第2話「荒廃した世界と彼女」


「……圧巻ね」


「これを圧巻って表現するのはどうかと思うぞ」


 俺のブレザーを包むように羽織った我らが吹雪の姫は腕を組みながらぼそっと呟く。


 俺とて、圧巻だと思わないわけではないがあまりにも不謹慎すぎる。なぜなら、俺たち先ほどまでいた学校には数多の死体が転がっていたからだ。瓦礫に押し潰され、苦しんで、もがいて死んだかのような姿が死後の体にも鮮明に映っている。


 血だらけの腕。


 俺の足元にはぽつんとそれが置かれていた。


「っく……さすがに気分が悪くなるな」


「……供養、してあげましょうか」


「そうだけど……よく、耐えれているな」


「ん? まぁ、そうね……私の親が納棺師だったのよ。それで、何回か現場にいったことがあって、慣れてるというか、ね」


「納棺……って、あぁ、そういうことか……にしても凄いな」


「とりあえず、供養してあげるわよ。そう言うのは後にして」


「はいよ」


 

 そうして、俺たち二人は転がっていた死体をかき集め、グラウンドだった場所を掘り起こし、中に埋めることにした。時計はないが恐らく数時間かかっただろう。


「……とりあえず、どうする?」


「どうするって私に訊かないでよ」


「吹雪の姫様としてはどうしたいのかなと思って」


「……その呼び方やめて、結構嫌いだから」


「そうなのか?」


「えぇ。これだから男は——って思ってたし、姫って言われるほど甘やかされて生きていないわ」


「いや別にお姫様も甘やかされているわけではないだろ……」


「それとこれは別。いいから呼び方やめて」


「……分かったよ」


 さすがの眼光。

 吹雪と言われる意味も分かる。


 とはいえ、訊いた俺も俺だった。

 こんな世界でどうすればいいかなんてわかりもしない、前日までの蒼く澄み切っていたはずの綺麗な空も今ではどす黒い雲に覆われていて、多少の隙間から太陽光が差し込んでいるくらい。


 土埃のせいがそこはチンダル現象を起こして、どこか神秘的にも見える。人は死んで、建物は壊れて、それ以外はよく分からない現状。


 隣には無表情な椎奈雪姫がいるだけ。


 圧倒的に情報量が少なかった。


「それなら、まずは近場を探索して色々情報を集めようか」


「じょうほう……そうね、分かったわ」




 人の死なんていつぶりだろうか。数年前にひいおばあちゃんが寿命で亡くなって、その時に死んだ人ってこんな顔するんだって思ったのが今も鮮烈に覚えている。


 そんな昔の記憶なんて薄れるくらいに酷い景色だ。


 がたがたになった道をボロボロのワイシャツとズボン一つで歩く俺に、数歩前では俺のブレザーを着た吹雪の姫が苦しそうな表情で歩いている。


「ねぇ」


「ん?」


「その、ありがとう」


「え?」


「いや、助けてくれってこと」


「助けた? 俺が?」


「うん。ほら、あの時かばってくれたでしょ」


「……確かにまぁ、庇ったか」


 チラッと視線だけこちらに向けて呟く椎奈。急なお礼に少し気持ち悪くなって、


「今はいいよ」


「いや、だめよ」


「もしかして、また恩が——とか考えてるのか?」


「……」


「何で黙ってるんだよ」


「べ、別に黙ってないし……それに考えてないし」


 明らかに考えていそうだったため、俺は苦笑いで煽る。


「……いいんだよ、恩なんて。それとも、昔こういうのを恩に着せて頼まれたりしたことあるのか?」


「——ない」


「ってことは妄想だな」


「うっさい!!」


 もぉ、と牛のような鳴き声を頬を赤らめながら呟いている。ちょっと虐めすぎたかもしれないが、この光景をずっと見続けていたら気が狂いかねないし、たまにはこういうことをしたっていいだろう。


「だいたい、私はあんまり男の人関わったことなんてないの! パンツのせいでわざわざ話しかけてるだけよ」


「あははっ――あれだな、パンツマンっ‼‼ いや、椎奈は女だからパンツウーマンか!」


「あんた、殺すわよ?」


「おっとこれは失敬。丁寧語が足りなかった! おパンツウーマン!」


「……殺されたいの?」


 さっと駆け寄ると耳元で囁いた。さすがに顔色も形相も悪かったので手を引く。


「んで」


「ちょっと私はまだ話し終わってないんだけど……」


「それはそうとも、ほら、あれ」


「何よ、嘘だったら承知しないわy————って何あれ」


「ありゃあ……ヤバそうだな」


 俺の肩を掴む椎奈、そんな彼女を差し置き、指で真っすぐを示す俺。

 すると、彼女も足を止め、「え」と一言。


 気持ちも分からなくはない。

 

 この瞬間、この時代に生きる俺たちにとってあまりにも予想外過ぎる一手だからだ。知らない生物を前に、できることなど何もない。


 まるで、この世の終わりかのような爆発と共に目の前のカマキリのようなおかしな生物は咆哮をあげたこちらへ近づいてきた。



「ちょちょちょ――っ‼‼」


「やばっ……逃げるぞぉおお‼‼」




 



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