一掬(いっきく)の水 ~一度きりの一本~

呂瓶尊(ろびんそん)

思い出語り

私がまだ詰襟の学生服を着ていた高校生だった頃。

当時は冬だったか、まだ寒い2月だったと思う。

その日私は冷たい空気と緊張した空間で防具を身に纏い、竹刀を握りしめていた。

某市の体育館で行われていた市民剣道大会。その日私が立っていた舞台である。


当時私は入学した高校1年生から入部していた剣道部の市民大会に出場していた。

剣士としての成長は遅く、高校2年生も後半ごろになってようやく初段を取り、大会に出る機会を得ていた。

当然ながらインターハイに出られるような実力はなく、私の同期生は人数も多かったので補欠にすら選出されない様な、剣道家としては才能があるわけでもなかった。


初段への昇段試験すら落ちてしまっていたような選手だったので、私自身「高校生のうちに初段が取れればいいか」くらいの気持ちで稽古をしており、漸く初段を取れて初の大会であった。多分、段位を持っていなくても実力があれば出られるような大会だったのだろうが、私の所属していた部では地方の市民大会と言えど段位取得が出場の条件と部内では設定されていたのだから、当然それまで試合に出ることはできなかった。


そんな中、漸く小さな大会と言えど出場を果たしたのである。ただ、私の場合商談が遅かったことと進学校であったことなどから部活よりも間もなく始まる大学への受験戦争への関心が大きく、この大会自体もそこまで気合の入ったものではなかった。

「思い出作りぐらいでよいか」と半ば諦め、半ば適当に試合に臨んでいた節は否めない。今思い出せば殴りつけたくなるような考えである。


ただ、そんな中でもコートに立てば気分も変わる。やはり、竹刀を握りしめ相手と正対する・・・それだけで一瞬で自分の体に緊張が走るのはそれなりに剣士として成長はしていたのかもしれない、そして応援の存在が何より大きかっただろう。


その日は市民大会とは言え初の試合参加という事でわざわざ父が応援に来てくれていた。

インターハイでもない小さな大会に・・・と思ったりもしたが、父も高校時代に県道をしていたこともあり初段を持っている。


私の装着している防具や、防具袋・竹刀袋と言った装備品類は全て父から譲られたものであり、私が高校自分には既に父が高校を卒業してから四半世紀以上が経過したある意味骨董品である。入部当初は道着も持っておらず、父の防具袋に入っていたサイズの合わない道着を着て、つんつるてんになりながら日々の稽古に励んでいた。

同期生から見ても、私の防具類は年季の入った傷だらけの古いものであるのが一目でわかるほどのものであったらしい。

ただ、防具自体は今の様にプラスチックやファイバー製の物ではなく、総竹張りの非常に高価なものであったようだ。


小さな大会とは言え、自分の装着していた防具を息子が使用して試合に臨むという事が非常に嬉しかったのだろう、父は試合前に私の剣筋や構えなど世話を焼きすぎるというほどレクチャーしてくれた。

そこまで真剣でなかった私だが、それでも父が教えてくれることによって少しずつ気合が入っていき、コートに立つ頃にはすべての邪念や怠惰な思いは消え、ただ目の前の試合に全力で集中する気構えとなっていた。


試合会場に全選手が整列し、選手宣誓と開会の宣言がなされ早速試合が始まる。

私の出番は後半だ。それまでの間、各試合を見ながら自分の中動きをシミュレートする。

良い面が入った、素晴らしい籠手の一本、見事な逆胴、威風堂々の上段構え・・・

それぞれに選手の個性があり、気合の入った掛け声とともにそこかしこで竹刀が相手を捉えた気持ちよい一本の音が響く。


いつしか私は自分の試合の事も忘れ試合に見入っていた。地方の市民大会とは言え選手が真剣に戦う姿は、私も武道を齧っている人間であることを思い出させ、少しずつ闘志が漲ってくる。


そして試合観戦に夢中になっている私に、出番が近いことが告げられ試合の準備をするように係員に促される。

互い違いに組んだ籠手の上に鎮座した面、その上にかけられた手拭いを手に取り、頭にセットする。そして面を手に取りゆっくりと装着し、面紐でしっかりと面を締め付け弛みの無いようにきっちり締め上げたら、後ろ手に蝶々結びをする。

