第十七章 支配者の正体

 ピチャンと、冷たい感触に目が覚める。


「っつ、ここは…。確か変な屋敷に入って、人形が…。その後足元の落とし穴に落ちたんだっけか」


 痛む体をさすりながら立ち上がる。落ちたのは暗い地下道のような場所だった。一緒にいたはずの陽子がどこにもいない。真耶に続いて陽子まで。敵はよっぽど俺を孤立させたいらしい。


「くそっ…。さっさとドミナスを見つけてぶっ飛ばす。そうすりゃ、こんなわけのわからん状況も解決できるだろ」

「勇ましいことだな、少年。君のその原動力はどこから出てくるのか実に興味深い」

「ドミナス……。真耶と陽子をどこにやったんだ!」


 探す手間が省けたと、地下の暗闇の奥から姿を見せたドミナスを睨みつける。


「そんな顔をするな。吾輩は君の能力を強く買っていると言ったろう。どうだ、吾輩の右腕として雇われないか?」

「馬鹿言うな。答えろよ、あの霧を生み出したのはお前のスキルなのか? それに街を治めている割に、終骸が現れた時もそれに対してのアクションがなかった。街の危機だったのにだ。お前、ただの街の領主とかじゃないだろ」

「やれやれ。勘はともかく、君の眼も衰えたものだな。吾輩の…いや俺の正体も見抜けていないのか。これは傑作の極みだ!」

「なんだと…?」


 ドミナスがくつくつと乾いた笑いを堪えながら、能面のような表情を濃く形作る。口調がまるで別人のように変わっていく。


 正体に心当たりなんてあるわけない。この世界イグニアに来たのはついこの間のことで、たまたま訪れた街の人間のことなんて知ってるはずがないのだから。


「いやはや。そんなことはもう些事に過ぎない。今から俺の駒となる君には関係のないことだった」

「ふざけろ。誰が誰の駒になるって?」


 スキルによって『剣』を具現化して警戒する。使う毎に別世界の自分を理解して、手に馴染んできた。充分戦える。


「くくく。君のなまくらでは俺は斬れないぞ、"無刃の落ちこぼれ"」

「なに…? どうしてその呼び名を…おまえが知ってるんだよ!」

「それは当然だとも。まぁ、答える義理はなし。そろそろ仕上げといこうか」


 ドミナスが纏っていた衣装を脱ぎ捨てると、急にヤツを見据えていた俺の視界にノイズが走った。痛みはない。が、脳天を揺らされたような不快感を覚えた。


 なんだ…。俺の中で誰かが、目の前の敵の危険性を訴えている。今すぐ逃げろと。今は敵わないと。なんなんだ。


「そこをどきなさい! 蓮!」

「陽子!?」


 反射的に後ろに下がった俺と入れ替わるようにして、抜剣した陽子がどこからか突っ込んできた。燃え盛る刃がドミナスの胸元に吸い込まれるように突き込まれたが、不可視の何かに弾かれた。


「くっ、やっぱりダメね」

「おやおや。危ないじゃないか、"咲かずの姫君"」

「その呼び方はやめて! なんでアンタがこの世界に……いえ、どうして生きてるのよ!」


 口振りからして陽子はヤツのことを知っているのか? なにが起きているのか全くわからない。


「アンタが知ってるはずもないわよね。アイツは、………桐立継きりたちけい。元いた世界でアタシの兄貴だった男よ」


 は? 陽子の兄貴…?


「あはははははは! よく気づいたね愚妹! そうとも、そうだともさ。また会えて嬉しいよ本当にねえ! はっ、狂い裂けよ『双鳥頭アクニトゥム』!!」


 狂った哄笑に顔を引き攣らせながら、ドミナスが無手を指揮者のように走らせる。床が隆起し、亀裂から無数の細かい刃が噴き出した。


 あらゆる触れる物体を細切れにしながら荒れ狂う凶刃を迎え撃ったのは、陽子の剣だった。鞘から迸った紅蓮の炎が盾のように弧を描いて刃を受け止める。


「桐立流剣技・蝉乱さみだれッ」


 そこから連続の刺突を放った陽子を一瞥すると、ドミナスはまるで動じずに再び手を振った。焼き払われたはずの細かい刃がまたもや炸裂し、行く手を阻む。しかも今度は鎖のように陽子の剣に巻き付き、身動きを取れなくさせた。


「相変わらず弱いねえ、陽子。なにも成長していないじゃあないか。一族の面汚しが」

「うるさい! そんなことより答えなさいよ、アンタはなぜここにいるの!」

「君たちに殺された後、死ぬ間際に主のお告げを受けたのさ。俺が支配するにふさわしい新天地に導こう、ってね。それがこの世界、何もない真っさらな大地〈イグニア〉だ。ここで俺は今度こそ全てを手中に収める! 金も名声も権力もだ!」


 二人の話についていけないながらも、大体の関係性はわかった。陽子は自らを落ちこぼれと評価していた。おそらくそれは家の人間から押された烙印だったのだろう。その最たる人物があの兄貴、けいだったわけか。


 というか細かい事情はどうでもいい。一つだけ絶対に許せないことがある。


「兄貴だってんなら……妹を守ってやれよ!!」


 一足飛びにドミナスの懐に入り、振りかぶった『剣』を叩き込んだ。手応えがない。俺の一撃も刃の鎖に絡め取られている。くそ、引きちぎれない…!


「ああ、そうかい…。今回も "また"、そう言うのだね君は! 本当に腹の立つ男だよ、遠岸レンンンンンン!!!」

「悪いけど別人だ!」


 俺の『剣』は実態を持たない。ゆえにスキルを一度キャンセルして鎖の拘束を抜けた上で、再度召喚してから斬撃を叩き込んだ。


 刃で造られた防御の上から全腕力で強引に吹き飛ばす。


 ダメージを受けた様子もなくドミナスは受け身をとって、余裕の笑みを崩さない。飛び回る細かい刃を束ねて双剣を生み出すと、左右に大きく揺れる足運びで襲いかかってきた。

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