神渡り 2
今日はチョトナガイ。
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神渡りの日は、エルグランダーク家でも使用人たちにご馳走がふるまわれる。
毎年、料理人が腕を振るった料理の数々が広間に並べられ、自分の持ち場の仕事が終わった使用人から宴会に参加できる事になっている。当主一家は王宮の年越しに呼ばれて不在になるため、本当に使用人のみの無礼講となる。
朝まで明かりを絶やさない事と、後片付けをきちんとすればこの日はディスマイヤもエリゼも、執事のパレパントルも何も言わない。
家族が待っている等で、家に帰る使用人には持ち帰れるように包まれた料理が用意されている。もちろん、それらも断り街の屋台へと繰り出していく下級使用人たちもいる。
使用人たちはそれらの準備に向けて皆バタバタと忙しそうに動き回り、仕事後が楽しみでそわそわとしていた。
そのそわそわとした空気は子どもたちにも伝わり、特にすることがあるわけでもないディアーナもそわそわとしていた。
ドアがノックされ、イルヴァレーノがドアを開けると執事がティルノーアから贈り物が届いたといって大きめの箱を置いて行った。
ディアーナと一緒に箱を開けると、中には
「手の上に載せて魔力を込めてみるように」と書かれたメモ用紙が一緒に入っていたので、一つ手に取って魔力をそっと込めてみた。
「わぁ!光った!」
カインの手のひらの上で、ほんのりと光ったその石を見てディアーナが感嘆の声をあげる。
ティルノーアからの贈り物だったので、何か変なことが起こるのではないかと警戒していたカインだったが、どうやら本当に光るだけの様だ。
箱から一つ取り出してディアーナの手のひらに載せてやると、ディアーナもムムムっと眉間にしわを寄せながら魔力を手のひらに集めてみた。すると、その金平糖の様な石はうっすら桃色に色づいて光った。
「お星さまみたい」
「神渡りの為の明かり用の石だね。本当に、星みたいだね」
イルヴァレーノも、一つ掴んで手で包んでいたが、それはカインとディアーナよりは弱めではあったがちゃんとうっすら緑色に光っていた。
ティルノーアの手伝いで光魔法を魔石に詰め込みまくっていたおかげで、3人は魔力を集中するのが上手になっていた。
それらを天蓋付きのカインのベッドにぶら下げて、ベッドのカーテンを閉めたら簡易的なプラネタリウムの様になった。
ディアーナは「あたらしい秘密基地だね」と言ってはしゃいでいたが、やがてすやすやと寝てしまった。
「ディアーナ様寝てしまいましたね」
「夜更かしの練習で、毎晩遅くまで起きていたからね。それでも一度も日付を超えて起きていられなかったけど…」
「このまま夕方まで寝ていただいた方が、今晩は起きていられるんじゃないですか?」
「たぶんね。しばらく寝かせておいてやろうか」
カインの膝の上に頭を乗せて、光る魔石を握りこんだまま寝息を立てているディアーナ。その髪を優しく手で梳いてやりながら、反対の手で背中を優しくポンポンとゆっくり叩いてやっている。
イルヴァレーノは一度ベッドの中から出ていくと、ブランケットをもって戻って来た。
掛け布団の上、ベッドの真ん中でディアーナが寝てしまっているので掛け布団をかけてやれない状態だったのだ。ブランケットをそっと上からかけてやると、「むぅん」といいながらディアーナが寝返りを打った。
「イルヴァレーノはどうする?今夜は広間でみんなと過ごす?孤児院に戻る?それとも、俺たちと一緒に王宮でもいく?」
「僕は平民ですし、孤児院はセレノスタが戻るらしいので。人が増えればみんなのご馳走が減ってしまいますしね。夕飯をいただいたら部屋に居ようかと思っています」
「あ、セレノスタが戻るんだ」
「はい。屋台を出すと聞いて、修行中に自分で作った細工物も一緒に売って欲しいとか。腕試ししたいらしいですよ」
「へぇ。それは見たかったね。さすがに孤児院までは抜け出せないだろうなぁ」
ディアーナを起こさないように、小さな声でこそこそと話すカインとイルヴァレーノ。
カインは、イルヴァレーノが邸に残ると言ってホッとしていた。鐘をならす広場は平民の子がたくさんいる。ゲームの主人公が来ている可能性も高い。ゲーム内で「幼い頃に神渡りで会ったことがある」みたいな回想シーンは無かったはずだけど、用心するに越したことはない。
☆☆☆
夜の城前広場。
街灯や樹木に光る魔石が取り付けられ、壁沿いには篝火が焚かれていて昼間のように明るい。広場に屋台は出ていないが、
その様子をキョロキョロと眺めながら、ディアーナは鐘を鳴らす行列に並んでいた。
カインとイルヴァレーノと一緒に。
イルヴァレーノは邸に残るはずだったが、ディアーナが「イル君も一緒に行きたい!」と言ったので、2人の侍従として連れてきたのだった。
たとえイルヴァレーノがここで主人公と会ったとしても、それがイルヴァレーノの唯一の優しい思い出とはならない。その自信がカインにあった。
裏世界の仕事をしつつ、心にひとつだけ優しい思い出を抱えていたからこそ皆殺しという行動をとったゲームのイルヴァレーノ。
今、隣に立っているイルヴァレーノはもうゲームのイルヴァレーノではない。大丈夫。カインは自分に言い聞かせた。