これで戦闘準備完了。

他の部員に手伝ってもらい赤白を示す帯を腰の後ろに括り付けると籠手を装着し、竹刀を脇に置き正座をしてじっとその時を待つ。


選手名が読み上げられる。私の名前だ。


「前へ!」審判の鋭い宣言と共に、「押忍!」と腹の底から相手の肺腑に突き刺されと言わんばかりの声量で返事を返し、傍らに置いた竹刀を握りしめ立ち上がる。

コートの両端に私と相手がそれぞれ立っている。


コートの外で主審と副審二名に軽く一礼をし、再度相手に正対し提げ刀(さげとう)している竹刀を腰の位置まで持ち上げ帯刀(たいとう)をする。

二歩コートの中に歩みこみ、相手に対し一礼をする。

そして更に三歩進み、開始線の位置で抜刀し蹲踞(そんきょ)する。

私は実力こそなかったが、剣道におけるマナーについては師匠にかなり厳しく鍛えられたため、少なくとも相手に対し礼を失することは無いように礼を尽くして臨むことの大切さを教わっていた。

勝てるか勝てないかはわからないにしても、学校の名前を背負って試合に出る以上、もし無礼があれば後でこっぴどく師匠に怒られるのが怖かったのもある。


双方が蹲踞の姿勢になれば直ぐに「始め」と審判の鋭い試合開始の合図が放たれる。二人とも立ち上がり、中断の構えで相手と正対し睨みあう。

そうなると、試合前の色々考えていたことなど全て吹き飛び、目の前の相手と真剣勝負に挑むことしか頭になくなる。

実力では負けても声だけは負けまいと精いっぱいの気合を張り上げ、自らを叱咤しながら相手との間合いを測り、打ち込む機を伺う。

剣先は小刻みに揺れ、相手の間合いに迂闊に踏み込まぬ様最大限の注意をしながらこちらの動きで相手の攻撃を誘い出すようわざと隙を見せたりもする。

相手も同様にこちらが打ち込むすきをわざと作ってきたり、敢えて私の間合いに素早く踏み込み、動きを誘い出そうとするなど駆け引きが続く。

そうこうしているうちにお互いが決定打を欠いたまま、徐々にコートの端に二人の体が移動していく。

一足一刀(いっそくいっとう)の間合いから打ち込み、相手に体をぶつけ鍔迫り合いの体制にもつれ込み、また一足一刀の間合いに戻る。

そういった動きを繰り返しているうちに、いつしか二人はコートの端にじりじりと動いていき、何となくコートの中心から移動していることは認識しながらも二人とも目の前の相手に集中しており、何も気づいていなかった。


-ピッ-


笛の音が鋭く響く。審判により私と相手は引き離され、開始線まで戻された。

何事かと思って審判の言葉を待つ。


『場外!反則!』相手の反則である。


お互い相手に集中するあまり、コートから足が出ていたことに相手が気付かなかったのだ。運がよかったのではあるが、一歩間違えれば私が反則を取られていただろう。

その後は、焦った相手が若干ペースを乱したため、結局のところ場外反則で私に与えられたポイントで判定勝ちとなった。

正直、あっけない上にい綺麗に一本を取って勝ったわけでもなかったので消化不良と言うかいまいち実感に欠ける勝利となったことは否めなかった。


汗をかいた面を外し、声の出しすぎで乾いた喉に水筒に入れた冷えた麦茶を流し込んで潤し一息つく。一応は勝ったので二回戦進出ではあるが、何とも自分自身では納得がいかない。

