怪しい絵画展 1

 話を現在に戻しましょう。


 ミクリからお祝いの品を受け取ったアカネは気さくに返答します。


「ありがとう。それにしてもカレンちゃん、こんなに大きくなって……。あ、お姉様達はお元気?」


 お姉様達というのは、奥様とメイド長を指しています。


 ミクリはそのことをカレンへ耳打ちします。


 因みにミクリの耳打ちはわざと相手へ聞こえるようにしています。


 アカネは自身に対する気遣いだと分かる為、嫌な気分にはなりませんでした。


「お母様とサーヤは元気だよ。でも今日は二人とも来れなくてごめんなさい」


 カレンは頭を下げました。


 これはミクリの耳打ちとは違う台詞。


 決して側近メイドから言わされたものではありません。


 まだ5才の女の子がここまで礼儀正しく振舞えることにアカネは思わず感動しました。


「え! カレンちゃん、もうそんなお気遣いができるの!? 凄い! でも気にしないで、こうしてカレンちゃんが来てくれたんだもの」


 カレンは誉められたことが嬉しかったようで顔が綻びます。


 アカネは改めてカレンとミクリへお礼を言います。


「今日は二人ともありがとう」


「どういたしまして」


「あ、そうだ! あなた達に是非見せたい絵があるの。嫌とは言わせないわよ」


 ちょっとだけ意地悪っぽく言うアカネの態度に、二人は思わず慌てました。


「「ごめんなさい!」」


「あははは、いいって。私の方こそからかってごめんなさいね」



 ◇ ◇ ◇



 アカネに連れられて、奥の部屋に入るカレンとミクリ。


 薄暗い室内の中央には赤い布を被った何かがあります。


 布越しに見える形状からして、キャンバスとそれを乗せたキャンバススタンドだと予想できます。


「これはまだ未発表の作品なんだけど、是非あなた達に見せたいと思っていたの」


 アカネは布を剝ぎ取ります。


 やはりそこにあったのはキャンバスでした。


 それは真っ白な背景にただ鎖が四方八方に描かれただけの絵。


 カレンは困惑します。


「ただの鎖の絵?」


 ミクリも何故こんな面白味の無い絵をわざわざ見せてきたのか分からず……考えを巡らせます。


 それは一般客に対して展示されている派手な絵とは異なり、明らかに未完成だと思わせるような代物だったのです。


「二人ともどうしたの? キョトンとしちゃって……?」


 ミクリが尋ねます。


「あのう、これって未完成ですよね?」


「あら、良く分かったわね。これはね、今ここで初めて完成する絵なの」


「それってどういう……」


 どことなく不気味さのようなものを感じ取ったミクリ。



 なんだこのひとは……?


 さっきの気さくな感じとは真逆の……。


 何かを企んでいるの?



 そんなミクリの考えは的中します。


「分からない? だったら教えてあげる!」


 懐から一本の筆を取り出すアカネ。


 続けざまに唱えます。


鉄鎖緊結てっさきんけつ!」


 キャンバスが光ります。


 次の瞬間!!



 キャンバスから飛び出した鎖が、勢いよく二人に向かって伸びてきます。


「――ッ!?」


 咄嗟にカレンを後ろへ庇うミクリ。


 鎖はミクリの右腕に巻き付いて、力強く引っ張り始めました。


「これは一体どういうつもり!?」


 ミクリはまだ自由が利く左手に拳銃を出現させ、アカネに対して銃を向けました。


「いやーん。そんな怖い顔しないで頂戴。あなた折角可愛い顔しているのだから」


 その時、ミクリの背後から叫び声が聞こえます。


「きゃあああ、ミクリ助けてー!!」


 振り向くと、どこからともなく現れた無数の鎖。


 身体を縛り上げられたカレンの姿!


「お嬢様!?」


 すぐさまカレンを縛る鎖に向けて銃を向けるミクリですが、右手を強く引っ張られている事もあって狙いが定まりません。


「きゃあああああ!!」


 カレンを縛る鎖は凄まじい速さで彼女を引きずっていきます。


 ズドンッ! ズドンッ!


 ミクリは銃弾を二発撃ち込みます。


 一発は自身の右腕を縛る鎖に向けて。


 もう一発はカレンを引きずる鎖へ。


 しかし、どちらも的から外れて床に穴が空きます。


 ミクリの腕を縛る鎖が彼女の身体を強く揺さぶったからです。


「ミクリー! ミクリー! いやあああ!! 助けてミクリー! ミク……」


 カレンは絵の中に引きずり込まれました。


「お嬢様あああああ!!」


 ミクリの悲痛な叫びが部屋中に響き渡るのでした――。

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