授業参観

誤字報告ありがとうございます。いつも助かっています。

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ディスマイヤとカインが、王城へ行くために馬車に乗り込む。それを、エリゼとディアーナが見送っていた。

エリゼとディアーナの後ろに控えていたイルヴァレーノは、可哀想なものを見る目でカインを見ていた。


「いってらっしゃいませ、あなた。カイン、後から私たちも行きますからね」

「お兄様お父様バイバイ!」


大きく手を振るディアーナに窓越しにディスマイヤとカインが手を振りながら、馬車は出発していった。

今日は、ディアーナと母エリゼがカインの訓練を見学しにやってくる。残念ながら副団長から許可が降りてしまったのだ。


近衛騎士というのは貴族の婦女子に人気があるそうで、時々「見学開放デー」なるものを設定することもあるという。

開放デーを作らないと、こっそり見に来る人が居て危ないのだそうだ。

そういった見学会に来るのは爵位が下位の人たちが多いそうだ。さすがに公爵夫人とその令嬢にその日に来てくださいとは言えないと言うことで、特別に単独での見学が許可された。

「っていうか、子どもが頑張ってるところを親が見に来るなんて当たり前だからな。事前に言っていただければいつ来てもらっても構わない」

という副団長の言葉は、親には伝えなかったカインである。


訓練所の一角に三方に幕をおろしたターフテントの様な物が建てられ、中に小さな薪ストーブが焚かれていた。

そこに置かれた椅子に座って、母エリゼとディアーナが近衛騎士の訓練場を眺めていた。

手を滑らせて木刀や木の棒などが飛んできても危ないし、激しく打ち合って欠けた木片が飛んでも危ないのでテントから少し距離を置いた所で訓練が行われていた。


「今、カイン様には息子のゲラントと手合わせして頂いています。アルンディラーノ王太子殿下と手合わせしているのが弟のクリスです」

「まぁ。副団長のご子息は2人とも騎士を目指すのかしら。頼もしい限りですわね」


テントのすぐそばに立って、訓練内容を解説しているのはファビアン・ヴェルファディア副団長だ。

年の頃も近く、体格も合っているので4人で切磋琢磨しグングン上達していると子どもたちを褒めていた。

実際、カインもクリスもアルンディラーノも攻略対象者のせいか、訓練をすればするだけ技術が向上していく。参加当初は体力的に追いついていなかったアルンディラーノも、今では訓練前のランニングにも付いて来られるようになっていた。


木刀を振り上げ、振り下ろし、相手の木刀を受けてそれを流し、そのまま胴へ打ち込もうとして、寸止めする。

そんなやりとりをしつつ、一段落したところでカインがゲラントと楽しそうに会話している。

クリスから一本取ったアルンディラーノがカインに話しかけて、カインに頭を撫でられている。


それを見ていたディアーナは、すっくと椅子から立ち上がり、副団長の前へと歩いて行った。


「ディアーナ様。テントから出ては危ないですよ」


テントから出て目の前に現れたディアーナに優しく注意して席に戻そうとするファビアンに向かって、ディアーナはポーズだけ淑女の礼をした。


「副団長様。ディも訓練に参加させてくださいませ」


そう言って、ニコリと笑いながらファビアンを見上げてくる。

エリゼが慌てて「見学だけだと言いましたよ!」と腰を上げるが、ディアーナはファビアンから目をそらさない。


「そのドレスでは、剣を振ることも避けることもできませんよ」


そう言って椅子へと案内しようとしたが、ディアーナは動かない。


「イル君!」


とディアーナが声をかけると、後ろに気配を消して控えていたイルヴァレーノが背中からナップザックをおろして恭しく差し出した。頭を下げて一緒に控えていた執事のパレパントルやエリゼとなるべく視線が合わないようにしている。


「運動服をじさんしました!ディも訓練に参加させてくださいませ!」


「イル君!?」

「イルヴァレーノ!」


キラキラと輝く瞳をまっすぐにファビアンに向けて再度参加を申し出るディアーナ。運動服入りのナップザックを持ち上げてうつむき、ぎゅっと目をつぶって保護者達の声を聞こえないフリをするイルヴァレーノ。


