ディアーナの大冒険(後編)
後編です
―――――――――――――――
「んしょ。うんしょ」
ディアーナが階段を降りていく。体に対して一段の段差が大きいので、体を横にして片足ずつ、一歩ずつ降りていく。
その様子を、廊下の角からこっそりとイルヴァレーノが見守っている。一歩ずつゆっくりと降りていくが、時折ぐらぐらと体が揺れるのでイルヴァレーノは気が気じゃない。
手が出そうになったり引っ込めたりしながら「あぁもう」と小さな声でつぶやいている。
あと三段で踊場に着くというところで、ディアーナはスカートの裾を踏んづけて体のバランスを大きく崩してしまった。
「あぶない!」
イルヴァレーノはとっさに飛び出して階段の最上段をけり、空中でディアーナをキャッチして抱え込むとグルンと一回転して勢いを殺し、そのまま踊り場でもう一回転前転してディアーナを後ろ向きに立たせた。
しゃがんでいた体勢から膝を伸ばして飛び上がると、手すりに一度足をつき、そのまま下の階へと音もなく飛び降りた。
「イル君?」
転びそうになってギュッと目をつむったら、クルクルっとして気が付いたらちゃんと立っていた。イル君の声がしたと思って振り向いたけど誰もいなかった。
「うーん?」
ディアーナは首を傾げたけど、まぁいっかとまた歩き出した。
片足ずつ一歩ずつ、カニ歩きで階段を降りていく。今度は、スカートの裾を踏まないようにスカートの裾を両手で持ち上げてから降りていく。
裾を持ち上げすぎて、ウサギさんの描かれたカボチャパンツが丸見えになってしまっているがディアーナは気にしない。
ひとつ下の階の廊下の角から、引き続きハラハラしながらイルヴァレーノが見守る中、ディアーナは時間をかけて一階まで降りていった。
玄関を出て、前庭の花壇を覗き込んで歩いていくディアーナ。少し先に座り込んで作業している庭師の老人に気が付いた。
「にわしのおじーさま」
「おや、お嬢様お散歩ですか?」
老人は立ち上がり、帽子を脱いで会釈をする。人好きのする顔を向けてディアーナを見るが、その姿を見て目をまん丸くした。
「お嬢様、なぜスカートをめくっているのですか?」
「かいだんで転んだらあぶないからね!」
ディアーナは階段を下り終わってからも、なんとなくそのままスカートをめくったまま歩いていた。
パンツはもちろん丸見えだった。
「庭には階段はありませんので、スカートはおろしても良いと思いますよ」
庭師の言葉に世紀の新発見を聞いたかのような顔で驚くと、ディアーナはスカートから手を離した。スカートの裾が重力に導かれて下がっていくが、ずっと握っていた両脇の裾はシワシワになっていた。
庭師の老人はスカートを整えてやろうかと手を伸ばし掛けたが、自分の手が土で汚れていることに気が付いて引っ込めた。その後ディアーナの背後の方に視線を泳がせた。侍女が側にいるはずだと思ったのだ。
侍女の姿がみあたらず、一瞬訝しげな顔をしたが、垣根の隙間からイルヴァレーノが顔を出し、唇の前に人指し指を立てて「言うな」とジェスチャーをしているのを見つけると、ひとつ頷いてまたいつもの穏やかな表情に戻った。
「にわしのおじーさま。ここに、まだ名前のないおはなってある?」
「うーん?ここには、名のある花しかありませんなぁ…」
「そうかぁ」
庭師の返事を聞いて、ディアーナはしょんもりと肩を落とした。
庭師は慌てて手前の花壇を手で指し示し、「こちらは大変珍しく、まだあまり知れ渡っていない花ですよ」と説明した。
「でも、もうお名前ついてるのでしょう?」
「ええ、ザボウトという名前です」
「ざぼうとでは、だめなのよ」
バイバイ!と元気良く庭師に手を振ってディアーナはまた歩き出した。垣根を挟んで中腰になりながら、イルヴァレーノがすぐ後ろを歩いていく。
その様子を後ろから眺めながら「いったい何をしているのだか…」と首を傾げた。
「おっと。お嬢様、門の外にはでられませんよ」
「お嬢様、おひとりでここまで来たんですかい?」
ディアーナは庭を抜けて表門まで来た。門は鉄柵扉が閉められていて、アルノルディアとサラスィニアが門の脇の詰め所から出てきた。
アルノルディアはディアーナの前まで来ると膝を付いて目線を合わせた。サラスィニアはキョロキョロとディアーナの周りや後方に目をやって何かを探している。
「お嬢様。いったいここまで何用ですか?おつかいなら、代わりに行きますよ」
