ディアーナの大冒険(前編)
お気楽に。
―――――――――――――――
「いいこと?しばらくの間は、お兄様のお部屋に行ってはダメよ」
ソファの隣に座る母エリゼが、ディアーナに言い聞かせる。ディアーナはコクコクと頷くと
「しばらくって明日まで?」
と聞いた。早い。
エリゼは困った顔をして、ディアーナの頭を撫でる。
「明日ではちょっと早いわね。もう少し先までよ」
「わかりました!」
刺繍の会でやらかしたカインが自室で謹慎中。
その間、ディアーナはイルヴァレーノと一緒にイアニス先生の授業を受けたり、母と刺繍の練習をしてみたり、イルヴァレーノに絵本を読んであげたりして過ごしていた。
しかし、授業の休み時間やお茶の時間、食事の時間にも会えないカインに寂しい気持ちが募っていった。
受けている授業も多く自主的な鍛錬も積極的にやっていて、スケジュールいっぱいのカインだったが、隙間隙間にディアーナに会いに来ていたので、ディアーナは寂しいと思ったことはなかったのだ。
昼食後のお茶を母と飲んでいたディアーナは、ここのところ毎日聞いている質問を、今日も母に問いかけた。
「お兄さまにはまだ会っちゃだめですか?」
「まだだめよ」
ディアーナは頬を膨らませて、上目遣いで母をにらむ。
「お兄さまにはいつまであえないの!?」
「お父様が良いと言うまでよ」
期限が決まっているわけではないのでそのように言ったエリゼだが、ディアーナは別の意味に受け取った。ニカッと笑うと高らかに声を上げた。
「わかりました。お父さまに、お兄さまにお会いして良いかきいてきます!」
「ディアーナ!?」
エリゼが止める間もなく、ディアーナはソファからピョンと飛び降りると、足取りも軽く居間から出て行った。
エリゼは、頬に手を当てて困った顔をしてそれを見送った。
コンコンバタン!
ノックの音と同時にドアが開き、ディアーナが入ってきた。その勢いに驚いて目を丸くしていた父ディスマイヤは、視線を下げて小さな訪問者を見つけると、嬉しそうに顔を緩めた。
「ディアーナ。ノックすれば部屋に入って良いと言うわけではないよ。ノックしたら返事を待ちなさい」
「わかりました!」
ディアーナはいつも返事だけは良い。おそらく次回もノックと同時にドアを開くだろう。
それでも、少し前はノックすらしないでいきなりドアを開けていたので、進歩はしているのだが。
「お父さま。お兄さまにお会いしてもいいですか?」
クリンと首を傾げて聞いてくるディアーナの愛らしさに、ディスマイヤは思わず頷きそうになるが、咳払いをして気を取り直す。
「お母様から、ダメだと言われなかったかい?」
「いわれました」
「なら、ダメだよ」
「お母さまは、お父さまが良いといったら会えるっていったもん」
「あーー」
エリゼの言ったであろう言葉に思い当たり、困った顔をしてくしゃりと髪をつかむ仕草をした。
立ち上がってディアーナを抱き上げると、同じ高さになった顔を覗き込む。
「カインは今、反省中なんだ。己と向き合い、今後やらねばならないことを考えている所だから、邪魔をしてはいけないよ」
「お兄さまは、はんせいちゅう」
「そうだよ。そっとしておいてあげようね」
「はい!」
ディアーナは返事だけは良い。
父ディスマイヤに別れを告げて書斎を出ると、カインの部屋の前までやってきた。
洗濯物を集めて回っていたデリナが、カインの部屋の前に立っていたディアーナを見つけて声をかけた。
「ディアーナ様、カイン様のお部屋に入っては行けませんよ」
「はい!」
ディアーナは返事だけは良い。
デリナにバイバイと手を振って、廊下を歩き出すディアーナ。カインの部屋のドアの前からディアーナが居なくなったので、ホッとして仕事を再開するために歩き出したデリナだが、ふと思い出したことがあって振り向いた。
「そうだ、ディアーナ様…」
デリナが振り向いた先には、もうディアーナは居なかった。無人の長い廊下が伸びている。
「…ディアーナ様は、足がお速いのね…?」
