11/7 『シャンシャンパナ案内』感想
『すばる』 12月号より
『シャンシャンパナ案内』著:古川真人
長崎の“件の島”を舞台に描かれたサーガ。古川ファンにはおなじみの登場人物たちである。晴れた秋の日、共に散歩しているような感覚を覚える、穏やかな一作で、とてもリラックスして読むことができた。
物語は稔と多津子が“シャンシャンパナ”まで散歩をする、というもので、そこに至るまでの道、吉川の納屋、様々な読者の聞き慣れない地名にまつわる(このキャッチーさが心憎い)、土地と彼・彼女の融合した記憶を紐解いていくという物語である。
故郷のにおいと幼少期の記憶が浮かび上がり、“今、ここ”と比較されたり(あるいはもはや見られなかったり)するときに、たしかに僕らは僕らの記憶から、綺麗になってしまった公園や護岸工事の進んでしまった川、潰れてしまったパチンコ屋を思い出している。この瞬間に僕らもまた、稔と完全に同じ位置にいる。物語は現実に波及しているのだ。君たちにとっての“いつか”は? という問いは柔らかく、暖かい。もっとも、解答を出す際に感傷を抱くか、幸福感を覚えるかはそれぞれだとしても。
文調がいつにもまして三人称多元と一人称を行き来している――いつにもまして、というのは、直近に僕が読んだ古川作品が『ギフトライフ』というのもあるのだけれど――のは、読者の意識を人物そのものへ取り込む働きがあり、前述の、“現実に波及”する効果をより強いものとしている。自然と過去が立ち上がってくる様は微笑さえ浮かべたくなる。君たちも常に現在の景色を見ているわけではないよね、という事実をするりと差し出してくる技というのは、何度見ても鮮やかである。
また速度のコントロールも素晴らしく、ウルメにエタリ~と回想しながら魚や海辺の生き物たちを挙げていく件はぐっ、とアクセルを踏み込んだ感を受ける。その心地よいGとでもいうのだろうか、無闇矢鱈な加速と無駄なブレーキではないしなやかなドライビングが、読者へのサービス精神を感じた。
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