ミクリの危険な闇バイト プロローグ

 商店街が運営する草野球チーム『アニーズ』。


 兄貴肌な男たちで構成されたおじさんチームです。


 近頃はチームメンバーの高齢化もあって、連敗続きなのが悩みの種です。



「おじさん、それもうジジーズに改名した方が良くない?」


 足りない食材の買い出しで八百屋を訪れていたミクリ。


 話の流れからつい思ったことを口走ってしまいました。


 納得いかない八百屋の店主は透かさず反論します。


「そうはっきり言わんでくれよ~。俺達はまだ若い奴には負けてねえんだ」


「でもこの前の試合だって負けてたじゃん。えーっと……これでもう何連敗だっけ?」


「う、それを言われると99連敗中。ガクッ」


 肩を落とす八百屋の店主。


「だったらもうすぐ100の大台に乗るじゃない! やったねおじさん!」


「うるせえ! やったね、じゃねーよ! 俺達はなあ、なにも負けたくて野球をやってるんじゃあねえんだ。この前だって3歳の孫が俺に言うんだよ。じーじ、がんばってねって。そんなん言われちまったら勝つしかねーじゃねーか!」


「…………」


「そうだろ? だから絶対ぜってぇ負けられねえんだ! それに俺達はなあ、最初だけは最強なんだ。そう、最初だけは……。後半はなんか体力が続かなくてバテちまうが、勝負を捨てた事は一度だってねえんだ。わかるだろう?」


 一通りの話を聞き終えたミクリ。


「やっぱりジジーズに……」


「うるせえ! だから改名なんてしねえよ!」



 その時――。


「んーだとテメエ! もう一遍、言ってみやがれ!」


「え、なに? 聞こえなかった? 大声出すしか能がない底辺のクズだと言ったんだ」


 向かいに構える商店街組合の事務所から怒鳴り声が聞こえてきました。


 事務所のガラスサッシ越しに中の様子も自然と目に入ります。


 なにやら蛍光色のスーツを着たカラフルな男達がメイド服を着た一人の女性を取り囲んでいます。


 どうやら揉め事のようです。


 ミクリはそれを指差しながら、八百屋の店主へ小声で尋ねます。


「ねえ、あれってうちのトウコお姉さんじゃない?」


 店主も自然と小声になります。


「なんだミクリ、お前知らなかったのか? トウコちゃんは商店街のマネジメントをやってんだよ。GMって言うんだっけか?」



 以前、近くに大型の商業施設が乱立した事がありました。


 危機感を覚えた組合会長がカグラザカに相談し、トウコがゼネラルマネージャー(略してGM)にあてがわれたのです。


 その際、商店街は独自のブランド、独自の配送ルートを開拓して質の良い品を安価で販売する手段を確立しました。


 当然、その独自・・というのは魔法のことです。



「そういえば商店街のイベント事って全部カグラザカが主催だったね。納得した」


 続けてトウコを取り囲む男達の方へ指を差すミクリ。


「で? あっちのカラフルボーイズは何? お笑い芸人?」


 八百屋の店主は少し重たい雰囲気を醸し出して答えます。


「あいつらはチンピラだ。実はこの商店街に立ち退きの話が来ていてな。どっかの有力者がここにタワマンを建てるって騒いでるらしいんだ」



 最近、商店街では彼らのような集団が頻繁に来ては、あの手この手で嫌がらせをしているというのです。


 現に、八百屋さんは店舗の壁にラクガキをされたとのこと。



「一応聞くけど、その有力者ってウチの旦那様じゃないよね?」


「馬鹿言え、だったらどうしてトウコちゃんと奴らが揉めてんだよ」


「だよね。……という事はそのどっかの有力者って人は旦那様に喧嘩を売って来たって事? ひえー、命知らずもいたものね」


「まったくだ」


 ふと、トウコと目が合ったミクリ。


 トウコは嬉しそうな表情をすると、今度はいたずらっぽい表情を浮かべてミクリへ手招きをします。


「あ、呼ばれた」


 呟くミクリ。


「いってらっしゃい」


 八百屋の店主は軽い口調でミクリを送り出しました。

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