メイド長はパワハラ上司? 上

 昼下がりのメイド長室。


「ミクリ、あなたに渡したい物があります」


 お屋敷の使用人、ミクリは上司から呼び出されました。


「奇遇ですね。丁度私もメイド長にお渡ししたい物があったんです……。あ、でもメイド長からどうぞ」


 上司からの突然の呼び出しに対して全く動じないこの姿勢は是非とも見習いたいところです。


 メイド長も思わず肩透かしを食らったような気分になってしまったようで……。


「いえ、あなたから先に出しなさい」


 部下の話を先に聞くとにしました。


「いいんですか!? やった! じゃあ遠慮なく……領収書です。お願いします」


「却下!」


 すぐさま部下が差し出す領収書を突き返します。


「ええー! 必要経費ですよ! 認めて下さいー!」


「これのどこが必要経費なんですか?」


 領収書の内容はこうです。



 牛丼ウシ家

 □月△日(日)12:03

 牛丼×1

 半牛丼×1

 計¥600



「いやあ、お嬢様が牛丼食べたことが無いって言うから……。それでご一緒したんですよ」


「ちょっと待って下さい……? ミクリあなた、カレンお嬢様に牛丼を食べさせたのですか!?」


「そうですよ。それがどうかしたんですか?」


「んな!?」


 顔が真っ青になるメイド長。


 カレンに出す食事(おやつ等の間食も含む)は向こう3ヶ月決まっています。


 メイド長と栄養士が綿密に献立を決めているのです。


「ミクリ! あなたなんてことを!? 嗚呼、これは由々しき事態ですよ!」


「そんな大げさな……」


「大げさなどではありません! 食の乱れは心の乱れと言います。一つの油断が生活習慣病を引き起こすキッカケになりかねないのですよ! それにカロリー計算は我々メイドの嗜みです。ましてやお嬢様の側近であるあなたがそれを疎かにするなど――」


 うわぁ……。始まったよ、メイド長のいつものやつ……。


 ミクリは領収書を出したことを内心で後悔しました。


 本当はカレンと一緒に食べたポテトチップスやチョコレートの領収書もあったのですが、これは出さない方が良さそうです。


 しばらくして……。


 ~~~♪


 壁に掛けられたカラクリ時計が軽快なメロディで15時を告げました。


 長かったお説教タイムもようやく終わりのようです。


「は! こうしてはいられません。早急に栄養士の先生と献立の見直しをしなくてはなりません!」


「あのう、メイド長が渡したいって言ってた物は……?」


「そんなのは後回しです! あなたはここで待っていなさい。私が戻ってきたらまずお説教ですからね! いいですね!」


「はーい」


 部屋から飛び出していくメイド長。


 ミクリは呟きます。


「待ってろって言われて待ってる訳ないでしょう。遊びに行っちゃおーっと」


 でもすぐに戻って来るメイド長。


 すぐさまミクリは敬礼します。


「ハイィィィィィィ! ミクリ! 只今待機中であります!」


 じーっとミクリの目を見つめるメイド長。


 メイド長は杖を取り出すと透かさず。


「フリーズ」


 ミクリは拘束の魔法を食らって、敬礼状態のまま身動きが取れなくなりました。


「あっ! メイド長ひどい! 可愛い部下の事が信用できないんですか!?」


「信用出来る訳ないでしょうが! あなたはいつもいつも勝手な行動ばかりして……はっ! 今は時間が惜しいのでした。と・に・か・く・続きは戻ってから! 宜しいですね?」


「うう~、ひどいよメイド長~。しくしく……」


 涙を流す部下のことなどお構い無しに、バタンと扉が閉まるのでした。

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