何より、ディアーナの願いは叶えてやらねばならなかったから、仕方がないよねと自分に向かって苦笑いするカインである。
「お兄様、ディお手洗い行きたいです」
クイクイと、カインと繋いでいる手を引っ張ってディアーナが見上げてくる。ウサギの耳が付いたニット帽を被っているので、その耳が揺れてとても可愛いらしい。
まだ年を越すにはしばらく時間が有りそうだったが、後ろを見ると列はだいぶ延びていた。
「カイン様。僕が並んでますから、どうぞ行って来てください。列が動き出す前にすませておく方が良いですよ」
イルヴァレーノがそう言って少し詰めると、列から抜けられるほどの隙間ができた。
カインは頷くと、前後に並んでいる人に声をかけてからディアーナを連れて列を離れた。王宮へとつながっている扉まで行き、立っている警護の騎士に話しかけてマントの下の貴族らしい服装を見せた。
警護していた騎士はひとつ頷くと戸を開けてカインとディアーナを中に通し、一番近いお手洗いの場所を教えてくれた。
「お兄様、絶対にそこにいてね!動いたらだめよ!先に戻ったら嫌いになるんだから!」
「大丈夫だよ。ちゃんとここにいるから早く行っておいで」
安心させるようにニコリと笑ってディアーナを送り出すと、静かな通路に遠くから小さく喧騒が聞こえてきた。
今年は年越しの鐘をならせそうで良かった。鳴らしたときのディアーナの様子を想像すると、カインの顔は自然とだらしなくなるのだった。
「君は、神渡りの意味を知っているかい」
突然、すぐ近くから声が聞こえてカインはビックリした。
戸が開く音も、足音が響く音もしなかった。ここにはディアーナと自分しか居ないはずだった。
カインは自分の隣に視線を向けると、そこには背の高い女性がひとり立っていた。
黒いシンプルなワンピースに、フード付きの黒いケープを羽織っていて、髪も瞳も黒かった。
黒い女性は最初まっすぐ前を見ていたが、カインの視線に気がつくとカインを見下ろして視線を合わせてきた。
「神渡りは、古い神が神界に帰り、新しい神が神界より地上にやってくる。そうだね?」
「ええ。僕は、そう教わっています」
黒い女性がニコリと笑った。
「誰も神様なんか見たこと無いのにね。君は信じるかい?神様が別の世界から来て、そして帰って行くなんて」
「さぁ…?」
この国ではあまり宗教は盛んではない。
この神渡りのお祭り騒ぎだって、仏教徒の日本人がクリスマスやハロウィンを祝う様なものだとカインは思っている。
ただ、前世が日本人だったカインだからこそ、魔法があるこの世界なら神様だっているかもしれないとは思っていた。
「君は、こことは違う別の世界があるって信じるかい?」
カインは表情を変えずにいた自分を褒めたかった。サイラス先生ありがとう!と心の中で三回お辞儀した。
表情を変えずに、質問の意図が解らないといった風に首を少し傾げて見せた。
「こことは違う世界があって。そこと、こことで…そうだな、魂とでも言おうか。それが行き来できるとしたら…君は信じるかい?」
それは、カインの前世の記憶の事を言っているのか。神様の話の続きなのか。
「例えば…」
黒かった女性がさらに何かを言おうと口を開いたとき、バァンと大きな音を立てて扉が開いた。
「お兄様ー。ハンカチをかしてくださいませー」
扉の開く音に気を取られて、視線をそちらにやるとびしょびしょの手を前に突き出したディアーナが立っていた。
ポケットからハンカチを出しつつディアーナに駆け寄るカイン。駆け寄りつつチラリと隣に視線をやると、そこにはもう誰もいなかった。
「ほら、手を出してごらん。偉いね。服やマントで手を拭かなかったんだね。ディアーナは淑女の鑑だね」
ハンカチを忘れたことは棚に上げて、服を濡らさなかったことを褒めるカイン。
取り出したハンカチでディアーナの手を拭いてやると、ディアーナの首から下がっている手袋を手にはめてやった。
「お兄様、そのハンカチ」
ディアーナの目線の先には、カインがポケットから取り出して手を拭いてくれたハンカチがある。そのハンカチには、聖剣アリアードの刺繍がされていた。
「ち、違うよ。コレはちゃんと僕が買ったんだよ。お店に出す前に、イルヴァレーノにちゃんとお金も渡したから!僕がちゃんと買ったんだ!ディアーナの初めての売り物は、僕が買おうと思って!お金も!ティルノーア先生のお手伝いで貰ったやつで!ちゃんと自分のお金だから!」
あわあわと慌てるカインを、ディアーナは優しい目で見つめていた。
ポンポンと手袋をした手でカインの肩を優しくたたいた。
「もういいよ。お兄様がディの事好きなのは今にはじまった事ではないものね」
「ディアーナ…」
ディアーナはカインの手を取って握ると、前にたって手を引いて歩き出した。
「イル君待ってるから早く行こう。お兄様」
背筋をピンと伸ばして前を歩く小さな妹の背中を見て、カインはなぜだか少し泣きたくなった。
―――――――――――――――
カインのニット帽はたれ耳。イルヴァレーノのニット帽はネコ耳。ディアーナの手袋は脱いだり付けたりしても無くさないように左右が紐で繋がっていて、首の後ろを回してある。
3人の手袋、ニット帽、マフラーはカインのお手製。
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