仲直りのタイミング
誤字報告ありがとうございます。大変助かっております。
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カインはまず、手紙を書いた。
刺繍の会に参加していた子どもたちに、怖い思いをさせてゴメンねという趣旨の謝罪の手紙である。
その手紙に刺繍したハンカチを添えることを思いつき、せっせと刺繍を施しているところだった。
「こういうのって、謝る本人が刺繍するから意味があるんじゃないのか」
「ワンポイントだし、どうせバレないって」
イルヴァレーノとカインの2人で刺繍をしていた。
母エリゼから贈られた青と赤の刺繍枠にハンカチをはめて、小花やりんごやさくらんぼ、クローバーや星などの小さなモチーフを入れていく。
「花は、何の花かわからないように一般的な『あ、お花ね』って感じにしろよ」
「わかってるよ。こんな小さいサイズで特定の花と解るようになんか出来るわけ無いだろ」
2人にとって、イアニス先生の花言葉の話は若干のトラウマになっているようだった。
ほんの小さなモチーフを隅に入れるだけなので、その日のお茶の時間には人数分のハンカチができあがった。
7歳の男の子2人が、随分と刺繍の腕を上げてしまったものである。
女の子にはレースがあしらわれているもの、男の子には普通のハンカチを添えて、謝罪の手紙を各家に届けて貰うように執事に預けた。
子どもから子どもへの手紙と言えど、まださほど親しくもない間柄であるし、家同士の関係性なんかもあるため、どうせ出す前に親のチェックが入る。
そう思ってカインは手紙に封をしないまま預けた。
その配慮のおかげで、名前から判断して性別を勘違いしていた子がいたのだが、エリゼにハンカチを入れ直されて事なきを得ていた。
このときのカインには知る由もなかった事だが。
「これで、なんとかなるといいんだけどな」
フゥと息を吐き出して不安を口にしたカインは思ってもいないことだが、刺繍の会に参加していたご婦人方のカインに対する印象は決して悪くない。
両手の間から炎が飛び出してビックリはしたものの、その後のカインの演説…女性を大切にしなければならないという叫びに感動したのだ。
女主人やら社交界の花やら女性を称える言葉はあるものの、実際には屋敷で夫や父や兄弟からは軽んじられていると感じることのある婦人たち。
子を産み育てるのが当たり前と受け止められ、それに対して誉められることもなかった婦人たちの心に、カインの言葉は響いたのだ。
短い時間だったが、カインは皆が持ち寄った刺繍に対しても、見た目の美しさを誉めるだけではなく、その技術の複雑さや丁寧さ、掛かった時間に対しても関心を持って質問し、尊敬の瞳で的確に誉めてくれたのだ。
異性が同じ趣味に理解を示してくれるのが、こんなにも嬉しいのかと婦人たちは感動したのだ。
カインならば、娘や姪っ子を嫁がせても丁寧に扱ってくれるのではないかという期待を持った婦人たちは多い。身分だって王家に次ぐ公爵家である。
王太子との顔見せが目的の会ではあったが、むしろ乱暴な王太子より女性を尊敬し理解してくれているカインに嫁がせる方がよっぽど幸せではないかと囁かれていた。
エリゼだけは「あの台詞の全ての女性という言葉に、ディアーナというフリガナが振ってあった気がしてならないわ」と思っていた。
思うだけで言わなかったが。息子の評価が上がってるのをわざわざ下げる必要もないので。
「貴族の子たちはこれで一旦良いとして、問題は王子様だよな」
「殺しかけたらしいな」
「人聞きの悪いことを言うな。ちょっと火傷させようとしただけだよ」
しれっとした顔でそう嘯くカイン。
さて、王太子ルートをどう潰すべきか。それを考えなくてはいけない。
ディアーナが王太子と婚約し、2人が、相思相愛になって幸せになるのなら百歩譲ってそれでも良いとは思っているのだが、
主人公が王太子以外の攻略対象に行ってくれれば、何の問題も無いのだが、人の心ばかりは操作のしようがない。
王太子とは一応知り合いになれたので、誘導したりディアーナから引き離したりする事も出来るが、主人公とは未だに面識はない。
面識もないし、どこにいるのかもわからない人間にはちょっかいかけることも出来ない。
イルヴァレーノを拾ったのは本当に幸運だったのだ。
主人公をどうこう出来ないなら、王太子をどうにかするしかない。
「なんとか、王太子殿下と仲直りしないとなぁ…」
「…仲直りする気はあるのか。てっきりボコボコにするのかと思ってたのに」
「ディアーナを突き飛ばして怪我させたことは許せないが、ディアーナをさらに悲しませることはもっと出来ないからな…」
どうしたものかとカインは思案していたが、状況は部屋の外で勝手に進んでいた。
大人同士の間ではすでに仲直りの場としてのお茶会が設定されており、それに向けてのスケジュール調整をしている段階なのだが、カインがごねると思っている両親がまだ伝えていないだけであった。
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