怪しい絵画展 エピローグ

 ミクリは二種類の分身魔法が使えます。


 一つは幻を生み出す影分身。


 もう一つは本物を二人に分裂させる本分身。


 この二つを組み合わせたことで、シグサリ アカネを油断させることに成功したミクリ。


 さて、本分身の魔法が切れたミクリ。


 二人が合体し、元通りの一人の姿になりました。


「だはあああ! 毎度ながらこれ、かなりきついなあ……」


 強烈な眩暈と頭痛に襲われるミクリ。


 本分身はそんな代償があるのであまり使いたくは無かったのです。


「あっメイド長、聞こえてます?」


 ミクリは空気に向かって語り掛けます。


 すると脳内に声が響きました。


「聞こえていますよ、ミクリ」


 メイド長からのテレパシーです。


「今ってカレンお嬢様と一緒なんですよね? さっきモニターにメイド長の金ぴかリボンが映っていましたよ」


「流石ですね。あっ、お嬢様はこちらで無事に保護していますからご安心ください」


「それはなによりです」


 間も無く警察がやって来て、未だ気を失った状態の似非えせ画家は身柄を拘束されたのでした。


 それから、作品と銘打って監禁されていた人々もトウコ率いる後始末隊によって保護されました。



 さて、最後にミクリはどうしてもメイド長に言っておきたいことがあるようです。


「ところでメイド長……」


「なんですか?」


「あなたの後輩さん……変態が過ぎますよ」


「……面目ありません」


 メイド長は謝る事しかできませんでした。



 ◇ ◇ ◇



 後日――。


 刑務所の面会室。


 シグサリ アカネの元を尋ねてきたのはカグラザカに仕えるメイド長、サーヤでした。


「サーヤお姉様!」


「まったく、あなたという人は……。しばらく会わないうちにまさか顔まで変えていたなんて……」


「ごめんなさい」


 うつむくアカネ。


 彼女は様々な容疑で指名手配になる度に美容整形で顔を変えていました。


「アカネ、あなた学生時代はノーマルでしたよね。いつから魔法を使うようになったのですか?」



 ノーマルとは魔法を使えない人を指しています。


 未だ魔法使いはほんの一握りしか存在せず、そのルーツも曖昧で……。


 世間一般からすれば魔法を使える側が異常・・であるという認識から生まれた表現です。


 ※シグサリ アカネの精神がアブノーマルであることについては、ここでは一先ず置いておきます。



「…………」


 アカネは口を開きません。


「何も言わないのでしたらそれでも結構ですが……。もし何か話して頂ければ、カグラザカの優秀な顧問弁護士をつけますよ」


「…………」


「分かりました。ではこれ以上貴方と話すことはありません。あなたには失望しました。さようなら」


 席を立つサーヤ。


 扉に向かって歩き始めます。


「ま、待って!」


 アカネが呼び止めます。


「なにか?」


「できればお姉様にだけは言いたく無かったのですが……」


 サーヤは溜息を一つ吐くと、席に戻ります。


「あのう……お姉様はサクマって男……覚えていますか?」


「な!? サクマですって!?」


 サーヤは酷く取り乱します。


「つい最近、私はヤツと接触しました……」



 ◇ ◇ ◇



 1ヶ月前――。


 未だ売れない画家を続けていたシグサリ アカネ。


 彼女は元より同性愛かつストーカー気質な一面を持っていて……。


 思い通りにいかない苛立ちをストーキングで解消していました。


 彼女の自宅にはそこら中の壁や天井に少女たちの盗撮写真がおびただしい程びっしり敷き詰められていて……。


 ハードディスクには容量いっぱいの盗撮映像が保存されていました。



 ある日、彼女は駅のホームで少女を盗撮していた所を警察官に呼び止められます。


「くそがああああ!!」


 ホームから線路に飛び降り逃亡するアカネ。



 私はここで捕まる訳にはいかない!


 くそ、くそ、くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそ…………!


 くそがああああ!!!!



 そこら中にパトカーのサイレンが鳴り響く中、アカネはとある路地裏に隠れました。


 するとそこには一人の男。


「おや、なにやらお困りのようですね」


「な!? お前は!?」


 この男こそがサクマでした。


「ああ、そうか。あなたアリスガワの腰巾着の一人だった……。彼女は元気ですか?」


 アリスガワとは現カグラザカ アキの旧姓のことです。


「よくもそんな口がきけたわね! お前のせいでお姉様達は――」


「おっと、今そんな話をしていて良いのですか? お困りなのでしょう?」


「くそ! 確かに今はお前に構っている暇はないわ!」


 その場を立ち去ろうとするアカネ。


 それを呼び止めるようにサクマが言います。


「貴方さえよければ、きっとお力になれると思いますよ。如何ですか?」


「どういう意味?」


 アカネの問いに答えるように、サクマは手にしていたアタッシュケースから何かを取り出します。


 それは注射器とアンプル。


「これをあなたに差し上げます」


「なにこれ?」


「これはウィザードと呼ばれているもので……文字通りあなたに素晴らしい魔法の才能を与える薬です」


「胡散臭いな。こんな得体の知れない物、おいそれと打てるものか!」


「それなら、それで結構。どちらにせよウィザードはここへ置いていきます。好きにするといい」


 そう言って、サクマは姿を消しました。


 地面に置かれた注射器とアンプルを拾うアカネ。


 透かさず天からサクマの声だけが降って来ました。


「今回は無償でお譲りしますが、次回は有償ですからね。なにぶん、私もビジネスでやっていることですから……」


 こうしてウィザードの力を手に入れたアカネは様々な犯罪行為をエスカレートさせていきます。


 因みにそのほとんどが少女達に対する性的暴行です。


 それでも彼女には殺害事例が一つもありませんでした。


 全員が命に別状は無かったのです。


 そのことについては情状酌量の余地があるのかもしれません。



 ◇ ◇ ◇


 現在。


 刑務所内の面会室。


 話を聞き終えたサーヤは憤りを覚えました。


「サクマ……。まさかあの男がこんな近くにいたなんて……」


「お姉様……?」


「ありがとうアカネ。約束通りあなたの弁護はカグラザカが責任を持ちます。ではまた会いましょう」


席を立つサーヤ。


「待ってお姉様! あなた、まだヤツに復讐しようなんて思ってないですよね!?」


「あなたには関係の無いことです」


「そんなのダメ! あいつは危険すぎる! だから私はこの話をあなたにしたくなかった!」


 叫ぶアカネ。


 そんな忠告を無視するように、サーヤは面会室を後にします。


「サクマ、あの時の借りは必ず返す。そう、必ず…………」


 その目はとても鋭く、冷たい殺気を放っていました。

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