第4話「沼」
カマキリが背を向いて逃げていったのを目で確認しつつ、俺は椎名の手を引いてなるべく安全そうな廃屋へ向かった。
とりあえず中に何もいないことを確認して、ボロボロになったソファーに腰をかける。
「っはぁ、っはぁ、っはぁ……まじで、やばかったなっ」
「ううっ……私、はしれ、ないんだ、けど……はしらせないで、よぉ……」
「ば、ばか言えよ……こ、この銃あるところまで……走らなかったら……っぁ、し、しんでたって」
まったくもってだが、この状況で多少ではあるとはいえ文句が絶えない椎奈も椎奈だ。
「……はぁ、はぁ」
「っーーーーほんとに」
「……くそったれって感じか」
「そう、ねっ……」
ここにきて考えが一致する俺たち2人。
今まで何もなかった関係が一体全体どの出会いで変わったのか、まぁ答えなど明確ではあるのだが……甚だ疑問に感じてしまう。
それくらい、俺は心を整頓できていなかった。
「にしても、よくもあんなところに銃があったわね……」
一通り息を落ち着かせた椎名が俺の右手にぶら下がっていたリボルバーに目を向けて呟いた。
「確かに、な」
「えぇ。あれがなかったことを考えたらゾッとするわね……」
「ははっ……、食われてもおかしくないもんな」
「笑い事じゃないわ! あんな変な化け物に食われるなんてめっぽうごめんよっ」
「あ、でもそれで言うなら男よりも肉つきがいい女の方が食われるしラッキーだったか」
「……何、私が太ってるとでも言いたい?」
「んんっ!! そんなことは一ミリも思っておりませんとも、お姫様っ」
さすがにいじりすぎた。
雰囲気を盛り上げようともこう言うところでしか攻めれないのが長年の陰キャラぼっち生活が仇になったかもしれない。
「だから、その呼び方はやめてって言ってるじゃないっ……」
「だって、敬って欲しそうな目で見てきたから」
「それとこれとは違うでしょうがっ! だいたい、話が拗れまくってるでしょ」
「ん、あぁ確かに……で、何の話だったっけ?」
「……はぁ、ほんとに大丈夫なのかしらね」
俺が訊くと、椎名は瞬きを数回して額に手を当ててため息をついた。
「大丈夫って何がだよ」
「この世界にいることよ……ほんとに頼っていいのかなって思っちゃったわ」
「……おい、俺さっき助けただろ」
「それとこれとは別。だいたい、たまたまって可能性も捨ておけないじゃないっ」
「……さすが吹雪の姫。俺じゃなかったら泣いてるぞ」
「っ……悪かったわね、もぅ」
すると、また姫と呟かれたのが嫌だったのかムスッと顔を顰める。極限状態とはいえ、まぁこんな感じで言い合えているのは何とかなっている証拠だ。
「んで、とにかく銃があってよかったわねって感じだね……」
「あぁ、だいたいあいつらが逃げてくれる保証がなかったもんな」
とりあえず、落ち着きを徐々に戻してきた俺たちは話を元に戻す。
俺が拾ったこの拳銃は回転式拳銃である『M360J SAKURA』。装弾数は5発で、.38スペシャル弾を使う。まぁ、そうそう弾薬が落ちているようにも思えないからなるべく使わないのが吉だろう。
それに日本の警察官に会っている武器ではあるが決して命中制度や威力も高くない。たまたま急所に当たって説もあるし、あの大きさの生物に打つなら散弾銃か狙撃銃の破壊力は欲しいまである。
日本にもカラシニコフ小銃や拳銃でもデザートイーグルあたりが出回っていれば嬉しいが生憎とそうはいかないし、今更泣き言を言っても意味はない。
そこで俺たちがまず、やるべきことは何をしていくかを考えることだ。
「正直、椎奈的には何をやればいいと思う?」
「何って……ご飯の確保かしら?」
「ご飯かぁ。確かに起き上がってから何も食べてないしな」
目が覚めてからおそらく2時間以上は経っていると思う。今日1日くらい何も食べなくてもいいが2日3日ともなると怪我の回復に色々と出てくるかもしれないし、必須事項だ。
それに、なによりーーーー
「なにより寝床の確保だ」
「えぇ。あれが夜行性だったとしたら最悪だものね」
「昼に出歩いてたし、そのことはないだろうけどほかにもいるかもしれないしな」
「……ご飯と、寝床……あとは」
「生存者と武器の確保かな? あとは火とか?」
「袋小路ね」
椎名の言う通りだった。
時間に関しては空の色が一向に変わらなくてよく分からないが俺たちの体内時計的に考えれば寝る時間も確保しないといけないも確かだ。
街もぐちゃぐちゃで多少の面影はあるもののどこに向かえばいいかも定まらないし、これこそまさに沼であり、袋小路だった。
「……俺としてはなるべく開けた場所に行きたいかな」
「開けた? それじゃあ奴らに狙われない?」
「まぁ、秘策があるんだよ……」
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