反則により判定勝ちも立派な勝利ではあるのだが、剣道の考え方からすれば場外押し出しでの勝利は余り褒められたものではなかった。

無論、二回戦進出そのものは嬉しかったのだが次は同じ判定勝ちでもせめて一本取って勝ちたいものだと思いながら次の試合を待つ。

小さな大会ではあったので、それほど長時間待つこともなく次の試合が近づく。

観客席に座る父をちらりと見ると、こちらに向かって頑張れと手を振って応援してくれている。

折角わざわざ車を飛ばして応援に来てくれた父の為にも少しは格好の良いところを見せたいと思い、近づいた出番に備え新しい手拭いをセットし、再び面を装着する。

一回戦で体力の消耗はあるものの、気合だけは十分・・・のつもりであった。


間もなく二回戦の呼び出しが始まり、順調に試合が進んでいく。

間もなく私の出番、初めての試合で二回戦に進んだ緊張で手に汗をかいてはいるが問題はない。籠手を装着すれば手汗など関係ない。

再度私の名前が告げられ、一回戦と同じく精いっぱいの声量で応え、竹刀を手に取りコートに歩みを進める。

同じように提げ刀の構えで審判に軽く一礼をし、帯刀の構えでコートに二歩入り一礼をし開始線まで三歩進み抜刀し蹲踞の姿勢を取る。


再び「始め」の合図とともに立ち上がり相手に正対する。一回戦と同じだ。

だが、今度は私も相手も一回戦を勝ってきた。当然勝ち上がるごとに戦う相手は強い相手へと変わるのが通常である。

一回戦も真剣ではあるが、二回戦になれば更に真剣味が増してくる。

お互いから視線を外さず剣先をぶらさずに相手に向き合う。一回戦とは違い、お互いなかなか動けない。小さな大会とは言え出場している選手は勝つために苦しい稽古を積んできた。

負けることが許されないわけではないが、みっともない試合だけはできない。

一回戦とは心境の変化を自覚しつつ、じりじりと相手との間合いを詰めていく。

申し合わせたように双方が踏み込み、初手の面がそれぞれ相手を捉える。

視界の片隅で審判を確認するが、相手に一本の旗を揚げかけていたが、体の前で紅白の旗を交差させる。一本取り消しの合図だ。

ホッとするとともに、気合が十分ではない自らの心を叱咤し、再度相手と向き合う。

審判の方を気にしている余裕はない。そちらに気が削がれればその隙を逃さず撃ち込まれるからだ。

それは相手も同じであろう。迂闊に動けず、数秒の膠着時間が数分にも感じられる。


その膠着時間が破られるとともにお互いが再度踏み込み、相手を狙う。

面、籠手、胴、逆胴・・・打突の応酬が激しく交わされるがお互い有効打が入らない。

冬とは言え真剣勝負である。じっとりと額にかいた汗が、不快な感触と共に顔を伝って流れ落ちる。見れば相手の顔にも同じように汗が浮かんでいる。お互い真剣である。

こうなってくると有効な打突が入らない事と、残り時間によりコートに立つ選手には焦りが生じ始める。お互い有効打突が決まらず試合が終了すれば延長戦、もしくは判定や抽選と言った方法により勝敗が決められることがある。

延長戦になれば、当然のことながら試合を再開するわけで、体力もどんどん消耗していく。そうなってくると、よしんば勝利したとしても次の試合では体力が削られた状態で臨まねばならない。

また、自分では有効だと思った打突も一本とならない事へのいらだちと焦りも生じてくる。


そうなってくると、試合が体力面だけでなく精神的な勝負にもなってくる。

消耗した体力が焦りを呼び、焦りがさらに体力の消耗を呼び体の動きを鈍くする。こうなってくると精神的にタフな人間に軍配が上がることが多い。

私の場合、二回戦の相手は私より若干小柄であった。体格差の分体力の差もあり、わずかながら相手の方が疲労の色を濃くしつつあった。よく観察すれば若干息も上がり始めている。

わずか数分の試合時間の中に、精神的・体力的な戦いが凝縮され、先に精神的に揺らぎを生じた方が隙を生じる、そんな状況であった。

だが、私も当時はハイクラスの選手に比べれば体力には劣り、自分でも疲労の色が浮き出てきているのを自覚していた。

お互いが疲労の色を濃く見せ始め、動きが鈍り始めたことで再度試合は膠着する。下手に動いた方が負けるのはわかりきっているので、体力を回復させつつ相手のすきを窺う戦法に双方が申し合わせたように切り替えた。


だが、そんな膠着状態を私は自ら破りに走る。一瞬隙が見えたように思う相手に飛び込み面を打ち込む。有効打突にはならない。

打ち込んだ勢いそのままに相手との鍔迫り合いに持ち込もうと体をぶつけた瞬間、相手が後方に勢いよくよろめいた。いくら体格差があるとはいえ、恐らくは相手も相当消耗していたのだろう。

よろめいた拍子にそのまま場外に出てしまい、相手は場外反則。


またか、である。


余り気持ちの良い話ではないが、こうなったら私が消極的姿勢で反則を取られないようにうまく逃げ回りながら時間切れを待つだけである。呆れるような戦法ではあるが、その時はとにかく勝つことしか考えられなかった。


