第十八章 理念
剣と剣、鋼がこすれ合う歪な音が断続的に響く。
展開は一方的だった。絶え間なく攻め立ててくるドミナスの双剣を受け止めるだけで精一杯だ。強い。剣術を齧っただけの俺の技量を遥かに超えている。足運びも、腕の振り方も、威力も…!
「未熟な剣士と、剣士ですらない落ちこぼれ! 敵うはずがないだろう、全てを統べるべく天賦の才を頂くこの俺に!!」
「どんだけ大層なもんか知らないけどな…。負けられないんだよ、お前みたいなやつに!」
既に何度打ち砕かれただろう。どれだけ『剣』を呼び出しても、盾程度の役割しか果たせない。技が繋がらずに思うように動けないまま、押され始めている。
「落ち着きなさい、蓮。それじゃアイツの思うつぼよ」
「けど、このままじゃ…」
「剣筋はわかってる。一旦仕切り直して、準備を整えるわよ。スリーカウントでアタシに合わせて」
「OK、わかった」
「死に方の相談は終わったかな?」
違うと否定する暇もない怒涛の連撃。だが、陽子には確かにその剣筋の "切れ目" が見えているらしい。流れるように俺とドミナスの間に割って入り、愛剣で弧を描いた。
爆炎の幕が降りて、勢いのままに地面を切り裂く。生まれた穴は隠れていた更なる地下通路に繋がっているようで、下に飛び降りた陽子に続く。
かなりの高さを落ちた後、地下水道のような場所に出た。服ごと水に濡れてしまって気持ち悪いがこの際だ、背に腹は変えられない。
「どんだけ広いんだよ、ここ……」
「こういういかにもな屋敷は、あの兄貴の十八番なのよ。ったく、ホントに最悪だわ。こんなところで再会するなんて…」
「なぁ。向こうの俺は、陽子と一緒にあいつも戦ったんだよな? 覗いた記憶の感じだと勝ったんだろうけど」
陽子は、俺の問いにバツの悪そうな顔でそっぽを巻いた。ん? なんだこの反応。
「あの頃のアタシ一人じゃ…兄貴には勝てなかった。レンがいなかったら、多分殺されていたわ」
「いや実の兄妹だろ。なんでそれが殺す殺されなんてことになるんだよ」
「アタシの未熟な腕じゃ、家のために戦うことはできなかった。だから兄貴は家からも、学園からも追放しようとしたのよ。……それをかばってくれたのが、向こうのアンタよ」
最初は、教師は生徒を守らないとなんて、ありきたりな義侠心からだったのだろう。しかし、その戦い以降、多くの難敵を打ち破った。そして互いを信じあう関係となり、世界の危機に立ち向かうに至ったらしい。
「でもずっと心のどこかで考えてたわ。アタシは足手まといなんじゃないかって。レンは、“無刃” なんじゃない。彼の剣はもっと自由で、圧倒的で、尽きることのない…。アタシの憧れだったのよ」
「…そうか」
きっと、彼女の愛情は本物だったのだろう。けど、きっと向こうの俺は気づいていたはずだ。それは家族愛のようなもので、恋愛のような淡いものではないと。それゆえに、俺は強固な繋がりを持つパートナーとしたのだ。
同じ自分のことだから、それがわかる。
世界が違ったとしても、“家族” を守る、それが俺の行動理念なのだ。
「あー、やめやめ。湿っぽい場所で湿っぽい話なんてしてたらダメね。さぁ、ここを出てクソ兄貴をぶっ飛ばしに行くわよ」
「でもどうするんだよ。ドミナスの剣は破壊するのも難しいし、あいつ本人に辿りつくころにはズタズタだ」
「大丈夫よ。秘策があるもの! まぁ、元はレンが考えた作戦なんだけどね。アイツの技には弱点が――――」
突然。
眼前の壁が爆発した。否、刃の嵐に食い破られた。
「愚かな妹だ。早々に逃げればいいものを」
「兄貴…!」
舞い散る破片の中、ドミナスが悠々と歩んでくる。
「ドミナス。もう一度訊く。どうして、妹を守ってやらない。戦う力がないと思うなら、教え導けばいいだろ。それをせずに排除しようとするなんて、どういう了見なんだよ」
可能性を見捨てて、生まれついての強さのみを取る。それは合理的な選択かもしれない。だが、俺は断じて許容できない。
「ほんっとうに独善的だなあ、君は。虫唾が奔る。いいかい、弱者に選ぶ権利など許されないのだよ! 存在するだけで悪! なればこそ、この俺が裁こうというのだ。もっとも、かつての戦いで学んだよ。弱者に対して、余裕を見せることは時には愚かな行為だとねえ!!」
ドミナスの全身からどす黒い瘴気があふれ出す。この気配…、街に来る前に戦った盗賊が持っていた魔物と同じか。迸る黒い霧が彼の体を包み、禍々しい闇を放つ鎧へと変貌した。
「なにそれ…!? 前に戦った時はそんな甲冑…、それにアタシたちの世界にはなかったはずよ…!」
「だから愚かだというのだ! 終わりを経験したのは貴様だけじゃないのだよッ。
ドミナスの下に闇が集う。
「絶望しろ、不完全な者ども。ラッキーは二度とない。今度こそここで完全に終わっていきたまえ」
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