細くても繋がっている幸せへの道
感想、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます。
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謹慎中のカインは食事を部屋で取っていた。
厨房係がティーワゴンに乗せて部屋の前まで持ってきて、ドアをノックしてそのまま置いて帰って行く。
いつまでも廊下に置きっぱなしのワゴンを部屋に入れて声をかけるという行為をイルヴァレーノは何度かやっていた。
「なぁ、ちゃんとメシ食ってるか?」
ちらりと部屋の中程を見れば、布巾が被せられたままのワゴンが見える。
「食べてるよ…落ち込んでても、腹は減る」
そんな自分にもがっかりしているのか、ますます頭を垂れてしまうカイン。
一度立ち上がり、ワゴンの上の布巾をめくるとパンが半分ほど齧られていて、サラダからトマトだけ無くなっている。
イルヴァレーノは大きくため息をつき、ワゴンをベッドサイドまで押してきた。
「まずは、飯を食え。餌台の小鳥じゃあるまいし、こんなちょっとだけパンをつついたのは食べたとは言わない」
カインが庭に作った鳥の餌台は、パン粉を載せていたら小鳥が良くくるようになった。しかし、手のひらに乗るくらいの大きさの鳥しか来ないので、羽根ペンに出来るような羽根は手には入らないままだった。
その、小鳥がパン粉を食べるのに例えて小食過ぎると揶揄をする。
食事の載ったワゴンをベッドのすぐ脇に持ってくると、イルヴァレーノは再びベッドの縁に腰をかけ、カインの顎を手でつかむと無理やり上を向かせた。
「口を開けろ。飯を食え」
そういって、ぼんやりとしていたカインの口に無理やりスープを乗せたスプーンを突っ込んだ。
咳き込んで目を白黒させているカインの口にさらにサラダの豆を突っ込んでいく。
「独りで居ることと腹が減ってることはいけないことなんだろ。サカエバァチャンとやらの言葉なんだろ」
具合が悪くて食べていなかった訳ではないので、カインは口に入れられたものはもぐもぐと咀嚼していた。
ゴクンと喉が動くのをみるとまたイルヴァレーノが食べ物を口に突っ込む。
「情けは人のためならずなんだろ」
「良く覚えていたな…」
それは、カインがイルヴァレーノを拾った直後に言った言葉だ。前世で大ヒットした映画の名台詞と、前世で二通りの意味が知られていたことわざだ。
あの時は怪我をした上にカインから追い討ちをかけられて朦朧としていた様なのに、イルヴァレーノがちゃんと覚えていた事にカインは驚いた。
「あの時、お前は俺に情けを掛けた。だから俺はお前に情けを返す」
無理やり口に食べ物を突っ込むのをやめ、カインの手にスプーンを握らせる。
肩を掴んで顔をのぞき込み、目をしっかりと合わせて睨みつける。
「飯を食え。独りでいて暗い考えばっかりするなら、側にいてやる。なんなら夜は添い寝だってしてやる。考え事をしないように本を読んでやってもいい」
「イルヴァレーノ…」
「弟妹達も、カイン様いつ来るのって楽しみにしてた。セレノスタはディアーナ様にあげる強い石を拾ってきて磨いてる。
ものの数にはならないかもしれないが、孤児院の子どもたちはお前とディアーナ様の味方だ。お前が俺たちに情けをかけたからだ。これが、情けは人のためならずって事だろ。これは、失敗なのか?」
「力が足りないなら、鍛錬にだってつき合ってやる。手が足りないなら貸してやる。怖いなら一緒に立ち向かう。そんな情けない顔をするな!」
まだ七歳の、幼いイルヴァレーノの顔にひとりの青年のイメージがかぶる。
面影がしっかりと残っている、17歳のイルヴァレーノだ。
『君の側にいるよ。君を脅かす全ての物から守ってみせる。君を蔑む者は排除する。君を悲しませる者は退ける。君を傷つける者には同じ傷を返す。そんな悲しい顔をしないで…』
それは、アンリミテッド魔法学園のイルヴァレーノルートの最後。皆殺しルートのラストシーンの画像だ。
周りは血の海で、他の攻略対象も悪役令嬢のディアーナもすでに死んでいる。
心を病んだイルヴァレーノが主人公を助けようとして、寄り添おうとして告白するシーンだ。
そのシーンのイルヴァレーノと。
今、カインを励ましているイルヴァレーノと。
「何も変わらない…言い回しとか、同じなんだな」
心を病み、主人公を守る方法が敵の排除しかなかったイルヴァレーノ。
それが、どうだ。一緒に居るというそのあり方でもこんなに違う。一緒に戦おうとしてくれる。
皆殺しルートを回避したくて、イルヴァレーノが心に闇を抱えないように心を砕いた。拾い上げて、受け入れて、友達として扱った。
ディアーナと自分の命を救うための手段としての行動ではあったけれど、一緒に遊んで勉強してディアーナを可愛がった日々は確かに楽しかった。
この後10年経ったとしても、このイルヴァレーノならカインとディアーナを殺すことは無いだろうと思うことが出来る。
それは。
「ちゃんと、俺のやったことが実になってる…。結果は、ちゃんと出てるんだな…」
それは、実感だった。
全てが無駄なんてことはない。失敗もあるかもしれないが、ちゃんと幸せな未来への道筋も、細いかもしれないが伸びつつあるという、実感。
目の前の、イルヴァレーノという成功例。
それに抱きついて、カインは声を上げて泣き出した。
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