訓練中の騎士や子どもたちも、テントで何かあったらしい事に気がついて手が止まっていた。

ファビアンは、困ったなという顔をしながらポリポリと頭を掻きつつ悩んでいるような風に「うーん」とうなって見せた。


「どうしたんだ?何かあったのか?」


手を止めてテントの方を見ていたアルンディラーノが、近寄ってきて声をかけた。後ろからカインやクリス、ゲラントも付いてきている。

ファビアンがディアーナが訓練に参加したいと申し出ているのだと説明すると、アルンディラーノはフムと頷いてカインの顔をちらりとみた。


「ディアーナ。今日は見学だけという約束だったよ?それに、その服装では訓練できないよ」


カインが諭すように優しく声をかけると、ディアーナはまた運動服があることを告げて胸を張る。カインは何でやねんという顔をしてナップザックを恭しく掲げているイルヴァレーノを見やるが、視線を逸らすイルヴァレーノは気まずそうな顔をするばかりである。


「ディアーナが怪我でもしたら僕は泣いてしまうよ。ね、今日は見学だけにしようよ。お父様にも剣はダメだって言われているよね」

「お兄様と一緒に訓練したいんだもん。ディ、怪我しないから!お兄様お願い!お父様には内緒にしてたらいいよ!」


エリゼもファビアンもその他の騎士も居る中で訓練してお父様に内緒も何も無いもんだが、ディアーナの理屈では有りのようだった。

カインの困り切った顔をみて、アルンディラーノはひとつ頷くと一歩前へ出た。


「僕と手合わせして、一本取れたら参加できることにしたらどうかな。ディアーナは僕と同じ歳だし、クリスと違って僕も訓練は始めたばかりだし。ディアーナが怪我しないかどうかがわかれば良いんでしょう?」


そう言ってアルンディラーノは提案した。

始めたばかりと言いつつ、もうふた月程は経つし自分の実力が伸びている自信がアルンディラーノにはあった。

カインに良いところを見せたいという気持ちももちろんあった。怪我をさせないように寸止めで決めれば、カインの望むとおりディアーナは参加を諦めるだろうし、ディアーナを諦めさせたアルンディラーノを褒めてくれるに違いないと思っていた。

体格差の関係でクリスとばかり組んで訓練するようになっていたので、ゲラントと訓練するカインに良いところを見せるチャンスだと思ったのだ。



ファビアンは、エリゼにこっそり「混ざってみたら全然敵わなかったとなれば諦めも付くでしょう。側にいて殿下の木刀が当たらないようにキッチリフォローしますので、一手だけやらせてみてはいかがでしょうか?」と耳打ちした。

エリゼはくれぐれも、くれぐれも怪我をさせることの無いようにと念を押して一度だけだとディアーナの手合わせを許可したのだった。


テントの裏でドレスから運動服に着替えたディアーナは「アリアードよりは重たいね」と言いながら渡された木刀をブンブンとおおざっぱに振って見せた。

その、木刀を振る動作の雑さ加減にアルンディラーノはちゃんと手加減してやらないとと気を引き締めて向かい合わせに立った。


カインはテントの前で真っ白な顔して立っている。

イルヴァレーノを除いたすべての人が、妹を溺愛していて兄バカを拗らせているカインが、ディアーナが怪我をしてしまわないかを心配して居るのだと思っていた。



「はじめ!」


ファビアンの号令で、アルンディラーノは体の前に構えていた木刀を振り上げつつ一歩前へ踏み出そうとした。


ディアーナは、号令と同時に前に倒れる勢いで体を前に倒し頭を低くして足を前に出す。

前に構えていた木刀も振り上げることはせずに少しだけ体の脇へ引いた。体が前に出ているのでそれだけで木刀は体の脇まで振りかぶったのと同じ位置まで引かれた。ディアーナは体を捻るようにしながら体重と遠心力で木刀を前方へと振り抜いた。


ガツッと鈍い音がした。

アルンディラーノとディアーナの間に割って入ったファビアンが、手のひらでディアーナの木刀を受けてアルンディラーノのわき腹に打ち込まれるのをとどめていた。思い切り体をねじって体勢を崩しかけていたディアーナの体も逆の手で支えている。

アルンディラーノは振り上げた木刀を振り下ろせていなかった。



「いやぁ…いてて。これは、明日は痣になってるかもしれんなぁ…」


ディアーナを立たせて、アルンディラーノの腕を下ろさせたファビアンは手のひらをヒラヒラと振りながら苦笑いをしていた。


扇子で口元を隠しているエリゼが、表から見える目許には穏やかな微笑みを浮かべていた。


「カイン。邸に帰ったらお話があります」


隣に立つカインにだけ聞こえる大きさで、地を這うような低い声でカインに囁いたのだった。

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