審判の笛が鳴る


時間切れである。またも私は一本を取ることなく勝利してしまった。自己嫌悪に陥る。如何に勝ちたいとは言え、これでは堂々の勝負とはとても言えない。

勝てたとはいえ、情けない忸怩たる思いが私を支配していた。

その時後輩にも「先輩の剣道は相撲みたいですね」と揶揄されたことは未だに覚えている。

無言で言い返すこともできない私は、気持ちを切り替えるべく三回戦に臨む。これに勝てれば準決勝である。人数も少ない大会ゆえ、勝つチャンスはインターハイなどに比べれば大きい。


一、二回戦の情けない姿と後輩の心無い嫌味をかぶりを振って振り払うと、三回戦の準備に入る。再び口にした麦茶は微妙に苦く感じた。

私の気持ちなどお構いなしに試合は進み、いよいよ三回戦が始まった。私の出番も間もなく回ってきて、同じように面を付け、同じように礼をし、同じように蹲踞の構えから「始め」の合図を受け、相手に正対する。

市民大会に出てくる選手は剣道を趣味でやっている方も多いが、それでも三回戦まで駒を進める選手はかなり強い。一、二回戦までの相手とは明らかに雰囲気も違うし構えも違っていた。


格の違いである。


しょっぱなの構えから私は相手の気配に飲まれ気味であったが、何とか気力を振り絞り披露した体に気合を入れ構える。

打ち込めない・・・打ち込む隙がない。相手の面から覗く顔は私より明らかに年上。ベテランの剣士であろう。一、二回戦の私の試合を見ていれば格の違いは一目でわかるはずだ。私とて武道を齧った端くれ、今度の相手が私より高位段者であることは相対してみてすぐに理解した。

『負ける・・・』と試合開始早々に感じてしまったものの、直ぐに負け犬根性を振り払う。端から負けを意識して勝てる相手などこの世のどこにもいないのだから、気合だけは負けまいと腹の底から再度声をあげる。


だが、相手は悠然と構えておりこちらが格下であることを確信しているようだ。

私もそれを感じてはいたが、負けじと相手に向かって牙をむく。

高位段者相手に普通に打ち込んでもなかなか勝てない、唯一得意な技である相手が打ち込んだ隙に後方に下がりながら面を打ち込む引き面で勝負をかけるしかないと考えつつ、相手の出方を伺う。

だが、相手を釣ろうと一瞬剣先を下げたその瞬間、私の脳天に衝撃が走る。

耳に響く竹刀が面を捉えた音は至近距離で炸裂し、一瞬の空隙の後に私は一本を取られたことを悟った。

審判の合図で開始線まで戻り、相手に旗が掲げられ一本が宣告される。


もう後がない。「二本目」の合図とともに構えた私は、全身全霊で気合を放ち相手に向かって闘志を燃やしていた。

「絶対に一本取り返してやる」普段の稽古や練習試合では余り考えたこともない思考が頭を駆け巡り、竹刀を持つ手に力が入る。

だが、力が入りすぎていたのだろう。硬直した体に相手から体をぶつけられ、よろめいてしまう。その瞬間相手が再度一本を取りに面を狙ってきたがこれを首を傾け何とか間一髪でかわし、体勢を立て直し気を落ち着ける。

深呼吸をし、緊張と焦りと闘志で固まった体をほぐし落ち着ける。

冷静に、だが猛々しく。一度失敗し、冷静さを取り戻した私は落ち着いていた。


『相手の目から体全体を見る』教えてもらった基本に立ち返り、体の力を抜き相手との間合いを取る。

不思議と相手の動きが何となく見えてくるようであった。今にして思えば何となくだったのだろうが。

だが、落ち着きは身体の反応速度を速めた。一瞬剣先が動いた相手の竹刀を視界にとらえた瞬間、『来るッ!』と思ったその時、私の体は自然と動き面を取ろうと動き始めた相手の籠手に私の打突が正確にヒットしていた。


「一本!」審判の旗が上がる。ようやく私は自分の打突で審判の旗を揚げさせることに成功したのだ。

何よりうれしい一瞬であった。だが、その喜びをかみしめる暇もなく再度開始線に戻り、お互いに構える。


「勝負!」審判の声が響く、最終戦の合図だ。泣いても笑ってもこの一本が全てを決める。剣道は二本先取だ。有効や技ありなどは無い。一本がしっかり入ったかを審判が判断し勝敗が決せられる。

