常在戦場
ヘルハウンド
常在戦場
「今日もいるのか」
ドローンが捉えた敵の映像を見ながら、フィルはふとつぶやく。
崖から高感度のドローンを飛ばして、その下にいる陣地に存在している敵を見ると、結局の所そういう感想しか出てこないのだ。
ああ、またか、と。何度繰り返すのだろう、と。
既に自分も、戦に明け暮れること一〇年。常に戦場のある場所へ移動し続け、敵を見つけては味方に知らせ、そして自分もまたその戦列に加わる。
そんな生活が、自分のルーティンだ。
自分はこの時代ではありふれた、戦災孤児、という奴だ。
そんな戦災孤児が生きるために選んだのが戦場だった、ただそれだけのことでしかない。
だからこんな生活は当たり前なのだ。
『α1よりγ3へ。状況を報告せよ』
γ3という自分のコールサインがインカム越しに聞こえた。
「γ3よりα1。敵は相変わらずの強化歩兵と人間の歩兵。強化歩兵の数は二。随伴歩兵が二〇人程いる」
『α1了解。隊を向かわせる。夜明けと同時に奇襲する。何か変化があれば逐次知らせろ』
「γ3了解」
それでインカムからの声も消えた。
α1というコールサインを持つ隊長の指揮は的確で、間違ったことはない。だから信用しているし、不安をいだいたこともない。
しかし、問題は敵に強化歩兵がいることにある。
強化歩兵とはこの時代の戦争で必需品に近いアンドロイドだ。命令を忠実に実行し、敵となるものを殲滅する。
単純な思考、それ故に強い、そんな当たり前の兵器だ。
それに、人間に比べれば耐久力も優れている。何しろ全身鋼鉄製だからだ。
更に言うなら、アンドロイドだから疲れを知らない、恐怖心もない。
だから無茶苦茶な命令だろうがいくらでもこなすのだ。
だが、自分にそれに対する恐れはない。
フィルにとって唯一の恐れは、死んだら戦場という最高の働き場所で、もう駆けられなくなることだけだ。
偵察の様子を都度知らせながら、時間が経つのを待つと、夜明けの時刻に近づいていた。
時計を見て、そろそろ陽が出てくる頃合いだと、フィルは淡々と思った。
『α1よりγ3。突撃まであと一分。偵察はこれ以上無用と判断。ドローンを回収した後γ1へ合流せよ』
「γ3了解。ポイントを移動する」
そう言った後、フィルは飛んでいたドローンを自分の方へ誘導し、回収ボックスの中にドローンをしまった。
その後は回収ボックスと銃を持って、そのまま崖から飛んだ。
後は崖を滑り落ちていく。崖の感触が、足底に響くが、まるで痛みを感じない。
これもまた、いつものことだ。
そんなことをやり終えた場所に、γ1というコールサインを持った小隊長がいる。
自分の部隊は、全員がガスマスクで装面している。それはα1だろうが変わりない。
思えば、この部隊の隊員の本来の顔を見たことがない。声も、いつも面をしているから曇った声のままだ。それは目の前にいるγ1だろうと変わりはない。
だが、知ったことではないし、知ろうとも思わない。
知ったら知ったで、友軍が死んだとしたら、その友軍の顔が嫌でも思い浮かんでしまう。
だから知らないに越したことはないのだ。
そんなセンチメンタルな感情など、戦場には邪魔になるだけでしかない。
「γ3、偵察ご苦労。早速仕事だ」
γ1が目配せをして、小声で言った。
「了解」
フィルは言ってから、肩に構えていた重機関銃を両手に持った。
大きさも重さも、さほど感じない。
長年かけて、自分の体にこの銃そのものを慣れさせた。もはやこれは体の一部である。
だから大きくも感じないし、重いとも思わない。
突撃の時間が来たことを、時計が知らせた。
それと同時にスモークが数発、敵陣に投げ込まれる。
敵陣が煙に包まれるが、自分達は敵の居場所がわかる。
自分達のしている面にはサーモスタッドが取り付けられているため、熱源で相手が何処にいるのか、分かるのだ。
それを感知してか、スナイパーが三人ほど仕留めた段階で、突撃の指示がα1より下った。
一気に駆けた。
敵の歩兵は撃ってこない。ただ、右往左往している。
それに対して狙いを定めて、撃つ。
一人、また一人と、自分達の放つ銃弾に倒れ、歩兵の頭が消し飛んでいく。
それもそうだ。なにせ自分達は全員重機関銃保持者だ。いくら防御を固めても、人間の頭などすぐさま『破壊』出来る。
銃声が相手陣地から響いたのは、相手の歩兵の数が残り五人になった時だった。
自分の隣りにいたγ4の胴体が、木っ端微塵に砕かれた。
同時にγ1から散開の指示が出て、フィルは近場にあった塹壕に身を隠す。
その瞬間に、自分の頭の上を銃弾が飛んでいく。
隠れるのが遅れた自分の小隊の仲間が一人、見事にバラバラになっていた。
ああ、こいつも戦場をもう駆けられないんだと、フィルは思うだけだった。
『α1より各小隊、状況を報告』
隊長からの声だ。隊長の声は、相変わらず淡白で落ち着いている。
銃声は止まらないが、インカム越しに隊長の冷静な声が聞こえて、少しだけホッとした自分がいた。
ああ、自分はまだ戦場にいられるのだ、と。
『β1よりα1へ。β小隊、負傷者一。それ以外損耗なし』
『γ1よりα1。γ小隊、二名食われたがそれ以外の損耗なし』
『α1了解。敵強化歩兵の処理を最優先事項に認定する。恐れることなく、躊躇なく、殺せ』
