第3話 異世界歴・天正八年 春 ー三河ー
■■■ 異世界歴・天正八年 春 ー三河ー ■■■
「何故、儂にはこれといった特技が無いのだろう?」
「殿は特技と申しますか、霊力が低いのでしょう。これは生まれつきのもの故、努力でどうにかなるものではありません」
家臣たちに慰められ、家靖はふぅと吐息をついた。
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家靖は長い間、駿河・遠江を支配していた今田家の人質だった。
当主の今田吉本は、武力に長けた『普通に強い』大名だ。
戦とは、人が人とするもの。それが『普通』だと思っていた。
しかし。
いつの頃からか『霊獣』と呼ばれる、あやかしを従える大名が台頭し始めた。
ひとならざるモノを戦で使役されると、普通の人間では太刀打ち出来ない。
越後の上森が四柱の神龍を従えたのを皮切りに、甲斐の武隈は炎虎を、相模の東条が獅子を、といった具合に、霊力が強い大名たちは次々と霊獣を従えていった。
もともと『普通に』強い大名たちが、霊獣まで従えているのだ。チートと言わずに何というのだ。
そのうち立身出世の為に、大名以外でも霊獣を従える者が出始めた。
世はまさに大霊力時代だ。
この風潮に『普通に強い』だけの今田家が焦ったのも仕方がない。
「お前、霊獣を従えられたりはしないの?」とちくちく言われている人質(という名の居候)の家靖は、しょっちゅう家臣たちと冒頭のような遣り取りをしては、肩を落としていた。
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その今田家が桶狭間の戦いで小山田信永に敗れ、どさくさまぎれに独立した家靖は、お家の存続の為に小山田家と同盟を組んだ。
しかし小山田とその家臣団の濃さに、家靖は眩暈がする思いだった。
まず同盟相手の小山田信永。
彼とは幼少期の家靖が小山田家に人質に入っていた経緯もあり、幼馴染といっても良い間柄ではあるが、昔とは随分変わってしまった。
昔から奇抜な衣装を好み、ちょっと変わった自分が大好きで『大言壮語』と背中に刺繍した、袖なしの羽織を羽織っていた。
いやまあ、自己紹介かな? と流していたら、結構時間がたってから「ちょっと! 何で誰も『天上天下唯我独尊』と間違えてるよって教えてくれなかったんだよ!?」とブチ切れていた。
そんなちょっと傾いた少年だったが、お互いイイ大人になってから再会したと言うのに、『第六天魔王』を自称するような痛々しさにレベルアップしていたのだ。
第六天魔王ってなに? 子供の頃、そんなこと言ってた!??
ふたりきりになった時に、それとなく昔の思い出話などを語りながら話を振ってみると、信永が突然頭を抱えて呻き出した。
「ど、どうしたのですか、信永殿!」
「お……オレの中に、魔王が降臨した……ッ! やめろ! オレの意識を乗っ取るな……ッ!」
頭を抱えて転げ回る信永を見て、家靖は確信した。
「あ、変わってないや、これ」と。
稀に大人でもかかるという病、『永遠の厨二病』を患ってしまわれたようだ……
ならば『自称・第六天魔王』も仕方がない。
そういえば昔から、怪我も無いのに腕に包帯を巻き、「邪神がオレの身体を乗っ取った! やめろ! やめてくれ……ッ!!」などと言いながら家靖のおやつを強奪する事がよくあった。
腕を乗っ取られたとしても、口を開けなきゃいいじゃないですか。とツッコんだら「邪神がァァ!」と叫びながらげんこつが飛んで来た。危なくて仕方がないからそれ以降はツッコんでいないが、その時と同じ顔をしている。
今田殿は「第六天魔王の軍勢に奇襲をかけられたのだ。無理無理」とあっさり討ち取られたが、単なる自称だったと知ったら安らかに成仏出来ないのではなかろうか。
いや、まあ棚ぼたで、こちらは独立出来たからヨシ、ではあるのだが。
そもそもいくら幼馴染とはいえ「信永殿、厨二病は元服前に卒業するモノですぞ」と気安く言えないほどに、相手と勢力差がついてしまった。