ここまでくると『勝ちたい』の欲が私の中に強烈に萌芽してくる。これで勝てば準決勝だ。4位は確定、うまくすれば3位に入れるかもしれない。

何となくで出ていた試合だが、いつしか上が見えたことで私の心にも欲が出てきていた。


本来であれば、『勝ちたい』の欲は強烈に若い高校生の体をサポートして勝利へと導いてくれるものであったかもしれない。だが、私の場合は違った。部活での成功体験が無い私にとって小さな地方大会と言えどメダルが見える位置まで試合の駒を進めると言う経験は強烈に私の体を緊張へと導いてしまったのだ。


コートに立つ私の体に緊張が走る。勝負欲にとりつかれた緊張だ。まだ勝てないまでも記念に・・・と言う思いで試合に臨んでいれば結果は違ったかもしれない。

当然のことながら今私が相対している選手は私より格上である。勝負欲への焦りが筒抜けだったのだろう。

三本目の開始早々、激しく撃ち込まれる。相手も一本取られたことで勝負に出て来たのだろう。格下の私は劣勢に追い込まれ、何とか相手の攻撃を裁くことで手一杯になる。


一瞬、相手の攻撃が止んだ。私も一瞬ほっとし、間合いを取って体勢を立て直そうと後ろに下がろうとした瞬間、緊張が解けたことを見透かされていたのだろう。強烈な面が飛んできた。一瞬早く気づいて手を上げ竹刀で攻撃を防いだものの、見事に隙を作ってしまった。


次の瞬間私の左脇腹に衝撃が走り、乾いた打突音がコートに響く。

見事な逆胴である。主審と副審2名合計3名の旗が一斉に相手に挙がる。


この瞬間私の負けが確定した。

開始線まで戻り蹲踞をし、構えた竹刀を納刀し立ち上がる。そのまま相手に背を向けずに5歩下がり、一礼してコートを出る。

これで私の大会は終了した。欲に取り付かれた私にとっては当然の帰結であったろう。だが、負けは負けである。潔く敗北を素直に認めることもまた剣道の教えである。


その後、私の卒業まで試合に出る機会は多少あったもののどの試合でも一回戦敗退、一本を取ることもなく終了し、私の高校生活、部活卒業と共に私は剣道から離れ大学時代は別の打撃系武道の道に入ることになり、それ以降剣道は部活へ訪問したときにOBとして剣を握る以外では殆ど活動することは無くなっていた。


しかしながら、私は一本を取ることができた唯一の試合を高校時代に経験できた。勝つ体験をしてこなかった私にとってこの一本は山と積まれた金銀財宝よりも貴重なものであり、諦めずに真剣に戦う事で成果が出てくるのだという経験はその後の人生にとっても大変貴重なものとなった。

父も「メダルまで行かなかったのは残念だがあの一本は立派だった」と褒めてくれた事もあり、負けはしたが誇らしい気持であったことを覚えている。


あれから、四半世紀以上が経過した。その間大学生、社会人と様々な苦労をしてきたが、高校時代の三年間を費やした剣道部の稽古と、何よりあの試合で奪った一本は未だに人生と言う記憶の石板に刻み込まれている。

諦めるなかれ、不屈の闘志を忘れるなかれ。私の人生の根底はこの一本が盤石の基礎となって支えている。

社会に出れば報われない努力と言うものもたくさん経験して来た。だが、努力をせずに報われることは無いという事だけは某漫画にも描いてあったがその通りだと思う。

少なくとも、あの時必死で試合を頑張ったことが今苦難の状況であっても負けずに立ち上がれる原動力になっている。

そして、今私の部屋にはあの時使っていた防具と竹刀袋が未だにしまわれている。竹刀はもう買い替えて剣道からも離れて大分経過してしまっているが、私の大事な思い出と諦めそうになった時の戒めとして、未だに私の部屋で鎮座している。

この防具も父が若いころに使い、それを私が譲り受けてもう半世紀以上経過してしまった。父ももう70歳を超えた。母も健在である。

師匠も60歳を超え社会人としては引退したとはいえお元気なことだし両親が健在なうちに、そして師匠が御壮健なうちに遊びに行っておこうか・・・

生意気ながら、高校時代の三年間で私に厳しく剣の道を教えてくれた師匠に感謝し、そして何より剣道をやりたいと言ったときに迷わず私に防具と竹刀を譲ってくれた父に感謝したい。


あの時、試合後に空になった水筒を鞄にしまい込み会場の外にあった冷水器から飲んだ水はどんな水より旨かった。


どんな旨いジュースも酒も、あの一掬の水には敵わない。

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一掬(いっきく)の水 ~一度きりの一本~ 呂瓶尊(ろびんそん) @MCkamar

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