

刺繍ハンカチについては、上手な子もいるが幼すぎて縫い目がヨレヨレだったり糸始末が不完全で緩くなっている物などもあったはずなのだが。


「庶民街では、『オセーボ』というのが流行っていたそうなんですよ。一年間お世話になった人に、神渡りの日に感謝の気持ちを込めてプレゼントを贈りましょうという事らしいです」


イルヴァレーノは、セレノスタから聞いた話をカインに説明した。

セレノスタはアクセサリ工房へ住み込みで奉公に出ている元孤児院の子どもだ。その奉公先でも、恋人や思い人宛てではなく「母親」や「手伝いを良くする娘」宛ての物が良く出たのだそうだ。

雑貨屋の事務作業を手伝っている、幼い女の子の発案らしいが詳しくは知らないという。

ただ、急に流行ったその習わしに慌てて乗ろうとした若い男性たちが母親に向けてのプレゼントとして孤児院のハンカチが売れたのだそうだ。

「なんだか、ホッとする」とか「自分が刺繍したと言い張れそうだ」とかの理由で売れたらしいので、孤児院の子どもたちは今後も刺繍の腕については精進してもらいたいところだ。


「オセーボ……」


年末に、お世話になった人にプレゼントを贈る催しを「オセーボ」と名付けるそのセンスは、明らかにカインの前世と同じ知識を持つ者の仕業である。

この世界に、カイン以外に前世の記憶持ちが生きている。それがディアーナの幸せにつながるのか、邪魔をするのか、まったく関わりがなく終わるのか。カインにはそれが気がかりだった。

謎の黒い女性から言われた「別の世界」の話も気にかかっている。 

前世の記憶を持って生まれて来た意味や役割というのが、今後なにか示されることの予感なのかどうなのか。


「隙あり!」


考え込んでいたカインの頭を、聖剣アリアードがペシリと刺激する。

そのドヤ顔を見て心がほぐれたカインは、ディアーナをギュッと抱きしめてモチモチのほっぺたに頬ずりをすると、脳天に鼻を突っ込んでクンクンとにおいをかいだ。


「参りました。騎士ディアーナは強いなぁ」


そう言って持ち上げるとグルグルと回転してそのままベッドに倒れ込んで笑った。

  ―――――――――――――――  

誤字脱字のご報告ありがとうございます。とても助かってます。

活動報告にどうでもよいことを報告していますので、お暇な方はぜひご覧ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る