小さな手

ディアーナの「おにいさまだいすき!」発言によって顔の穴という穴から色んな汁が漏れそうになるのをなんとかこらえ、イルヴァレーノから「しつけ担当のサイラス先生に怒られますよ…その顔」と注意を受け、深呼吸をしながらディアーナを抱きしめディアーナの脳天の匂いをかいで心を落ち着かせて立ち直ったカインは、失礼しましたと一礼して、授業を続けてもらうことにした。


木の根元を掘り起こして昆虫の幼虫を観察してまた埋めたり、種類の違う花の花弁の数を数えてその違いについて考察したり、雄しべと雌しべ、雄花と雌花、昆虫による受粉、落葉樹と常緑樹の違いなどについてイアニス先生が説明してくれる。

前世でアラサーサラリーマンだったカインにとってはほとんどが知っている知識だが、ここではまだ7歳の子どもなので「ふんふんなるほどねー」と静聴していた。

そんなカインでも、きちんと話を聞いていれば前世で「そういうものだ」と丸暗記していた知識にも、ちゃんと理屈や道理があるのだとわかって面白かった。

その上、ミツバチや蝶による受粉の他に、この世界の農家では風魔法を使って受粉させる事があるなど、この世界ならではの知見も得られた。


「カイン様、ディアーナ様、イル君。あちらをご覧ください」

イアニス先生に指さされた方を見ると、木の上に鳥の巣があった。今は餌を取りにでも行っているのか空っぽだ。


「とりさんのおうち」

「留守みたいだね」

「アレは、空き家なんですよ」


鳥はいないのか。

イアニス先生はディアーナを抱っこして持ち上げ、鳥の巣の中を見せてくれた。その後で、カインのことも持ち上げて巣の中を見せてくれる。イルヴァレーノは持ち上げられるのを嫌がって拒否していた。

確かに、今ちょっと留守なだけにしては巣の中は荒れていた。


「この辺に生息している鳥は、普段は木の枝の上で夜を過ごします。卵を産んで暖める間だけ巣を作りそこで過ごします」

「そうなんだ」


そういえば、ツバメの巣とかそうだったな。営業先の保育園で毎年巣立ち後のツバメの巣の撤去を手伝っていた事を思い出した。

子安貝とか入ってないかなと毎度期待して、見つからずにそりゃあそうだよなぁと毎度がっかりしてた記憶がある。


「さらに、鳥には換羽期というのがあり、羽の生え替わる時期というのがあるのです。そして今は、その時期ではありません」

先生が何をいいたいのかわかった。


「換羽期以外は、羽が抜けたりはしないんですか?」

「一本二本は、普段でも抜けることはあります。ですが、巣のように特定の場所に居座るわけでもなく、極たまに抜けるだけの羽を見つけるのはとても難しいでしょう」


やっぱり。

今は、闇雲に庭を探し回っても鳥の羽を見つけるのは難しいようだ。


「はねないの?」


イアニス先生の裾をつかんでディアーナが聞く。


「秋頃になれば、見つけ易くなりますよ」


イアニス先生は優しく答えるが、ディアーナはもう泣きそうである。

泣いてるディアーナもめちゃくちゃ可愛いのだが、できれば泣かせたくない。

どうしたもんかとカインが思案する。


鳥の集まる所がわかればそこに拾いに行くんでもいいだろう。先生の引率があれば、よっぽど遠くなければお父さんも反対はしないだろうし。

と、そこまで考えて思いついた。

要するに、鳥が集まればいいんだろ?


「先生。庭に餌台を置いたら、鳥は集まってきますか?」

「カイン様。出来ることは、実際にやってみることが肝要です。観察日記を付けてみてください」

イアニス先生は、たまにこんな感じですぐには答えを教えてくれない事がある。

もどかしいと思うこともあるけど、自分の手を動かした知識が忘れにくいのは確かだった。



イアニス先生の授業は午前中だけ。午後は芸術系の授業だが、今日は休みだ。どこぞの屋敷で夜会があるらしく、演奏家として呼ばれているらしい。リハーサルなどもあるため昼から向かうそうだ。

イアニス先生を見送って、昼食をとった後にカインは庭師の作業小屋に行き、木材を分けてもらって餌台を作った。

平たい木の板を支柱になる木の棒にトンカチでくっつけただけの簡単なものだが、7歳の手でやるとかなり苦戦した。イルヴァレーノはカインが手伝ってくれというまで手を出さない。

「ご指示くださればアタシがやりますから」と庭師の爺ちゃんがオロオロとしていたけど、ディアーナの為に作るのだから自分の手で作りたかった。

鳥がとまりやすいように縁を付けると良いなどのアドバイスをもらいながら、なんとか完成したソレはちょっと不格好だった。


知育玩具の営業だった前世では、取引先の幼稚園や保育園に行って巣箱や餌台を作ることはたまにあった。園児たちが見守る中で作ったそれらはなかなかの出来だったんだがなぁとカインは苦笑する。

今のこの小さい手では、まだうまくできないのも仕方がないとはおもうけど、前世の自分に負けたようで少し悔しい。


まだ7歳だ。これからもっと精進して、ディアーナを守れる格好いいお兄様を目指さねばいけない。

もっともっと頑張ろうと、不格好な餌台に誓った。

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