そうα1に言われた瞬間に、何か、フィルの中でスイッチが入った気がした。
そうだ、恐れることなどなにもないのだ。
持っていた重機関銃の弾数を確認する。
残弾はまだ十分にある。ならば、殺せる。
相手がどれだけの武装をしていようが、生き残れば勝ちなのだ。
『全軍、突撃』
α1より号令が掛かった瞬間、部隊員全員が塹壕から身を乗り出して、敵に向かって駆けていた。
走りながら重機関銃の照準を、敵の強化歩兵に合わせる。
相手より早くに撃つ。それ以外に勝つ見込みなど、戦場ではありはしない。
トリガーを、引いた。
反動と重低音。それが自分に一気に襲いかかってくる。
何発か、甲高い音が鳴ると同時に、敵の強化歩兵に銃弾が当たって、敵の強化歩兵の装甲が、徐々に剥がれていく。
『γ3、狙われている。一〇時の方向』
α1の声。
言われた瞬間に、ハッとした。
自分に、また違う敵の強化歩兵から、銃口が向けられていた。
すぐさま、先程まで銃撃していた強化歩兵への銃撃をやめ、機関銃を敵に向けた。
しかし、相手の方が早い。
このままでは、自分はやられる。
そう思った時、後ろに背負っていたドローンのパッケージを、敵の強化歩兵に向かって投げた。
パッケージが宙を舞う。
瞬間、相手の強化歩兵の銃口が、そのパッケージに向いた。
その瞬間を、待っていた。
強化歩兵の最優先ターゲットは『味方のマーカーの一切ついてない動的物体』だ。
ならば、自分の担いでいるドローンを投げれば、自然とそちらの方にターゲットが向く。
その一瞬があればいい。
すぐさま、フィルは重機関銃のトリガーを引いていた。
空薬莢の落ちる甲高い音が、少しだけ自分の耳に響いた。
強化歩兵の装甲が剥がれていく。
後は無力化するだけ。
そう思った直後、敵の強化歩兵の銃口が、こちらを向いた。
撃ってきた。
ステップを踏んで避けた瞬間、自分の面の側面に、銃弾があたった。
甲高い音。同時に、自分の面が剥がれる。
その直後、急に、戦場が静かになった。
一発の銃声も聞こえない。
自分に対峙していた強化歩兵も、銃口を下に向けた。
一方で、残っていた人間の歩兵が、自分に対して恐怖の目を向けていた。
明らかに怯えている。
何故急に止んだ。何故敵は怯える。
何故。何故。何故。
「コード確認。敵と見なしていた相手の歩兵、コードγ3型強化歩兵、個体名『フィル』と認める」
自分を見ながら、敵だった強化歩兵が言う。
何故、自分を見て強化歩兵だと言うのだ。
自分は、人間で戦災孤児だったはずで……。
直後、周囲の味方も、面を取った。
愕然とした。
みんな、同じ顔をしていた。
鋼鉄製の、骸骨じみた顔。
強化歩兵の、それだった。
敵も味方も、みんな、同じ顔だ。
どういうことなのか、分からない。
「コードエネミー2よりアグレッサー部隊へ報告。個体名『フィル』、既に教育課程終了していると認識する」
敵『だった』強化歩兵が、持っていた銃を地面に落として、淡々と言った。
「γ1より、個体名『フィル』の評価。今までの戦果、及びその戦術の柔軟性に問題なしと認識する」
「α1了解。α1よりの評価。個体名『フィル』。柔軟性、戦闘能力、判断力、及び戦闘に対する理解認識力、全てにおいて問題なしと認識。今までの記憶操作に対する認識は……」
機械的な声が、今までそれぞれの隊の隊長『だった』強化歩兵から聞こえてくる。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。
自分が強化歩兵? そして、記憶操作?
じゃあ自分の今までは嘘だったのだろうか。
否、と、フィルの中で何かが告げた。
あれ? 自分はなんだっけ?
人間? あれ? いや、違うな。
そもそも、なんで重機関銃平然と持てるんだ? 高台から飛び降りて平気なんだ? 飯どうやって食っていた? 補給どうやっていた?
第一、自分の顔って、何だっけ?
そう思う内に、段々と、自分の中で嘘だという感情が消えていく。
自分は、疑問に思ったことが、何一つないのだ。
戦場の中で駆け巡る、ただの歩兵。
それが強化歩兵だと認識されたからとて、だからなんだという気がしてくる。
そう感じた時、怯えていた数人の、人間の歩兵に目がいった。
ああ、そうだ。あいつらは敵だった。
思ったと同時に、重機関銃を片手で撃っていた。
いとも簡単に、人間たちがミンチになっていく。
血と粉砕された肉だらけになった大地を見て、自分はここにいるのだと、フィルは納得した。
戦場の中が、自分の生きる場所なのだ、と。
「γ3型強化歩兵、個体名『フィル』、人間の『駆除』を完了した。これより引き続き、強化歩兵としての任務をまっとうする」
自分の口から、機械的な声がする。
だが、驚きも何もない。
人間ではないと分かっただけで、もう十分だと感じた。
自分は歩兵。それも強化歩兵。ただひたすらに、敵となるものを撃ち殺す存在なのだ。
まだ戦場を駆けることができる。それだけで十分だ。
疑問は、なにもない。
「個体名『フィル』より、α1へ。次の戦場は、何処だ?」
(了)
常在戦場 ヘルハウンド @hellhound
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