第二十五章 銃の騎士

 弾がまるで意思を持つかのように縦横無尽に跳ね回る。


 嵐のような銃撃というよりも、実際に “嵐” がそこにあった。ただし吹いているのは風ではなく、銃火だが。


 全身を貫かれた亡騎ナキはよろめいたかと思うと、霞のように消えてしまった。倒されたというより撤退した感じだ。


「今のなんだったのよ」

「ほら、この前話したら。城門前で会ったやつのこと」


 この世界で銃火器を持つ者は少ないはずだ。『万召サモン』を持つ真耶ですら、この世界に持ち込んむリスクを危惧して安易には使っていないのに。


「勘だけは鈍っていないようでなによりさ」

「! やっぱりお前か」


 ふわっと中庭に降り立ったのは、やはり以前会った銃を持つ…、呼び名は銃騎クーゲルリッターだったか、例の女性の騎士だった。


「あぁ、また会ったね。にしても…なんとも情けない戦い方じゃないか。どうして剣で挑んだんだい?」

「他の手段がないからな。今の俺には、格闘技か剣技しかないんだ」

「はぁん…? やっぱあのローブ女が言う通り弱くなってんだな…いや別人って話だったかい?」


 ローブ女? 『管理者』のことか。いやだとすれば、まさかこの女騎士も別世界の?


「ま、お前さんの事は今はいいや。それより…」

「なによ。アタシの顔になんか付いてる?」

「おうともさ。お前さんには言いたい事がごまんとあるが」


 陽子に話しかけながら、女騎士が兜の顔の部分、面甲をカチャッと跳ね上げた。


 鎧の下にあったのは、遥か天まで透き通る蒼穹を想わせるほどに輝く青の瞳。リエスや王さま以上に完成されたあおだ。


 顔立ち的に歳は俺や陽子よりも少し上だろうか。


 そんな彼女が、陽子に言い放った。


「決闘だ。オレに負けたら、その人の側から消えてもらう」


 なっ。


「……ふざけてんの?」

「いたって真面目さオレは。その人の腕を、中途半端な気持ちで鈍らせんなってんだよ」


 女騎士はその手に持った拳銃をゆったりと陽子に向け、動きの緩慢さとは裏腹に鋭い視線で本気であることを示した。


「待てって。どうして俺たちが戦わないといけないんだよ」

「仕えるべき主には相応しい従者が必要だろ? ならばその女剣士は相応しくないってだけさ」

「はっ。喧嘩なら買うわよ」

「陽子も落ち着けって…!」


 ジャリっと、中庭の砂利が踏みしめられる。それぞれが引き金と柄に指をかけ、一触即発の雰囲気だ。


「落ち着くのですマリア。陽子さんも、剣を抜かないようにお願いするのです」


 漂う緊迫感を破ったのはリエスだった。毅然とした態度で間に割って入り、二人を制した。


 なんだかんだ肝が座っているお姫様だ。


「遺恨やすれ違いがあっては、今後の戦いにも支障がでます。ゆえにこの場はわたくしに預けて欲しいのです。日を改めて場を設けさせてもらうのですよ」

「リエスも待ってくれよ。そもそも二人が戦う必要なんて…」

「いえ、コイツとは白黒付けておかなきゃいけないわ。やらせてちょうだい」


 陽子までどうしたっていうんだ。詳細は不明だがなにかが逆鱗に触れたらしく、とんでもなく剣呑な目つきをしている。


「そうそう、自己紹介がまだだった。オレの名前はマリア。マリア・ストラティアっていうんだ。よろしく頼むわ」

「あ、あぁ。俺は遠岸蓮。とりあえず…よろしくな、マリア」

「おう!」


 マリアが、別人かと疑うレベルでにこやかな笑顔を向けてくる。


 どうして俺にはこんな友好的な態度なんだ、こいつ。


「皆、ご苦労様でした。今夜はもうお休みになってはどうでしょう」

「王様のお言葉に甘えさせてもらいます。兄さん、陽子お姉ちゃん。今夜は宿に戻りましょう」


 確かに色々聞かされたりして疲れたしな…そうするか。


「決闘の日取りはまた決まり次第、お知らせするのです。今日は色々と申し訳なかったのですよ」

「リエスが謝ることじゃないだろ。まずは亡騎の件を解決しないとな」

「ありがとうございます。それではまたなのです」


 というわけで俺たち三人は王城を後にして宿に帰った。怒涛の一日だったが収穫はあったと思いたい。


 黒幕を捕まえて、終骸ネフィニスの種を回収、もしくは破壊しないといけない。『管理者』に話も聞かないといけないだろう。


「やることが山積みだな…」

「でも、アタシたちならなんとかなる。でしょ?」


 宿に戻ってから、灯りの消えた部屋で一人物思いに耽っていると、先に真耶と寝ていたはずの陽子が独り言に答えた。


「悪い、起こしちゃったか」

「ううん。眠れなかったから別に」

「…マリアとの決闘が気になる?」

「そうね。大丈夫、勝つから」

「いや心配してるのはそこじゃないというか…」


 なんであんなに強く反応したのか。別に因縁をつけられたって無視すればいいだけだろうに。


「…剣士のプライドってのもあるけど。一番は、アンタの横にいる資格がないって言われたことよ」

「なんだそんなことか」

「そんなことって、アンタ…!」

「気にするなよ。俺が一緒に戦いたいって考えてて、陽子もそうしたいっていうなら、誰にもそれを咎める権利なんてないだろ」


 仮に、マリアが予感通り並行世界での知り合いだとしても、今は関係ない。ここにいるのは地球から迷い込んだ平凡な遠岸蓮なのだから。


「そろそろ寝ようぜ。明日は観光するんだろ?」

「…そうね。そうする」

「うん。おやすみ、陽子」


 俺も相当疲れてたらしく、横になるとすぐに意識が深い眠りに落ちていく………。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「……バカ」


 ベッドで横なるなり寝息を立て始めた蓮を見つめつつ、陽子はため息を一つ吐いた。


 蓮はわかっていない、このやりどころのない気持ちを。


 あのマリアとかいう女は、アタシを従者呼ばわりした。


 違う。アタシは憧れからじゃなく、蓮と肩を並べるために戦うと誓った。だから、そのための力があると示さなければならない。


 一度記憶を失ったからこそ、今ははっきりとわかる。自分は蓮と共に在りたいのだ。


「そうじゃないと…。前に踏み出した意味がないもの」


 陽子の誰に向けたかもわからない心情の吐露は、夜の冷えた空気に溶け込んで消えていった。

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