質素な壁紙の部屋に、置いてあるのはベッドと机と本棚だけ。手狭な部屋のベッドの上にイルヴァレーノは座っていた。本を読んでいたのだが、驚くべき事があったためにそちらに視線を取られていた。
「イル君、シー!」
主人の部屋の隣にある、使用人部屋である。ここには、邸の住人である公爵一家が来ることはない…ハズである。
口の前に人差し指を立てて「ナイショ」のポーズを取っているディアーナが、ドアの前に立っていた。
使用人の寮がある棟と違い、主人の私室の隣にある使用人部屋は、入り口が解らないようになっている。
来客や主人たちの目に触れないように、また安全の観点からも隠し扉にされているのだ。
「ディアーナ様…なんでこの部屋の入り方知っているの」
「ふっふっふ。ディはなんでもしっているのよ!」
なにやらポーズを決めてそんなことを言う。いったい誰の影響なんだろうとイルヴァレーノは思って、そして眉をひそめた。ディアーナに変な影響を与える人物なんて1人しか思いつかなかったからだ。
「カイン様には会えないよ」
「うん」
頷いて、ベッドの傍らに立って壁を指差すディアーナ。顔だけイルヴァレーノの方に向けるとニッコリと笑った。
「あーけーて!」
「なんでそこが続き部屋への戸だって知ってるのさ…」
イルヴァレーノはため息をつくと、ディアーナの隣に立って、見えないように細工されているノブを引いて薄く戸を開く。
この国の建築様式では珍しい引き戸になっている。
「こっそりのぞくだけだよ。謹慎中なんだからね」
「はんせいちゅうでしょ?」
「…まぁ、そうだね」
薄くあけた隙間から、2人でカインの部屋をのぞく。
カーテンが閉まっていて薄暗い部屋の中で、カインは、ソファに座ってうなだれていた。
しばらく眺めていた2人だが、カインはピクリとも動かなかった。
「お兄さま元気ない」
「なんかやらかして怒られたらしいからね。奥様に凄いげんこつ貰ったらしいじゃん」
「怒られたから、はんせいちゅう?」
「そうだね」
「怒られたから、元気ない」
「そうだね」
なるほど、とディアーナは大きく頷いた。
はんせいちゅうというのは、元気がないことなのだ!とディアーナの中で言葉が結びついた。はんせいが終われば、カインに遊んでもらえる。つまり、カインが元気になれば、カインと遊べるのだ。…と、ディアーナの中で結論付いた。
「ディが、お兄さまを元気にしてあげなくちゃ!」
「なんかする気?」
「おじゃましました!」
スタスタと使用人部屋の出口へ歩き出すディアーナを追いかけて、戸をあける前に外の様子を伺う。
この部屋に出入りするところを人に見られてはいけないのだ。
「イル君。ディがここに来たことはシーっね」
ディアーナが口の前に人指し指を立てる。そうは言うが、邸の中でディアーナがうろつくときは、大抵隠れてエリゼの侍女が付いてきているのだ。ディアーナの行動に、本当に内緒のことなど何もないのだ。
何もないはずなのだが。
「おかしいね…誰の気配もない」
「ディはひとりでここまできたもの」
そっと2人で廊下に出て、左右を見渡すが誰もいない。カインが謹慎中なのもあり、シーツや寝間着を回収するデリナが通り過ぎればもう食事を届けに厨房係が来る以外は誰も来ない。
しかし、イルヴァレーノが気配を探ってもこっそりと付いてきているハズの侍女の気配がなかった。
「まさか、本当に1人できたの?お守りの人巻いて来ちゃったの?」
「ディは、やればできる子なのよ」
バイバイ!と元気良く手を振って歩いていくディアーナを見送りつつ、本当に誰もいないの?とさらに周りに気を配るが、矢張り本当に誰もいないようだった。
「あぁもう!」
頭をくしゃくしゃとかき回すと、イルヴァレーノは足音をたてないようにディアーナの後ろをついて行った。
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いつもありがとうございます。
ディアーナが主役です。
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