怪しい絵画展 プロローグ

 一枚の油絵を前にして、二人は揃って首を傾げました。


「「うーん……」」


 一人は小さな女の子。


 横にいるのはメイド服を着た少女です。


 彼女たちはカグラザカという資産家のご令嬢とその側近。


「ねえ、ミクリはこの絵ってどう思う?」


 ご令嬢のカレンは側近へ尋ねます。


 絵の名前は『縛られた天使』。


 説明書きによると……『いつか来る希望を夢見てしがらみに耐え続ける』だそうです。



 今日、二人がやって来たのは最近話題の天才画家、シグサリ アカネの個展です。


 どの絵を見ても必ず『鎖』が描かれていて、その躍動感は見る者を圧倒します。


 でもミクリの反応はイマイチのようで……。


「私は一昨日アズサが描いた桜餅の絵の方が好きです」


 それを聞いたカレンは嬉しそうな表情を浮かべました。


「やっぱり! ミクリもそう思うよね? わたしもあの絵で桜餅が食べたくなっちゃったの」


 どうやら二人の美術的センスは同じようですね。


 そんな二人のやり取りを聞いていた人物が背後から話しかけてきました。


「あら、それは聞き捨てならないわね」


 振り返ると、そこには一人の女性。


 真っ赤なパーティドレスを身に纏った綺麗な人です。


 ミクリは手にしていたパンフレットと女性を交互に見比べます。


「あ! もしかして!?」


「そうよ、私がシグサリ アカネ。カレンちゃんは久しぶりよね」


 カレンは首を傾げます。


 その様子にミクリはすぐさまカレンへ耳打ちをしました。


「お嬢様、私達は今日この人にお祝いをする為にここへ来たんですよ」


 慌てて挨拶をするカレン。


「こ、このたびは……こてん? おめでとうございます」


 それに合わせてミクリは持参した花束と菓子折りを手渡しました。



 ◇ ◇ ◇



 遡ること一週間前。


 メイド長に呼び出されたミクリ。


 手渡されたのは一枚の手紙でした。


「ミクリ、あなたに一つ頼みたいことがあります」


 そこには丁寧な文章で文字がびっしりと書かれていて……。


 要はシグサリ アカネという人物が初個展を開くという内容の招待状でした。


「シグサリ アカネ? 誰ですこれ?」


「彼女は私や奥様が学生時代の後輩です。ずっと売れない画家を続けていましたが、ようやく芽が出たようなのです」


 その作品はまるで生きているみたいと評判で……。


 つい先日、彼女の絵がオークションで出品されました。


 その落札額、なんと3千2百万円という高値が付いた事も世間の話題に上がったばかり。


 メイド長の思惑をなんとなく察したミクリは疑問を呈します。


「お祝いだったら自分で行けばいいじゃないですか?」


「残念ながら私も奥様もこの日は都合が合わず、代わりに貴方へお願いしたいのです」


「分かりました。お嬢様のことはどうします?」


「是非お連れして下さい。お嬢様の誕生日には毎度お祝いの品を頂いておりますから……そのお礼も兼ねて頂けると。頼みましたよ」


「了解」


「ところでミクリ、あなた先ほどから顔の前に手をかざして……一体何をしているのですか?」


「だってそのカチューシャが……」


 ミクリはメイド長が頭に着けているカチューシャを指差します。


 その端部には金色のリボンが施されていて、窓から差し込んだ陽の光が反射して眩しいのです。


「あ、分かります? これ、カレンお嬢様から頂いたプレゼントなんです。メイド長たる証なのだそうですよ」


 リボンがキラッと光ります。


「うぉ! 眩し!」


「そうでしょう、そうでしょう。私はあなたにとって眩しい存在。あなたもようやくそれが分かったみたいですね」


「いや、眩しいのはカチューシャのリボンであって…………いえ、なんでもないです」


 メイド長の眩しい笑顔がちょっと不気味で、ミクリはこれ以上は何も言えませんでした。

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