カイン・エルグランダーク

カイン・エルグランダークは、エルグランダーク公爵家の長男で、ディアーナ・エルグランダークの兄。

文武両道、眉目秀麗、才色兼備、冷静沈着、クールビューティ。とにかく完璧超人な年上の攻略対象…に、将来はなる予定だ。

妹の同級生である主人公と知り合い、その心優しさに触れるうちに心の闇をとかされていき、恋に落ちる…予定。


カインには、前世の記憶があった。


カインの前世は、昼間は外回り中心の営業サラリーマンで夜は再生数そこそこのゲーム実況系YouTuberだった。


ゲームのやり込みプレイと動画編集による連日の徹夜、徹夜、徹夜&エナジードリンクがぶ飲みによって身体に無理が来てしまっていた。ちょっとだけ仮眠しようと机に伏せて目をつむり、そのまま目を覚まさなかった。

ゲームをやりたくて選んだ、定時で帰れる超絶ホワイト会社(ただし薄給)に就職していたが、趣味に没頭しすぎて過労死みたいな死に方をしてしまった。


前世の記憶を持ったまま生まれ変わったことには気が付いていた。かなり高位な貴族の家に生まれ、優しい父母と乳母に育てられ、何不自由なく暮らしていた。

比較的若くして死んでしまった前世と比べて恵まれていることに感謝し、今度は長生きして親孝行をしようと考えていた。


妹が生まれ、ディアーナと名付けられた瞬間に気が付いた。

この世界が、死ぬ直前にクリアし、動画編集中だったゲーム『アンリミテッド魔法学園~愛に限界はありません!~』の世界だと言うことに。


「転生は転生でも、乙女ゲームの世界かよ…」


他にもプレイしたゲームは山ほどあった。オープンワールドの誉れを捨てたお侍RPGや最終幻想なRPGだって竜の謎的RPGだってプレイしてた。

どうせならそっちの世界に生まれたかった。だってやっぱり勇者になりたいじゃないか…とカインは少しガッカリしたのだった。


ゲーム世界への転生だと気が付いたカインは、ステータス画面やコンフィグ画面、コマンド画面を出せないかと色々試した。

結果、全然駄目だった。

ゲーム世界への転生ではあるが、リアルなのである。


これはゲームであっても遊びではない。


セーブ・ロードが出来ないのであれば、ある程度シナリオを知っていたところで全く安心などできない。できるわけがない。

明日、道端で馬車に轢かれて死ぬかもしれないし、階段で転んで打ち所悪くて死ぬかもしれない。そこは、自分にとってこの世界が現実である限りゲーム世界だとしても変わらないはずだ。

カインは、慢心せず誠実に生きていこうと心に誓った。



ところで、カインの妹ディアーナ・エルグランダークについてだが。


カインの妹、ディアーナ・エルグランダークはゲームで悪役令嬢の役目を持ったキャラクターだ。

公爵家の長女と身分は高く、教養もあり、魔力も多い。歌も楽器も絵画も運動も礼儀作法もきっちりこなせる完璧令嬢だった。

貴族同士が連綿と血をつないできたこともあり、見た目も非常に美しくまさに才色兼備と言ったところだ。


唯一の欠点は、性格が悪いこと。

ゲーム主人公に何かと張り合い、突っかかり、言いがかりをつける。

まぁ、ゲームのライバルキャラクタとして造られたキャラクターだし、最後に『ざまぁ』を突き付けることでプレイヤーに爽快感を与えるための存在なので、性格が悪ければ悪いほどいいのだろう。


ただし、これはゲームプレイ時間である「12歳から18歳」の時点での話だ。


産まれたばかりのディアーナを見たカインはその愛らしさに悲鳴を上げた。

「テラかわゆす。マジ天使。尊死する」と言いながら背骨が折れそうなほどのけぞったカインを両親は心配した。

「お母さま、早く隠さないと神様がディアーナを取り戻しに来てしまいます。本当は天使なのに間違えて我が家に授けてしまったのです」と本気で心配し、ディアーナに頭から毛布をかぶせてしまって部屋から追い出された。


産後、母の体調が戻るまでは乳母がディアーナの面倒を見る事になっていたが、カインは何かと世話を焼きに育児部屋にやって来た。

最初のうちは、ディアーナが生まれた直後の奇行から乳母や侍女に警戒されていたカインだが、「触って壊すと大変だから」とディアーナの事は眺めるばかりで、乳母に指示を仰ぎ雑用を率先してやる姿を見るうちに子育て組からの信頼を得たのだった。

3歳のカインにできることは少なかったが、カインが添い寝をするとディアーナは夜泣きもせずにおとなしく寝てくれるので、乳母や母はとても助かっていた。


ディアーナが1歳を過ぎ、よちよち歩きができるようになると可愛さは加速した。

カインが呼ぶと、笑いながらよちよちと歩いてきてその膝の上に乗っかるのだ。ふわふわの金髪も海のように青いクリクリの瞳も、よだれでべちょべちょのもみじのような手もすべてが愛らしかった。

最初は嫌がっていた離乳食も、カインがスプーンを出せばディアーナは大人しく食べた。

そうやって自分に懐くディアーナに、カインはますますメロメロになっていった。


今のカインは5歳。3歳下の妹は2歳。

まだまだ歩くのがへたくそな癖にずっとカインの後ろを付いてくるのが可愛い。

転んでもすぐに泣かず、顔だけ上げてカインの姿を探し、目が合うとようやく泣き出す。めっちゃ可愛い。


前世で知育玩具の営業をしていたカインは、幼稚園や保育園へ訪れることも多かった。幼児と触れ合う機会はそこそこあったが、こんなに可愛い女の子は見たことがなかったと思う。

試作品の玩具の反応を見るために、子供に交じって遊ぶこともあったので幼児の扱いはそこそこ慣れていた。


ままごと遊びをしていて、にーたまごはんれすよって天使の笑顔でカインの口の中に積み木をつっこんできたのは「あーん」してくれたって事だし、こえあげうね!って渡されたカーテンからちぎったタッセルは今でもカインの宝物だし、クレヨンで壁に描かれたカインの似顔絵と思われる物は切り取って額に入れて飾ってある。

カインの妹溺愛ぶりは相当だった。


3歳からバイオリンとピアノをやらされているが、カインがそれらの練習を始めると近寄ってきてお尻をフリフリしながら踊り出す。それがまた可愛いのなんのって。マジ天使じゃね?

こんな可愛い天使なのに、将来は断罪されたり追放されたり知らんおっさんに嫁がされたりしてしまう。そんなことする奴ら、頭おかしいんじゃないだろうか?


ゲームのエンディングは主人公の魔法学園卒業時だから、16年後。魔法学園に入学するのは10年後。

10年後にはこの天使が悪役令嬢になってしまってるなんて信じられない。信じられるわけがない。

ルートによってはカインが、自ら妹を窮地に追いやる事になる。

そんな事になってたまるかと、カインはつよく拳を握る。


「にーたま?」


クリクリの大きな目で見上げてくるカインの天使。

絶対守ってやるからな。絶対幸せにしてやるからな。

そう、心で語りかけながら優しく頭を撫でてやり、にっこりと笑いかけてやれば、カインの天使は笑いながら「シッコでた!」と元気に報告してくれたのだった。

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