カイン様、お顔を整えてください

ディアーナの手を引いて庭に向かおうとしたけど、家庭教師を部屋に待たせていたことを思い出した。


「ちょっとだけ待って、ディアーナ」

声をかけて振り向くと、部屋のドアから家庭教師のイアニス先生がこちらをのぞき込んでいた。


「勉強中だったことを、思い出していただけたようで何よりです。カイン様」

「ごめんなさい」


目が合って言葉を交わしたことで、イアニス先生が部屋から出てきた。


「まぁ、カイン様のお勉強は進んでおりますし。今日はお庭に出て花や虫について学ぶことにいたしましょう」

「おはなのおべんきょう」

「そうです。ディアーナ様も一緒にお花の名前や虫の生活について学びましょう」

「はいっ!」


キリッとした顔で手をあげるディアーナはマジ可愛い。

さっきまで泣いてたのにおはなーおはなーとご機嫌で歌ってるの尊い。まるで賛美歌。神の奇跡。


「カイン様、顔」

「カイン様は、もう少し感情を顔に出さない訓練をなさいませ」


イルヴァレーノとイアニス先生の両方からカインに対してツッコミが入った。


「…漏れてますか?」

「ディアーナ様への感情がだだ漏れです」

「ディアーナが可愛いから仕方がないんだ…」

「公爵家のご嫡男なのですから、しっかりなさいませ」

「しっかりなさいませ!ふひひっ」


イアニス先生の言葉尻を拾って、先生とイルヴァレーノに混じってカインを注意してくるディアーナ。ドヤ顔すら可愛いからもうどうしようもないとカインは心の中で大きな白旗を振っている。

ディアーナを見て微笑む俺の顔を見て、イアニス先生とイルヴァレーノはため息をついた。


…そんなに顔に出てるのか?



公爵家の中庭には、季節の花が沢山咲いている。

裏庭や温室で咲頃を調整され、ちょうど頃合いの株が植えられているのでいつ来ても庭は花でいっぱいになっている。

「貴族の、特に公爵家の跡取りともなると、花の名前や花言葉も覚えておかねばなりません」

立ち止まり、一つの白い花をそっとなでながらイアニス先生が解説しはじめた。


「男性からすれば、花はただの花である事が多いでしょう。しかし、女性は一輪の花にも壮大な意味と物語を見いだすことがあります」

「壮大な物語…」

「例えば、通りすがりに綺麗だと思った花を摘み、きれいな花ですねと声をかけてきた知らない女性にそれならばと差し上げたとします」

「ありそうな話ではありますね」

「結果、そのすれ違っただけの女性と結婚する羽目になることがあるんです」

「「なんで!?」」


カインとイルヴァレーノ、揃って意味わかんないという顔をする。


「この、白い花はディリグスと言います。白いディリグスの花言葉は『おまえを殺して私も死ぬ』です」

「物騒すぎませんか!?」

「コレを受け取った女性は、死が二人を分かつまで一緒にいようという意味ね!つまり、プロポーズされたんだわ!…と解釈します」

「いや、しませんよね?」

「そうはなりませんよね?」


子ども2人からの疑問の声を受け流し、なぜか悲しそうな顔をして花を見つめるイアニス先生。

過去に何かあったのかもしれない。


「また、寝室にこの花が飾られていたのを見た妻が『浮気がばれた』と思いこみ、一心不乱に謝った。という話もあります」

「ああ、心中すると思ったって事ですか」

「結婚するきっかけになった花だから記念日に飾っただけの夫は、その謝罪で初めて妻の浮気を知ったのです…皮肉な話です」


遠い目をして空を見つめるイアニス先生。

確かイアニス先生はバツイチの独身だったはず。

この世界でもバツイチって言うのかどうかは知らないけど。多分言わないと思うけど。


「カイン様もディアーナ様も、とても見目麗しいお子様です。イル君も整った顔をしていますね。将来はそれはそれは美男美女となるでしょう。見た目が美しいと人より多く勘違いされることがあります。花の名前と花言葉をしっかり覚えて、自衛なさってください」


イアニス先生も、整った顔をしている。

アンリミテッド魔法学園卒業後、魔法大学院に進んで魔石と魔脈の研究をしている研究者なんだけど、アルバイトとしてカインの家庭教師をしてくれている。


ディリグスの花の逸話が、イアニス先生の実体験じゃなければ良いなと何となくカインは思った。

おっとりしていて優しくて、だけど勉強はしっかり厳しく教えてくれる。いい先生なのだ。

ディアーナにも優しい。カインにとっての重要ポイントだ。

ディアーナのなぜなぜなになに攻撃にも根気よく付き合ってくれているし、子供だからと言って適当な回答でごまかさない人だ。


「イアニスせんせ。はなことばって、だれがつくったの?」

「昔々の事すぎて、もう本当の所は誰にもわからなくなってしまったのですけど、花にはそれぞれ司る妖精がいて、その妖精の性質を言葉で表したものという説があります」

「おまえを殺して私も死ぬって性質の妖精がいるんですか…」

「品種改良などで新しく作った物は、作った人や最初に売りに出した人が勝手に花言葉を作っていたりもしますね」


悲しげだったイアニス先生も、ディアーナの質問に微笑みながら回答してくれる。


「あたらしいおはなをつくったら、ディアーナがはなことばをつけられるの?」

「そうですよ。ディアーナ様は、新しいお花をつくったら何て名前にして、どんな花言葉を付けられますか?」


ディアーナは、その質問を待っていた!という感じで鼻息荒くドヤ顔すると、大きな声ではっきりと答えた。


「カイン花ってなまえにして、おにいさまだいすき!ってはなことばにします!」


ああ、神よ。僕はもう死んでもかまわない。


イルヴァレーノはカインの心の声が聞こえた気がした。失神でもするんじゃないかとそっと背後にまわって支えられるように構えていたが、その動きに気が付いた者は誰もいなかった。

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