その名はオブリビオン(後編) 3
レイが呪文を唱える。
明かりが点くとそこはワンルーム住宅でした。
小さなお部屋の中に家具や生活家電全てが完備。
普段大きなお屋敷に住んでいるカレンにとっては新鮮な光景です。
さらに壁が透けていて、外側にはお魚が泳いでいます。
まるで秘密基地みたい……なんて事を思いながらキョトンとしていると。
「不思議でしょう? ここは亜空間なの」
レイが得意げに言いました。
「あくうかん……?」
カレンは首を傾げます。
「あ、そうか。私達は魔法でかくれんぼをしているんだよ」
「鬼はだあれ?」
そう尋ねられたレイは複雑そうな顔をして。
「ごめんね。私はそこまで聞いてないの。でも、必ずおうちの人に合わせてあげる」
再び手帳を開くと今度はペンを手に取り、テーブルに幾何学模様を描きます。
「これでよし。カレンちゃんは今誰に会いたい?」
「…………」
黙って俯くカレン。
「ん? どうしたの?」
すると。
「うわああああああん!!」
カレンが泣き出してしまったのです。
それは果たして唐突に起きた事なのか……?
いいえ、きっとカレンはずーっと我慢していたのでしょう。
訳も分からない内に悪い人に誘拐されて……。
そして今は正体も分からない初対面の相手と一緒にいる。
今誰に会いたいか……?
そんなの決まっている。
両親や家族だ。
そんな野暮な事を聞くべきではなかった。
改めてその心中を察したレイは、思わず自身の額に手を当てます。
嗚呼、やってしまった……と。
すると。
レイが持つ手帳のページが勝手にめくれ始めます。
パラパラと数十のページがめくれると、記された文字が光ります。
それと呼応するようにテーブルの幾何学模様も光ります。
これは誰かと連絡を取り合える魔法陣。
どうやらそれが起動して、
「まさか手帳が想いを汲み取ったのか……? ミクリ……確か従業員リストに名があったな。とにかく話してみるか」
レイは咳ばらいをすると、魔法陣に向かって言葉を投げます。
「カレンさんを保護している。芦ノ湖で待つ。送信!」
すぐに魔法陣から音声が届きました。
「ダメだ! お前が相模湖まで来い!」
…………は?
レイは耳を疑いました。
このミクリって奴は何を言っているんだ?
この子は誘拐されたんだぞ。
迎えに来るのが筋なんじゃないのか?
こっちは
身を隠すだけで精いっぱいだ。
「相模湖だと!? 何故そんな所にいる!? こちらは分け合って動けない。そちらから迎えに来て欲しい。送信!」
「はあ!? お前を信じる道理がどこにあるんだ! 罠かもしれん! まずは電話して来い非常識野郎!」
「貴方にだけは非常識と言われたくない! こちらはカレンさんを引き渡す気がある。とにかく来て欲しい。送信!」
「論点をずらすな! 私は電話して来いと言っている」
「論点をずらしているのは貴方の方だ。私は最初からカレンさんを引き渡すから来て欲しいという事しか言っていない送――」
するとレイの送信と被るようにカレンが。
「うわあああん! も~! つべこべ言ってないで早くおむかえに来てよ~!!」
と、喚いたので。
「送信……」
レイはそう付け足しました。
「うわああああん! ミクリのバカああぁぁあああ!!」
これは送信すべきだろうか……?
レイが悩んでいると。
「お世話になっております。この度は大変申し訳ございません。すぐにお迎えに上がります。30分程お待ちください。ミクリ」
間も無くそう返事が届いたのです。
「良かったねカレンちゃん。ミクリ迎えに来るって。……しかし相模湖から30分でここまで来れるって凄いな」
◇ ◇ ◇
しばらく待っていると。
メイド服を着た少女がキョロキョロと辺りを見渡しながら近づいて来るのが見えました。
亜空間の中からは周囲のリアルタイム映像が見れるのです。
「もしかしてこの人がミクリ?」
「あ! アズサだ! アズサはうちのおそうじの係」
「アズサ……。確かに彼女も授業員リストの中に名があったな……。でもミクリではなく、何故彼女がここに……?」
アズサは何か声を発しているようで、それに耳を傾けると。
「カレンお嬢様ー! お迎えに来ましたよー! お嬢様ー!!」
明らかにカレンを探しています。
「おむかえに来てくれたんだ!」
飛び跳ねて喜ぶカレン。
レイは黙ったまま今の時間を確認します。
ミクリが迎えに来ると言ってから24分経過している……。
ミクリが言う30分で迎えに行くというのは……このアズサという人物を代理で向かわせるという意味だったのか……?
確かに辻褄は合う。
24分と30分は誤差の範囲とも言える。
レイは少し違和感を覚えましたが……カレンの嬉しそうな表情を見ると。
やはり考えすぎかもしれないな……。
そう結論したのです。
亜空間から外へ出た二人。
アズサはすぐに気づいたようで駆け寄って来ます。
「お嬢様!」
「アズサ~!」
「カレンお嬢様、お怪我はありませんか?」
「うん! だいじょうぶ!」
「本当に良かった!」
カレンを抱っこすると、レイに向かって頭を下げます。
「お嬢様を保護して頂いて、何とお礼をしたら良いか」
「あ、いえ、私は別に……」
こういう時、何て言えば良いのか……?
レイは返答に困っている素振りを見せます。
まだ小さな子供がまた家族に会う事ができた。
そう思うと何だか感慨にふけってしまいます。
「良かったね。カレンちゃん」
すると。
「……に」
アズサがボソッと何かを呟きました。
「あのう、どうかしました……?」
レイが尋ねると。
「本当に……てめぇには礼をしてもしてもし足りねぇなあ!!」
ドスッッッ!!
「……え?」
腹部に衝撃が走る。
寒気がする。
手を当てると、付着したのは大量の血液。
目視する。
なんと自身の腹部に包丁が刺さっているのです。
「うわあぁぁあああ!!」
驚愕と激痛から大声を発して叫ぶレイ。
間も無く意識を失い倒れ伏します。
「きゃあああああ!!」
見ていたカレンが悲鳴を上げます。
「うるせえなあ! ガキは黙ってろよ! プレス!」
「うぐっ!!」
カレンはみぞおちに強烈な圧を掛けられ気を失いました。
「ったく、手こずらせやがって……」
そう言いながら振り向くと……。
「アズサ……? 貴方ここで一体何を……?」
少し離れた先に、こちらを見つめるミクリの姿があったのです。
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