剣術指南
カインは、げんなりした顔をして王城内にある騎士団訓練場の前に立っていた。
同じく王城内にある法務省に向かう父と同じ馬車に乗って来て、途中で降ろされたのだ。今日はここで、剣術を習うことになっている。
アルノルディアとサラスィニアから隙間時間に剣術を習っていると言ったら、じゃあ本格的に剣術を始めるか?と父に言われ、講師を雇ってくれるのかと頷いたところ、近衛騎士団の訓練に放り込まれる羽目になってしまった。どうしてこうなった。
「カイン・エルグランダーク様ですね?お待ちしておりました。さぁ、こちらへどうぞ」
訓練場の中からひとりの騎士が小走りにやってきて、カインに一礼する。子どもであるカインを様付けして呼び丁寧にお辞儀をするあたり、爵位があまり高くない家の出身なのかもしれなかった。
「教えを請う身です。どうか、カインとお呼びください。敬語も結構です」
そういって見上げれば、「そうかい?助かるよ」と軽い口調が返ってきた。カインとしてもその方が気安い。なんせこちらは子どもなんだから。
「今日はよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げれば、騎士はこちらこそと返して先を歩き出した。
行く道すがら、ここは近衛騎士の日常の訓練場であること。騎士団全体の訓練場は王都の郊外に大きなものがあることなどの話を聞いた。
そうして訓練のメイン会場であろう広場にくると、視界に見覚えのあるものが入ってきた。
その見覚えのあるモノが手を振りながらこちらに向かって走ってくるのを見て、父の思惑を理解したのだった。
「カイン!一緒に訓練するの楽しみだったよ!」
金色の髪の毛をふわふわと浮かせながら、アルンディラーノ王太子殿下が満面の笑顔で駆け寄ってきたのだった。
なるほどね!王太子殿下と接点持たせようとしたわけね!大人って汚い!
「王太子殿下とご一緒できるなんて、光栄です」
しつけ担当の家庭教師サイラス先生の教えの賜物。心の中が荒れていても、にこやか貴族スマイルで挨拶をこなせる自分に拍手喝采をするカインであった。
騎士団といえどもその訓練内容は意外とシンプルで、まずは走り込みから始まった。
毎朝毎夕の約10キロずつのランニングを日課にしているカインは難なく付いていくことが出来たが、アルンディラーノは無理だった。
騎士達も王太子に無理をさせるわけには行かないのか、「初日ですし」といって一周目でへばったアルンディラーノを木陰で休ませていた。
その後は刃をつぶした模造刀での素振り。カインとアルンディラーノは体格に合ったサイズの木刀を持たされて、頭上に持ち上げて振り下ろすという動作を繰り返した。
カインは前世の学校で少しだけ習った剣道を思い出したが、ステップを踏みながら打ち出す文化はこちらでは無いようだった。
素振りに関しても、アルンディラーノは5分ほどでもう手が上がらないよぅと泣き言を言い出し、また木陰で休んでいた。
「おや。カインは誰かに剣を習ってるのかい?」
「家の警護に当たっている騎士に、少しだけ見てもらっています」
騎士達が実戦形式の打ち合いを始めるに当たって、カインを入り口まで迎えに来てくれた騎士がカイン達に基本の型を教えてくれることになった。そこで、カインが木刀を振る様をみていた騎士が剣の扱い方にクセがあることに気が付いたのだ。
「あぁ、エルグランダーク公爵はネルグランディ辺境伯だったね。では、その騎士もネルグランディの騎士だね」
「はい。領地の騎士団から警護の人員をお借りしていますので」
「あちらは国境警備の意味合いも強いし、熊や猪などの害獣駆除や、魔物討伐なんかも仕事のウチらしいね」
田舎剣法だと馬鹿にされるのだろうか?とカインは続く言葉に少し警戒した。騎士は、少し堅くなったカインの気配に苦笑すると手を横に振っていやいや、と言葉を続けた。
「実戦に近い所で戦うもの達は『次につながる』動きをするんだ。振り下ろして、また持ち上げて振り下ろす。ではなくて、振り下ろしたらその勢いのまま後方に横薙ぎして刀をまた頭上まで持ってくる…みたいな。型と型が繋がるように作られていると言うか…」
「はい」
「対して、我々近衛騎士の主な仕事は要人警護だし、王都の騎士団も街の治安維持が主な仕事だから、都市型の戦闘を想定しているんだよね。なので型はコンパクトで直線的になる。どちらが良いとか優れているという話では無いんだよ」
「なるほど。剣術といってもすべて同じでは無いのですね」
「そうそう。それで、カインの剣筋にそういうクセが見えたんで聞いてみただけだよ」
無理に矯正する必要は無いけれど、都市型の方がクセが少なくスタンダードなので近衛騎士団に混じって訓練するときは近衛騎士団のやり方で練習していこう。と言うことになった。
形を意識した素振りをしばらくしていると、それじゃあ打ち込んでみるか!と言われて、騎士が構える模擬刀に向かって木刀を振る訓練に移った。
右に、左にと構える場所を次々に変えていく騎士に対して、カツンカツンと木刀を振りかぶる。
流石に腕がしびれてきた頃に「止め」の号令が掛かった。
「午前の訓練を終了する!各自昼食後は持ち場へ付くように!」
「はっ!」
流石、栄光の近衛騎士団である。号令に対する返事がきっちり揃っていてカインも思わず一緒に敬礼してしまった。
「じゃあ、カイン。次に来た時はいきなりこの広場まで来て、俺の名前を告げると良い。陛下より話は通っているので、いつでも練習に参加してくれて構わないから」
ずっと訓練につきあってくれていた騎士が、ニコニコと頭を乱暴に撫でながらそう言ってくれた。
「お名前を伺って居ませんでした。なんとお呼びしたらよろしいでしょうか?」
「ああ、俺はファビアン・ヴェルファディアだ。近衛騎士団の副団長をしている。ヴェルファディアは言いにくいだろ?ファビアン副団長って呼んで良いぞ!」
「ファビアン副団長ですね。副団長に剣を教われて光栄です」
(近衛騎士団副団長のヴェルファディアって、聖騎士ルートの攻略対象、騎士見習いのクリス・ヴェルファディアの父ちゃんじゃんか!!)
カインは、礼儀正しくお辞儀をしながら内心で動揺していたのだった。
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