カレンの願い 2

 近頃のカレンお嬢様は様子が変だ。



 ミクリはそう感じることが多々ありました。


 以前にも増して一緒に行動したがることが多くなったり。


 はたまた、幼稚園に行っている間は積極的にテレビ電話を掛けてきたり……。


 まるでずっとこちらを監視しているような。


 そんな感覚があるのです――。



「それはあれよ。あんたがちゃんと真面目に仕事をしているか見張っているのよ」


 アズサは廊下の窓拭き掃除をしながらミクリへ言いました。


「私がいつサボってるって言うの?」


 頬を膨らませるミクリ。


 でも「まさに今」と言われそうな気がしたので、咄嗟に水バケツの中に入った雑巾に魔法を掛けます。


 雑巾は勝手に絞られて水気を落とすと、宙に浮いて窓を擦り始めます。


「あんた最近、寄り道の飛距離を伸ばすとか言って業務中に遊んでたじゃない」


「もしかしてアズサがメイド長にチクったの!?」


「いや、私じゃないよ。あんたが頭に着けてるそのカチューシャ、GPSが内蔵されてるって知ってた?」


「!?」


 GPSで常にメイド長から監視されていることを知ったミクリ。


 驚愕します。


「その反応は知らなかったようね。それからあんたがさっきから魔法で操ってるそれ、床用だから」


「!?」


 窓ガラスを汚してしまっていた事に気付いたミクリ。


 またしても驚愕します。


 その時、ミクリの通信端末が鳴りました。


 相手はカレンです。


「あ、ミクリ? いま何してた?」


「今は窓の拭き掃除ですよ。ほら」


 とっさにアズサの持っていた綺麗な雑巾を奪い取ります。


「お嬢様ー! 騙されたらダメですよ! ミクリは今サボって――」


 余計な事を言いそうなアズサの口も塞いでおきます。


「ん-! んー!」


 口を塞がれながらも主張を止めようとしないアズサ。


 端末画面の向こうからカレンが尋ねます。


「アズサはさっき何て言おうとしたの? ミクリは今サボ?」


「今サボテンの栽培にハマってるって言おうとしたんですよ。知ってます? サボテンって意外と綺麗な花を咲かせるんです」


「うん! 知ってるよ! わたしもサボテンのお花大好き! ……そっか! 今はアズサと一緒にお仕事をサボっていたのね。じゃあ、後でまた電話するからね。バイバーイ」


 通信が切れました。


「ね? こんな感じで離れている時は頻繁にテレビ電話が掛かって来るの」


「おいこら! 私までサボってた事にされたじゃないのよ! ……まあ、だからそれは真面目に働きなさい! っていう遠回しの圧力じゃないの?」


「うーん、それは違うと思うんだよなあ……。メイド長ならともかく」


 腕を組んで考えるミクリ。


「何故そう思うの?」


「だってお嬢様は何でもストレートに言う性格だから」



 ミクリ回想中……。


「もう! 朝だよ! ミクリ早く起きなさーい!」


「ミクリ! 落ちてる物を食べちゃダメっていつも言ってるでしょう!」


「ミクリ! お部屋をこんなに散らかしちゃメッ! でしょう!」


 回想終わり。



「ね?」


「まったく……。これじゃあどっちがお世話される方か分からないじゃない」


 アズサは呆れてしまうのでした。



 ◇ ◇ ◇



 それは週末の事でした。


 一人でどこかへ出掛けようとするミクリをカレンが呼び止めました。


「どこへ行くの?」


「近所の八百屋さんまで買い出しへ行く所です。すぐ帰ってきますよ」


「だったらわたしも行く」


 ミクリの裾をぎゅっと掴みます。


 その手はとても力強いものでした。



 カレンをお買い物へ連れていく事にしたミクリ。


 道中、二人は河川敷で手を繋いで歩いています。


 カレンはずっと何かを言いた気な様子を見せていました。


 でもすぐに口をつぐんでしまい沈黙が続きます。


 耐え兼ねたミクリは思い切って尋ねる事にしました。


「お嬢様、私に遠慮する事なんてないんですよ」


「遠慮なんてしてない……」


「いいえ、遠慮しています」


 ミクリは目線を合わせるようにカレンの前でしゃがみ込むと、真っ直ぐな瞳で見つめます。


「私はあなたの従順なメイドです。あなたが本気であるならば私は全てを叶えましょう。どうか、今考えていることを話してください」


 その真剣な表情に、ようやくカレンは重い口を開きます。


「ねえ……。ミクリは誰かを――」


 その時。


「あぶない!!」


 ミクリは払いのけるような仕草でカレンを横倒します。



 カレンの瞳に映ったのはナイフを突き出す男の姿。


 そして……。


 それが腕に突き刺さったミクリの姿でした。

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