名言は世界を超える
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イルヴァレーノは、カインの顔を大変麗しい顔だと思っている。口には出さないけれど。
もちろん容姿の似ているディアーナもだ。
7歳の今でコレなんだから、成長したらさぞかし女泣かせの男になるだろう…と思った事もあったが、ディアーナに夢中でそこらへんの令嬢になんか見向きもしないなと考え直していた。
その麗しい顔が、今朝は大変に残念なことになっていた。
泣きはらした両目のまぶたは腫れ、目が開かなくなっている。涙を拭くのにこすったせいで赤く擦れてしまっているし、鼻をかみすぎて小鼻や鼻の下もガビガビだ。
「ひどい顔」
「…濡らしたタオルをくれないか」
声も酷かった。大声を出して泣いたわけではなかったが、鼻をすすり喉を通った事で少し腫れているのかもしれない。
イルヴァレーノは自分の手をカインの目に当てると、目をつむって集中した。
「そんな、手で隠すほど酷い?」
手を当てられた事を、腫れた目を隠されたのだと思ったカインがそう聞いてくるが、イルヴァレーノは無視して治癒魔法を施した。
魔法が弱いので、完全に元通りとはいかないが爬虫類のようだった顔に人権は戻ってきた。
「酷い。目やにが酷く出てる。目を擦りすぎだ。今、タオルを持ってくる」
「ちょ、ちょっと待って」
ベッドから立ち上がってバスルームに向かおうとする腕をつかみ、イルヴァレーノを立ち止まらせる。
「お前、治癒魔法なんて使えたの?」
「使えると言うほど大したことは出来ないけどな。小さいすり傷ぐらいならなんとか出来る程度だ」
治癒魔法が使えるといって、過度な期待をされても困るからあまり人前では使わないと、イルヴァレーノは説明した。
「それなら、俺にも黙っていれば良かったのに。泣きはらした目なんて、それこそ冷やしておけばそのうち治るものなんだから」
「良いんだ。昨日も言ったけど、俺はお前を支えてやるって決めたから」
ただし、あまり言いふらさないでくれと念を押した。
公爵家の人たちは、良い人たちばかりだ。
この家の使用人の一部には上級貴族出身者も居る。執事やエリゼの侍女などがそうだ。
執事の実家は侯爵家、侍女の実家は伯爵家だと聞いている。
そんな人たちが、孤児の自分を貶さず見下さずに、徒弟としてしっかり仕事を教えてくれている。心の中は解らないが、下に見ていたとしてもそれを表に出さずにいるだけの分別のある大人たちだ。
この家の中でなら、ささやかな力を隠さずに使っても良いかとイルヴァレーノは思ったのだ。
「ふぅむ」
カインは、何やら思案顔だ。執事と同じ顔をしている、と思った。
「それより、先日はありがとう。妹たちがとても喜んでいた」
「なんだっけ?」
濡れタオルをカインの目の上に載せ、鼻に手を当てて荒れた鼻のまわりを魔法で癒しながら、イルヴァレーノはカインに礼を告げる。
カインには思い当たることがなかった。
「刺繍の練習に使っていた余りの布と刺繍枠を寄付してくれただろう」
「あぁ。母から名入りの枠を貰ったし、練習用の枠はもう良いかと思って。シーツやテーブルクロスの端切れならそうそう
刺繍の会にカインが参加した日、イルヴァレーノは休みを貰って孤児院へと里帰りしていた。公爵家には前もって許可を取っていた為、持ち帰る用の土産にと色々持たされていた。
菓子やジャムなどの瓶詰めや、針や糸などの裁縫道具。それと、カインとイルヴァレーノがひたすら練習した布と、練習に使わないままだった布。
エリゼからは新品の木綿の無地のハンカチも何枚か持たされていた。
「お母さまから新品のハンカチを…。イルヴァレーノ、端切れである程度腕を上げたら、新品のハンカチに花か動物を刺繍して街で売るといいよ」
「孤児の刺繍したハンカチなんて売れないだろう」
「そうかね?…なんか考えてみるか」
カインはもう少し市井の事について知りたかったが、公爵家の子どもがホイホイと街に出て行くわけにも行かず、家庭教師から勉強の合間に話を聞く位の情報しか持っていなかった。
イルヴァレーノの事もあるので、護衛付きで孤児院まで行くことが数回だけあったが、真っ直ぐ行って真っ直ぐ帰ってくるだけなので、やはり一般市民の生活の様子は窺い知ることができなかった。
(前世記憶で無双するにも情報が足りなすぎる…)
自分が子どもであることの無力さにカインはもどかしさを覚えていた。
とはいえ、ゲーム開始時点から転生…突然前世の記憶を思い出すとかじゃなかっただけまだ取れる対策も多いのだから、生まれたときから前世の記憶があったのは幸いな事なのだと思い直す。
「よし、出来ることからコツコツやっていこう。イルヴァレーノ、頼みがあるんだけど」
パンパンっと、気合いを入れるように自分で自分の頬を叩くと、カインはニコリと笑ってイルヴァレーノへ声をかけた。
「頼まれ事は聞くけど。その前に朝飯だ。まず、飯を食え」
「なんか昨日から、やたらと食事を取らせようとするな?」
「飯を食わせて、添い寝してやったら元気が出たからな。サカエバァチャンとやらの言葉は真実なんだろうと思って、実践していくことに決めたんだよ」
廊下に出て朝食の載ったワゴンを部屋へと引き入れて戻ってきたイルヴァレーノの視界に、蕩けるような顔でベッドサイドの花を眺めているカインが映った。
それは、お兄さま大好きという花言葉を持つ、カイン花だ。
もう大丈夫だなと、イルヴァレーノはそっと息を吐いた。
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