あちらは天下統一も視野に入れて、ブイブイいわせているのだ。
それに信永は、自分が『自称』第六天魔王なのをフォローすべく、配下に優秀な者を揃えている。
『家柄関係ナシ! 実力主義! おいでませ小山田軍』をキャッチフレーズに家臣の募集をかけている小山田家には、赤鬼を使役する柴浦克家殿や、霊獣・白猿を使役する富豊秀好殿など、これまた濃いメンツが揃っているのだ。
こんな頼りになる厨二メンバーが揃っているのに、なぜ信永が自分と同盟を組んでくれたのかが解らない。せめて自分も神か霊獣を使役出来れば、同等の同盟者となり得るだろうに。
家靖は内心歯がゆくも情けなくも思っていた。
厨二メンバーが揃った場所では、厨二が正義であり、常識なのだ。
……が、世間的には『非常識』に呑み込まれてしまった事に、家靖はまだ気づいていない。
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「そこまで言うなら殿、霊獣狩りに行きませんか? あやかしはピンキリです。弱い怨霊なら霊獣になってくれるかも知れません」
「何でもいいって訳ではないぞ? 土蜘蛛なんぞ従えておったら、儂ごと討伐されてしまう」
「あ、殿の霊力で土蜘蛛を従えるのは無理です」
あっさり切り捨て、項垂れた家靖を引っ立てるようにして家臣団は森へと繰り出した。
家靖の霊獣さがしは絶望的だった。下手をすると手伝っている家臣の方に、霊獣として従おうとする。
家靖に気付かれないように、しっしっと懐いた怨霊を追い払いながら、本間只勝は大袈裟に溜め息をついた。
「殿はお優しいですからな。こういった事には向いておられないのでしょう」
「どうでしょう。ここはひとつ、何か動物を飼って霊獣を装う、というのは?」
「いいですな! 秀好殿の『白猿』など、本物の猿にしか見えませんし。当座はそれで凌ぎましょう」
「あのな? 別に儂は愛玩動物を飼いたい訳では…… 龍は無理だが、虎ならどう?」
「危ないですよ。もっと安全な動物にして下さい。うさぎとか」
「嫌だぁ! 何かもっとかっこいいのがいい! 『出でよ、霊獣・うさぎ!』なんて可愛すぎだろう!」
「殿。内心バカにしていたくせに、殿自身が厨二に染まりかけてますぞ」
馬鹿を言ってはしゃいでいた家靖と家臣団の耳に「きゅう……」と哀れな鳴き声が聞こえてきたのはその時だった。
全員の視線が、一斉に草藪の方に向く。
「うさぎですかね?」
「だとしたら天の配剤ですぞ、殿。そのうさぎを霊獣にしましょう」
がさがさと分け入った草藪の向こうには、罠にかかったつぶらな瞳のたぬきが居た。うるうるとした涙目でこちらを見ている。
「なーんだ、たぬきか」
笑いながら後ろ足に食い込んだ罠を外す家靖を、家臣たちは黙然と見守った。
たぬきか……いやでもうさぎより、ずっと殿の霊獣っぽくないか? 見た目が似ているし。何よりこのたぬきにとって、殿は命の恩人だ。
それにだ。家臣達は顔を見合わせた。
このたぬき、頭に葉っぱを乗せている。も、もしかしてこれは『化けたぬき』の類なのでは……!?
これぞ天の配剤。ここは恩を売って、霊獣になってもらうべきですぞ殿!!
罠から解かれたたぬきは逃げることなく、つぶらな瞳を家靖に向けている。
【たぬきは仲間になりたそうに、こちらを見ている……】
そんなテロップが家臣団全員の脳裏に浮かんだが、家靖はにこにこ笑って全力で拳を振り上げた。
「さあ皆の衆、あらためてうさぎを探しに行くぞ!」
元気に背を向けた家靖と、家靖の背中と家臣団を交互に見て、慌てているたぬきを見遣り、家臣団はそっとたぬきに手を振った。
霊力が低い者は、霊力自体に気づけないという。
……殿、こういうところですぞ。
『分相応』という言葉もある事であるし、うさぎで我慢して頂こう。
『霊獣・うさぎ』。可愛いではないか。
家靖に付き合っているうちに、家臣団も若干厨二に染まりかけていることに、家臣団も気づいていない。
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