秘密基地は子どもの浪漫だ

秘密基地で遊んでいる最中にうっかり怪しい魔道具(もしくは魔呪具)にさわってしまい、アルンディラーノ王子殿下を危険にさらしたという事でまたもやカインは謹慎処分とされてしまっていた。


近衛騎士団での剣術訓練も各種家庭教師も休止中なので、カインは非常に暇だった。

今回は、一応故意ではないと言うことでイルヴァレーノやディアーナと会話することはできるし食事は食堂で取っている。

今も、カインの私室でイルヴァレーノ相手にソファで雑談をしていた。



「趣味人のたしなみとして、知っておくべき爆発が2つある」

「趣味人の嗜み」


「火薬や魔法を使わなくても大爆発を起こすことができるという夢のような爆発方法で、比較的簡単な道具で起こすことができるという浪漫溢れる爆発だ」

「浪漫」


「それは、粉塵爆発と水蒸気爆発だ」

「粉塵爆発と水蒸気爆発」


イルヴァレーノは、興味なさそうな顔で聞いている。カインがイルヴァレーノに話すことは大概くだらない内容のため、今回もくだらないと思っているのだろう。


「もうちょっと興味持って聞けよ。先日の秘密基地を吹っ飛ばしたのはこの水蒸気爆発だぞ」

「…。あれは、カイン様の魔法だったんじゃないんですか?」


イルヴァレーノが少し興味を持ったようで、本から視線を離してカインの顔を見た。


「ようやくこっち見たな。俺はまだ爆裂系の魔法は中威力程度までしか出来ないし、最大威力の爆裂系魔法だってあんなに派手に爆発しないよ。だいたい、爆裂系は火と風の複合魔法だろ。あの時俺は何してた?」


「火の魔法と水の魔法を使っていたな」


「だろ。仕込みは魔法でやったけど、あれは科学…というか自然現象を利用して爆発を起こしたんだよ。理屈は簡単で、めっちゃ熱い物に水が触れると爆発するってだけなんだが、威力は十分だっただろ」


「水が爆発したのか…本当にそんな事が…?」


「気になるなら、今度実験しながら詳細に説明してやるよ。危ないから悪用するなよ?」


の程度が解らないが、多分出来ないから大丈夫だ」


水が爆発するという事に興味を引かれたのか、イルヴァレーノは手元の本にしおりを挟んで閉じた。


「そうしたらもう一つの浪漫爆発、粉塵爆発だ。これはさらに簡単だぞ」


「粉が爆発するのか?」


「その通り。細かい粉が多量に舞い散る中で火花を起こすと爆発が起こる」


「それだけ?」


「それだけだ」


「それじゃあ、パン屋は毎日爆発してなきゃおかしいじゃないか」


「色々と条件があるんだよ。ある程度密閉された空間であるとか、舞い散る粉の密度とかな」


「簡単じゃ無いじゃないか」


「粉と火花だけで爆発起こせるんだぞ?格好いいじゃないか」


浪漫だ浪漫。とカインは人差し指を振って力説していた。


水蒸気爆発は実際に経験したので否定し難いイルヴァレーノだが、粉が爆発すると言うのはどうにも信じがたかった。


「自然現象ってのは、結構恐ろしいもんだよ。水だけでアレだけの爆発が起こる。。理屈を知らなければ、俺がやったなんて疑いのの字も出てこないよ」


カインとイルヴァレーノはあの後、騎士団長や魔法師団長から事情を聞かれたが、無人の秘密基地でうっかり謎の魔法道具を発動させてしまったと言う言い訳がすんなり通ったのだった。

魔法師団長は、その魔道具に興味津々で見た目やさわり心地や発動時の様子などを詳しく聞きたがったし、騎士団長は街からの隠し通路や秘密基地内の埃のつもり方や調度品の有無などを気にしていた。