「アルノーディアは、みたことない花がどこにあるかしってる?」
「見たこと無い花ですかー?うーん。見たこと無い花ってことは、今まで見たことある花じゃダメなんですよねぇ。未来を予測するって事ですか?お嬢様は難しいことをいいますね」
「アルノーディアの方がむずかしいこと言ってるよ」
サラスィニアは、後方の垣根の向こうに探し物を見つけたのかひとつ頷くとアルノルディアの隣に移動して同じようにしゃがみ込んだ。
「僕らは、不審な人がいないか、おっかない犬や狼がやってこないかを見張るのが仕事ですんでねぇ。あんまり花には詳しくないんですよ」
「そうですねー。見たことある花か、初めてみる花かなんて区別がそもそも付かないのでわかりませんや」
「そっかぁ…」
「お役に立てずにすんません」
サラスィニアが眉毛を下げて頭をポリポリと掻くと、ディアーナはブンブンと頭を横に振った。
「おしごとごくろうさまです!バイバイ!」
手を振って歩き出すディアーナ、サラスィニアが垣根の方に目線をやると、垣根の向こうで赤い毛先が揺れながら移動していくのが見えた。
アルノルディアはニコニコとディアーナに向けて手を振っている。
「坊ちゃんが謹慎中だから、イル坊がお目付役やってんですかね?」
「それなら、普通に一緒に歩いてくりゃよくね?」
「…なにやってんだかねぇ?」
邸の塀沿いにテクテクと歩いていくディアーナ。
カァァ!と大きな鳥の声が上から聞こえて、ビクリと肩を揺らして立ち止まった。見上げても、大きな木の枝が見えるばかりで鳥の姿はディアーナから見えない。
春には白い小さな花が咲く大きな木も、今は葉がわさわさと繁っていて日の光を遮ってしまっている。
時折、枝の中からバサバサっと大きな羽根の音が聞こえてくるが、音ばかりで姿は見えない。
ディアーナの中でおっかない怪物のイメージがむくむくと出来上がっていく。半分涙目になっているディアーナをみて、もう出て行くかとイルヴァレーノが腰を浮かせたその時。
「お…お…」
ディアーナがキリッと前を見て、おばけなんていないという歌を大きな声で歌い出した。
ディアーナが震える足を一歩ずつ前に出して歌いながら歩いていく。それは、いつか夜にトイレに行くのが怖いと泣いていたディアーナのために、手をつないでトイレに一緒に向かうカインが歌っていた歌だ。孤児院の慰問にきた歌手からも、あちこちの家庭から集まった孤児たちそれぞれからも聞いたことのない、カインの歌だった。
少しずつ進んでいくディアーナの、髪飾りが木漏れ日に反射して光った。木の中にいた鳥が大きく羽ばたいてディアーナめがけて飛び出した。
イルヴァレーノが足元の小石を拾って投げつける。ピギャア!と甲高い鳴き声をあげて鳥はまた木の中へ戻っていった。
やがてディアーナは大きな木の並ぶ区画を抜け、裏門までたどり着いた。裏門はしっかり閉められているが、使用人の出入りもあるため昼間は施錠はされていない。巡回でアルノルディアかサラスィニアが一定時間毎に見回りにくるが、いつもは門番も立っていない。
イルヴァレーノはディアーナが外に出ようとしたら飛び出そうといつでも立ち上がれるような態勢で潜んでいる。
裏門のそばでしゃがみこんでいたディアーナは、何かをつかむと急に立ち上がった。
「やったー!なまえのないお花みーっけ!」
手に小さな白い花を持って、ぴょんぴょんと跳ねるディアーナ。何という事もない、雑草のような小さな花を持って何がそんなにうれしいのかイルヴァレーノには解らなかった。
ディアーナが飛び跳ねて喜んでいると、裏門が開き、買い物帰りのメイドが入ってきた。
「ディアーナ様!?こんな所で何をなさっておいでですか?」
メイドはディアーナの手を引くと、邸の中へと入っていった。
ディアーナの冒険は終わった。イルヴァレーノはホッとため息を吐いてその場に腰を下ろすと、ドッと疲れが押し寄せてきた。思ったより緊張していたようだ。カインの可愛がっている妹に、何かあってはならない。絶対に守らねばというプレッシャーがあったのかもしれなかった。
ディアーナが大冒険の末に手に入れたお宝がどういった物なのか、イルヴァレーノは夕方に再会するディアーナから聞かされることになる。
―――――――――――――――
読んでくださりありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます