メイド長はパワハラ上司? 下
色々と収拾がつかないのでメイド長がカレン、ミクリ、アズサに対してラーメンをご馳走するということで折り合いがつきました。
因みにお屋敷の専属料理長に作らせたお手製ラーメン。
材料費+人件費はメイド長の給料から天引きです。
さて、ラーメンの器を前に3人は思わずごくりと唾を飲み込みます。
それは透き通る醤油ベース。
そこへ自家製のストレート細麺、海苔、そして鴨肉とシンプルな一品です。
「すごい! こんな綺麗なラーメン見たことない!」
興奮するミクリ。
「確かに……」
同調するアズサ。
「おいしそう」
カレンはそもそもラーメンを食べるのが初めてです。
かつて三ツ星レストランを経営していたシェフが作ったのですから美味しいに決まっています。
「熱いので気を付けて食べて下さいね」
と、メイド長がほほ笑みます。
「「「はーい! いただきまーす!」」」
3人は仲良くラーメンをすすり始めました。
海外では主と使用人が同じテーブルで食事をするなど
ここではご令嬢と使用人が食事を共にすることは日常茶飯事。
これは多忙で家を留守にすることが多いカレンの両親が、娘を孤立させまいとする配慮なのです。
「嗚呼、すごい、これ美味しすぎる」
「神様って、料理長の事だったんだ」
「わたしラーメン……好き。毎日食べたい」
3人揃って涙を流します。
「毎日なんてダメですよ! 偏った食事は心の乱れに繋がります……」
透かさずメイド長からの牽制が入りますが、更に話を続けます。
「しかし、たまにはこういったメニューも良いかもしれませんね」
こうしてお屋敷内で月に一度のラーメン記念日が誕生しました。
◇ ◇ ◇
改めてメイド長室に呼び出されたミクリ。
「ミクリ、これを」
メイド長が差し出したのは銃弾です。
「どうしたんです? 急にそんな物騒なもの出して……」
ミクリはつい先日カレンから『人を殺すな』と命じられたばかり。
本来は拳銃の扱いを得意としていた彼女ですが、やむを得ず封印しているのです。
「簡潔に言えば、この銃弾は人を殺せない代物なのです」
メイド長の説明によるとこの銃弾には強力な治癒魔法が施されていて……。
なんと人体を貫通すると、途端に
「じゃあ意味なくないですか? どんな場面で使うんです?」
「良い質問ですね。外的障害は残らないのですが撃たれたら当然、痛みは発生します」
それはとんでもない激痛らしく、並みの人間であればまず間違いなく気絶するとのこと。
「………」
銃弾を手に取るミクリ。
無言のまま、それを凝視します。
「あまり嬉しそうではありませんね。なにか気になる事でも?」
「この銃弾が人を殺せない物だって、本当に信じても良いのかなって……」
「良いですよ」
即答のメイド長。
シリアスな心境だったミクリは思わず吹き出します。
「な、なんですか。その軽い感じ」
「だって、これは旦那様があなたの為に用意した物なのですから……」
それは数日前の事――。
奥方とメイド長を前に旦那様はアタッシュケースを取り出し、中身を見せます。
「これは俺がミクリの為に用意したものだ」
「どういうことです? なんの変哲もない銃弾ですけど……」
凝視する奥方。
「見た目はね。密かに開発チームに動いてもらっていたんだが、ようやく完成したんだ」
まさにこれこそ人を殺せない代物。
その名も
詳細は先ほどの通りです。
「へえ……で? こんな物なぜ作らせたんです?」
「なんでって、そりゃあまあ、あれだ。気まぐれってやつ?」
かつてミクリは戦地の最前線にいました。
当時の彼女は向かって来た相手を問答無用で始末するだけの孤独な戦闘狂と化していて……。
そんなある日、旦那様と出会ったことでカグラザカ邸へとやって来ました。
その際ミクリの本質を見抜いた旦那様は、彼女を廊下のお掃除係にしたことで前線から退かせたのです。
ミクリが人を殺すところを見たくない……。
実はこの思いが誰よりも強いのは何を隠そう旦那様なのです。
温かい眼差しで夫を見つめる奥方。
「な、なんだよ」
「このツンデレ夫め」
「な!? ち、ちがう、俺は別にそういんじゃ……」
慌てる旦那様をよそに、奥方はメイド長へ皮肉の援護射撃を促します。
「ほら、サーヤからもなんか言ってやんなさい!」
「旦那様、ツンデレさんですね」
「サーヤ、お前まで!?」
たじたじの旦那様。
そんな夫の様子をある程度楽しんだ奥方は仕切り直しの意を込めて、両手をパンッと合わせます。
「とにかく! 流石あなた! それならそうと早く仰ってくれたら良かったのに……。回りくどいったらありません」
「面目ない……」
さて、話を戻しましょう。
メイド長から旦那様の思惑を聞かされたミクリは、蘇生弾を受け取る事にしました。
「良かった! あなたなら受け取ってくれると思っていました。これで悪い奴をバンバン撃ち放題ですね? 期待していますよミクリ」
メイド長はなんだかはしゃいでいます。
「撃ち放題って……」
そんな上司の態度にミクリは少し引き気味の様子。
「あ、そうだ。この蘇生弾ですけど……実はこんなに在庫があるんです。邪魔なので全て残さず持っていってくださいね」
先程からずーっとメイド長の背後にある、おびただしい数の段ボール箱の山々。
その全てにギッチリ詰め込まれているそうです。
「ええー!!」
「ええー、じゃない! はい! すぐ持ってく! 上司命令!」
指図するメイド長。
「メイド長の鬼! パワハラ上司!」
「うるさい! 大半はあなたに非があるってことをもっと自覚しなさい!」
「大半? じゃあ、少しはメイド長にだって非があるってことじゃないですか!?」
こうなってしまっては売り言葉に買い言葉。
この二人……似た者同士なのかもしれません。
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