犯罪組織の隠れ家だったんじゃないかと疑っていたのかもしれない。当たりですよと心の中で旗を振ったカインだが、顔には出さなかった。


今頃は、官憲隊などが街中の無人の倉庫や空き家を探索しているかもしれない。秘密の通路が他にもないかの確認のために。



部屋のドアが、ノックの音と同時に勢いよく開いた。

ディアーナの登場である。


「お勉強終わりました!遊んでくださいお兄様!」

「ディアーナ様、ノックした後に返事を待ってからお入りください」

「はいっ」


元気良く入ってきたディアーナに、イルヴァレーノが小言を言う。ディアーナは毎度返事はするものの、なかなか直らない。

ディアーナは毎度返事だけは良い。


「ディアーナ!3!」

「7!」


カインとディアーナは、しばらく前から「足したら10になるゲーム」をしている。カインが言った数字に、足したら10になる数字をすぐに答えるというゲームだ。

ちゃんと答えられると、カインがディアーナをめっちゃ褒めるという双方に取って得しかないゲームだった。カインがディアーナを褒める機会を作るためにやり始めたゲームだが、このゲームのおかげでディアーナは指を使わずに足し算ができるようになったのだった。


「お兄様とイル君は何して遊んでたの?」


2人掛けソファの真ん中に座っていたカインの太ももをぺちぺちと叩いて座る位置をズラさせると、ディアーナはよじ登ってカインの隣におさまった。


「浪漫についてお話してたんだよ」

「ろまんってなぁに?」

「うーん?夢や幻想への憧れとか?そういえばロマンって正確にはどんな定義の言葉なんだろうな」

「難しいね?」


カインが首を傾げると、真似してディアーナも首を傾げた。

その様子を見て、鏡のようだとイルヴァレーノは思った。体の大きさも髪の長さも違うのに、こうしていると2人はそっくりだった。

ディアーナといるときのカインはいつも優しい顔をしているからかもしれない。


「そうだ。秘密基地を作ろうか!」

「秘密基地!?すごい!秘密なの!?」

「秘密だよ!」


カインは立ち上がると、ディアーナを抱いてソファから下ろして手をつないで部屋を歩き回った。

ディアーナと一緒に学習用の机から椅子を持ってきてベッドから少し離れたところに置き、座面に本を載せて重りにした。

クローゼットのガウンから腰紐を抜くと両端をベッドの天蓋を支える柱と椅子の背もたれに結びつけ、そこにシーツをかぶせると簡易的なテントの様なものができた。

くず入れとして使っている小さなカゴをひっくり返して真ん中に置き、大きめのハンカチを広げて載せる。

小さなランタンを腰紐の真ん中にぶら下げたら、重さで椅子が倒れそうになったので座面に載せる本を増やした。


一時間ほどで、シーツのテントで出来た秘密基地が完成した。

くず入れのテーブルの上にはおやつのキャンディが載り、ランタンの明かりで揺れる室内にはディアーナの持ち込んだぬいぐるみやイルヴァレーノの読みかけの本、カインの刺繍道具などが所狭しと並んでいた。


「狭いからディアーナとくっつかないとはみ出しちゃうな~」


と言いながらディアーナに抱きつくカイン。


「はみ出したら見つかっちゃうからね!」


と言いながらぬいぐるみをぎゅっと抱くディアーナ。


「暗くて読みにくい…」


と眉をひそめながら本を読もうとするイルヴァレーノ。


秘密基地だからおやつの時間じゃなくてもおやつを食べて良いよね。とか、秘密基地だから内緒の話をしよう。とか、秘密基地だから宝物を隠そう!とか。


3人はお昼ご飯に呼ばれるまでコソコソと小さなテントの中で小さな声でおしゃべりをしていた。


昼食が終わり、部屋へ戻ったら秘密基地はメイドに片付けられてしまいすっかり跡形もなくなってしまっていた。


あぁロマンってのは儚いものなんだなと、イルヴァレーノは思ったのだった。

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