君と僕との間には深くて広い溝がある

誤字報告助かってます。いつもありがとうございます。

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騎士団に混じっての剣術訓練が終わったらさっさと帰りたかったカインだが、アルンディラーノがどうしてもと袖をつかんで離さなかったので昼食を一緒に取ることになった。


以前、仲直りのお茶会で案内された食堂に通されて、2人で並んで座る。給仕係りがやってきて食事をテーブルに並べて去っていった。

なんで並んで座るのかとカインが聞けば、向かい合わせでは遠くてお話しが出来ないから、とアルンディラーノは答えた。

王太子殿下との昼食なので、国王陛下か王妃殿下と同席するのかと緊張していたのだが、どうやらこのまま2人きりで食事をするようだった。


「今日の糧を神に感謝いたします」

「今日の糧を神に感謝いたします」


この世界での『いただきます』を言って、パンを手に取る。特にふわふわでも焼きたてでもなかったが、ドライフルーツが入っていた。


「カインお兄様。たくさん走れてすごいね」

「カインで結構です。お兄様はやめてください。殿下」

「そうしたら、カインも僕のことアルって呼んでくれる?」

「……アル殿下」

「カインはなんであんなにたくさん走れるの」

「毎朝と、毎夕に邸の周りを走ってるからですよ。いつもやっていることだから、今日も出来た。それだけのことです」

「僕も、毎日走ったらたくさん走れるようになるかな」

「そうですね。きっと出来るようになりますよ」


野菜のたくさん入ったぬるいスープを飲んで、ちぎった葉物野菜を盛りつけたものをフォークで刺して口に運ぶ。


「今日は、お一人で昼食の予定だったのですか?」

「お昼ご飯はいつも1人だよ。父上も母上もお忙しいのでご一緒できるのはたまになんだよ」

「そうですか…」

「こないだの、カインとディアーナと一緒に食べたときは楽しかったね!お客様がいる時は母上とも一緒にご飯が食べられるからうれしいな」


また遊びに来てね、とニコニコした顔でアルンディラーノは言う。

エルグランダーク家では、母と3人で昼食をとる。ディアーナが離乳食の頃は乳母も一緒に食卓に着いていた(それでもカインが離乳食を食べさせていたけど)

母が不在の時は、執事がイルヴァレーノも一緒に食べても良いと許可を出して3人で食べたりもしていた。

まだ4歳のアルンディラーノがひとりで食事をするのを想像すると、とても寂しい気持ちになった。

一生懸命、ご飯を食べていけと言った気持ちが少しわかった気がする。


「カインは次はいつくる?明日?毎日くる?」

「明日は来ませんよ。他の勉強もありますし、ファビアン副団長のご都合も有ります」


毎日王城まで剣術訓練受けにきて毎日昼食につき合っていたら、ディアーナ分が足りなくなってしまう。

アルンディラーノの境遇に同情もするし、ディアーナやイルヴァレーノのように悪役令嬢化ルートから外れるように矯正したい気持ちもあるが、とにかくディアーナとの時間が減るのがカインにはたまらなくツラいのだ。


「アル殿下も、剣術以外の勉強があるでしょう。きちんと万遍なく学ばないといけませんよ」

「うん。他のお勉強もがんばるからまた遊びに来て」

「はい。また、来ます」


なんでこんなに素直な子が、ウチの可愛いディアーナをおっさんに下賜するなんてゲスなことする人間になってしまったんだろうかと、カインは不思議で堪らなかった。

同じ4歳でも、言葉や話し方はディアーナよりもしっかりしているし聞き分けも良い。賢い子なのだろう。

イルヴァレーノがたった一つの優しい思い出をよすがに殺し屋家業を続けて心を闇に染めたように、アルンディラーノにも語られていない過去があったのかもしれない。心がねじくれるような何かが。

婚約者が居ながらも、天真爛漫な女の子に心引かれるような、何かが。


食事も終わり、寂しそうな顔をするアルンディラーノに別れを告げて帰路を歩くカイン。

何とかしてやりたい気はするが、相手が王族の跡取り息子となってはなかなかに手が出せるものでもないのはわかっている。


「坊ちゃん、歩いて帰ってきたんですか!?」

「お城で馬車呼んで貰ってくださいよ!バッティが今か今かとスタンバってたのに!」


アルノルディアとサラスィニアに声をかけられて、カインは初めて家まで帰ってきてた事に気が付いた。



その日の夕飯での出来事。定時で帰宅したディスマイヤも揃っての食卓は和やかで楽しい時間だった。ディスマイヤからカインに向けた言葉が出るまでは。


「明日から、午前中は毎日王城に行って剣術訓練に混ざりなさい」

「出来ません。他の勉強が滞ってしまうではありませんか」

「そもそも、学園三年生修了程度まで進んでると聞いているぞ。三年生って14歳だぞ。ペースを落としても良いだろう」

「何を言うのですか。学びは深遠です。やってもやっても満足だという事などありませんよ。人は生涯学習し続けるべきです」

「今はそう言う話をしているのではない」



近衛騎士から、しかも副団長から直接剣術を習えるのは魅力のある話だ。戦う力はいくらあっても在りすぎるということはない。

皆殺しルートと先輩ルート(つまり、カインルート)はもはや潰したと言って良い状態だが、まだ油断できない。聖騎士ルートが残っている。

聖騎士ルートはディアーナが魔王の魂に乗っ取られて魔王化し、ヒロインと見習い騎士に倒されるというシナリオだ。それっぽい話がでたときに付いていって魔王を倒す力があればディアーナを救える可能性があるので、戦う力は喉から手がでるほど欲しい。

家庭教師に魔導師をお願いして魔法を習っているのもそのためだ。

集中的に騎士団副団長から剣を習えるのは、この上ないチャンスなのは解っている。カインはちゃんと解っているのだが。


「ディアーナと一緒にお昼ご飯食べられないじゃないですか!家で勉強していれば休憩時間にもディアーナに会えるのに王城の訓練では休憩時間があってもディアーナに会えないじゃないですか!?顔を見ることも後ろ姿を見ることも出来ないじゃないですか!ディアーナが僕のことを忘れたりしたらどうしてくれるんですか!僕とディアーナの時間を奪ってどうするつもりなんですか!僕が剣術を磨いてる間に僕に奪われた親子の絆を取り戻すおつもりですか!僕からディアーナを奪ってどうしようと言うのですか!僕に剣術を極めさせては領地の国境警備に飛ばすおつもりですか!そうやって僕とディアーナの仲を裂くつもりですね!そうはさせませんよ!!」



公爵家当主には、未成年の嫡子がいくら吠えてもかなわないのが世の常である。カインの訴えもむなしく、しばらくの間は朝から王城に通う事が決定したのだった。

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