この子を守ると決めたから
アンリミテッド魔法学園、略してド魔学は比較的スタンダードな恋愛シミュレーションゲームだ。
主人公は平民出身で、規格外の魔力を持っていた事で特待生として魔法学園に入学する。
そこで、攻略対象に出会い、スキル上げや会話イベントやミニゲームをこなして親密になり、愛を育み、幸せなエンディングを目指すのだ。
ちなみに、ハーレムエンドは無く、厳密にルート分岐させられる。
どのルートにもライバルキャラクターとして出てくる悪役令嬢が、カインの妹であるディアーナ・エルグランダークだ。
平民で素朴でおっとり優しい性格の主人公と対照的にするために、公爵家の娘でプライドが高く融通が利かない、思い込みの激しい性格の女の子としてキャラクターデザインされている。
見た目も、主人公は髪がピンクのおかっぱ、丸くて大きなタレ目、小柄な体格で柔らかいシルエットという姿であるのに対し、ディアーナは金髪の長い巻き髪、細い顎、少しつり目で、出るところは出てくびれるところはくびれているナイスバディという姿である。
カインが足元を見れば、2歳の妹がコロンコロンと床を転がっている。
手足は短いし腕も足もぷにぷにだ。
こんな可愛くて丸っこいのが、あんなナイスバディ美人になるのか?本当に?
ところで、女性向け恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる乙女ゲームの攻略対象には、だいたい暗い過去や人に打ち明けられない悩みを持っているものである。
それを、主人公に理解してもらったり一緒に解決したりする事で親密度が上がったり唯一無二の存在になったりするわけだ。
カインの場合は「妹との不仲」「両親からの愛情不足」「次期公爵という立場へのプレッシャー」なんかがそれになる。
長男のカインには厳しく教育を施しながら、妹には愛情いっぱい甘やかし気味に接する両親に対する不満と、それを当たり前に受け取る妹への嫉妬が根っこにあるわけだが。
アラサーまで生きた前世の記憶を持ったカインが実際に公爵夫妻の子として育てられてみると、特別に虐げられているわけでも愛情が偏っている訳でも何でもないことがわかった。
単純に、5歳児よりは2歳児の方が手が掛かるってだけの話で、今まで独り占めしてた両親の愛情を2人で分けなくてはならなくなったというだけの話である。
こんなのは、前世の日本の一般家庭でもよくある話で、ほとんどの長男長女は経験のあることだと思う。
いわゆる「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」問題だ。
体は5歳児だが、中身はアラサーのサラリーマン。いまさらお母さんを妹に取られた!なんて不貞腐れたりはしないし妹に嫉妬したりもしない。むしろ、両親と一緒になってディアーナを可愛がる側。
むしろ「カインばっかりディアーナに構っていてずるい!お母さんにもディアーナをお世話させてよ!」と親から嫉妬されているぐらいだった。
実況用に全ルートのプレイ動画を編集していて思っていたことだが、このド魔学というゲームはこれでもかとディアーナを虐げる。
各ルートで、ありとあらゆる考えられる限りの『ざまぁ』を用意してくれちゃっていて、プレイしながら「そこまでやるかよwww」とか実況していた。
ゲームをプレイするときは、当然主人公を操作するわけで。2ルート目ぐらいまでは「ディアーナざまぁwww」「私の恋路を邪魔するからよ!(裏声)」なんてやっていた。
4ルート目、5ルート目なんかはもう「おいおい…やりすぎじゃねぇの?」「いや、俺はここにない4番目の選択肢を選びたい!」「そこまでする必要あるか!?」と、主人公じゃなくてディアーナに感情移入するようになってしまっていた。
ちらりと下を見れば、可愛い妹がカインの足元で靴ひもを一生懸命に固結びしている。
こんなに無邪気でかわいいディアーナが、国外追放されたり魔物の森に置き去りにされたり40歳も年上のおっさんに嫁がされたり処刑されたりするなんて間違っている。
とりあえず、攻略対象のうちの一人である「カイン・エルグランダーク」は中身がアラサーサラリーマンになったことで、カインルートでディアーナが不幸になる事はなくなったわけだが。主人公を自分に惚れさせてカインルートに持ち込むという案は、最終手段として考えている。
そもそもの、家族との不仲による人間不信、出世への猛進による青春活動への忌避が、今のカインには全くないのだから、主人公に救われる様な闇を持ちようがないのだ。
自分がきっちりディアーナを優しい良い子に育ててやれば、悪役令嬢にはならないかもしれない。ゲームの強制力みたいなものがこの世界にあったとしても、自分が公爵家の長男としてきっちり見張っていれば爵位が下のやつらからは守ってやれるかもしれない。
でも、攻略対象に王太子がいるんだよなぁ。さすがに、王族にはなかなか逆らえないよなぁ。とカインは思案する。
王太子ルートだと、ディアーナは学校が始まる前に王太子の婚約者になる。
そして、卒業パーティで婚約破棄…はされず、書類だけの結婚をした後に遠い地方の貴族に下賜される。40歳以上も年上のおっさんの後妻になって、老人介護をやらされつつ義理の息子たちに凌辱されるのだ。
ゲーム開発スタッフたちの「ひねったでしょ!?」というドヤ顔が透けてみえてイラっとする。
とにかく、ディアーナを守る。
ゲーム上では、確かに
でも、今カインの靴ひもを口に入れてべたべたにしているこのディアーナは、まだ何も悪いことをしていない。
何より、今のこの人生ではカインの妹だ。身内だ。家族なんだ。
まだゲームのエンディングまで16年もある。 まだまだ、全然間に合うはずなんだ。
なんとしたってディアーナを守る。だって、こんなに可愛いんだから。
カインはそう、決心していた。
「な、ディアーナ?」
しゃがんで頭を撫でてやると、靴ひもを口に入れたままこちらを見上げて来た。
「おにーた…おぇ」
思ったより靴紐を長く口に入れてしまっていたみたいだった。ディアーナはカインの靴の上にゲロを吐いた。
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