メイド長への手紙 5
さて、当時のサーヤはとても多忙な学生生活を送っていました。
剣道、柔道にバレーボール、ソフトボール、それからサッカー、テニス、水泳と……。
いくつもの部活動を掛け持ちしていて……。
試合の度に妹のクノンは応援に行きました。
どんな場面でも活躍し続ける姉の存在は、クノンにとって憧れであり誇りそのものだったのです。
それでいて、まだ高等部の一年生だったサーヤ。
当然、上級生から目を付けられる訳で……。
「おい! ミカミ サーヤ! てめえ最近生意気なんだよ! ああ?」
なんて絡まれる始末。
そんな時は――。
「あら、貴方達は確か2年生のスズキさん、タナカさん、サトウさん、ごきげんよう」
「っるせーな! スカしてんじゃねーぞ! てめえ生意気だっつてんだよ!」
サーヤは冷静な面持ちで少し考えると……。
「あ、そうだ! スズキさん、確か貴方は男子サッカー部の副部長さんに好意を寄せていましたよね?」
「な!? て、てめえ、何故それを……!?」
「宜しければ私が仲立ち致しますが如何でしょう?」
顔を真っ赤にしてモジモジするスズキ。
「それからタナカさん?」
「な、なんだよ!」
「貴方は密かに漫画を描く趣味がおありですよね?」
「え!? 何で!? 誰にも言ってないのに!?」
「あくまで私の感想ですが、貴方の作品はどれもとても面白いと思います。趣味に留めておくのはもったいないですよ!」
「え!? 本当に!? じ、実はいま新作を考えていて、今度相談してもいい?」
「もちろんです」
「なんだよ~、お前って良いヤツだったんだな」
笑顔を見せるタナカ。
「最後にサトウさん?」
「お、おう……」
何を言われるのかと緊張の面持ちでごくりと唾を飲み込むサトウ。
「貴方は……特に悩みが無いみたいですね。今後何かありましたら私にお手伝いさせて下さい」
「お、おう……。っておい! これじゃあ私が能天気なバカ女みたいじゃねーか!」
怒りをみせるサトウ。
「「まあ、まあ、まあ、落ち着けって」」
他の二人が押さえます。
「こいつ意外と良い奴みたいだしさ、ここは大目にみてやろうぜ! な?」
「仕方ねえな」
上級生はご機嫌に去っていきます。
当時から読心術と人心掌握の能力は健在だったようですね。
上級生を見送るサーヤ。
そこへ……。
「見てたわよ、サーヤ」
背後から声を掛ける人物がいました。
すらっとした十頭身、整った顔立ちに長い髪をなびかせて……。
気品あふれる女子学生が現れます。
彼女は上級生のアリスガワ アキ。
そう……のちにカグラザカ家の奥様となる人物です。
「あら、ごきげんようお姉様」
「ごきげんよう。で? 貴方、また
アキは溜息を吐きます。
「あの場はああ言うしか対処の方法がなかったのです」
「よく言うわね。貴方だったら弱みを握って黙らせる事だって出来たでしょう?」
「それは……」
図星を突かれたサーヤは言葉が詰まってしまいます。
現に先ほど絡んできた上級生達……。
スズキは窃盗の常習犯。
タナカは引きこもりの兄や酒浸りで暴力をふるう父親のせいで家庭崩壊寸前と……。
人の
読心術が得意なサーヤには文字通り全ての粗が筒抜けなので……。
本気になれば彼女達を社会的に抹殺するなど
因みにサトウに至っては可も無く不可も無く、目立ったものが一切無かったので……。
そもそもサーヤの相手にすらならないでしょう。
それでもサーヤが自身の能力を喧嘩の道具に使わないのは妹の存在が大きく関係しています。
どんなに辛いことがあっても、クノンの無垢な笑顔を見ると嫌だった事が全てどうでもよくなってしまうのです。
アキは再び溜息を一つ。
「まあでもそれが貴方の魅力ってことかしらね」
アキは読心術こそ使えませんが、サーヤの考えている事なんてすぐに分かります。
なにせ二人は
「あははは……」
見透かされてしまったようで、思わず愛想笑いをするサーヤ。
「でも、そんな生活を続けているといつか身を亡ぼすわよ。困った事があったらちゃんと私に相談しなさいよ」
アキは背中越しに手を振りながら去っていきます。
「ありがとうございます」
自身の教室へ戻ろうと反対側へ歩いていきます。
……が。
あ、あれ? なんか目が霞むな。
唐突に視界がぼやけ始めます。
そして……。
バタッ!!
床に倒れ伏してしまいます。
思わず振り返るアキ。
「ちょっと、サーヤ!? もう! 言ってるそばから!」
予想通りの出来事に呆れながらも駆け寄るのでした。
◇ ◇ ◇
目が覚めたサーヤ。
クノンが心配そうに覗き込んでいました。
「あ、あれ? 私……」
「おはようサーヤ。……いえ、もう夕方だから
アキの姿もありました。
「お姉様……」
「過労ですって。案の定よ! まったく貴方って子は……いえ、今はクノンちゃんもいることだしこれ以上言うのはやめておきましょう」
「ご心配おかけしてごめんなさい……」
サーヤが寝ていたのは保健室のベッドでした。
どうやら気を利かせたアキがクノンを連れてきたようです。
「お姉ちゃんだいじょうぶ?」
「ありがとうクノン。もう大丈夫だよ」
「よかった! あ、そうだ! わたしも魔法……? 覚えたんだよ! じゃあ手を出してね」
サーヤは言われた通りに両手を出します。
するとクノンは肩掛けしている子供用バッグからハンカチを取り出します。
そのハンカチは今日たくさん使ったのか、しわくちゃ状態でしたが……クノンの無垢な笑顔に思わずどうでもよくなりました。
それをサーヤの手のひらに乗せると、指を鳴らすようなそぶりをしながら。
「パチン!」
と、声を出します。
因みに指からはカシュっと、かすれたような音がしました。
クノンは続けて。
「お姉ちゃん、ちょっと目をつぶっててね」
言われるがまま目を瞑るサーヤ。
でもなんだか妹の様子が気になって、そーっと薄ら目をします。
クノンはハンカチを摘まみ上げると、今度はバッグをガサゴソ。
「まだ開けちゃダメだからね。……あった!」
取り出したのは折り紙を折って作った四葉のクローバーでした。
それをサーヤの手に乗せると。
「もう目をあけてもいーよ!」
「わあ! 四葉のクローバーだ!」
手の内は全て分かっていましたが、サーヤは精一杯の驚くフリをしました。
「四葉のクローバーは幸せを呼ぶんでしょう? だからお姉ちゃんに元気になってほしくてつくったの!」
「ありがとうクノン!」
サーヤは涙を浮かべながら妹を抱きしめるのでした。
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