カレンの願い 3

 ミクリは動ずることなく男のみぞおちへ拳を入れると……。


 拳銃を取り出し、気絶した男の眉間に向けました。


 その時。


「殺しちゃダメー!!」


 ミクリが引き金を引く直前。


 拳銃を持つその腕にしがみ付くカレン。


 手元が狂ったことで、弾丸は標的を霞めて地面へめり込みました。


「何をやっているんですかお嬢様!!」


 ミクリは怒鳴るように声を上げます。


「だって――」


 答えようとするカレン。


 それを遮るようにミクリは言葉を畳みかけます。


「だってじゃありません! こいつはあなたの命を狙っているんですよ! 今すぐにでも始末する!!」


 この時のミクリは、まるで鬼にでもなってしまったかのような恐ろしい表情をしていました。


 再び男の眉間へ銃口を突き付けます。


 それでも動じないカレン。


「絶対にダメ! 殺しちゃダメなの!」


 そしてミクリが持つ拳銃を掴むと、銃口を自身の眉間に突き付けました。


「!?」


「この人を殺すなら、わたしも殺しなさい!」


「何をふざけた事をやっているんですかあなたは!?」


「わたしは本気で言っているの! わたしはミクリに人殺しなんてして欲しくないの!」


 これこそ、カレンがずっとミクリに言いたかった本音であり願いでした。



 ◇ ◇ ◇



 それはまだミクリが療養中だった頃に遡ります。


 ミクリ不在のお屋敷で、メイド長室へやってきたカレン。


「ねえ、サーヤ」


「どうされたのですかお嬢様?」


 カレンの元へ近寄って、微笑みながら目線をあわせるメイド長。


「もしかして、ミクリは人を殺した事があるの?」


 それはメイド長にとって、まるで心臓を貫かれたような衝撃的な言葉でした。


 自然と彼女の表情から笑みが消えます。


「……何故そう思うのですか?」


 質問に対する答えが出せず、質問で返してしまうメイド長。


 切った張ったの世界を子供に悟られるべきではない……。


 メイド長にはその思いが強く根付いていたからです。


 沈黙が続いてしまった事で、とうとうカレンの疑問が確信に変わりました。


「やっぱり……。そうなんだね」



 あの時――。


 ミクリが刻印無しの少年を始末した時。


 背後にいたコバヤシが機転を利かせ、カレンの両目を覆ったと聞きます。


 カレンは少年の首が跳ねられた決定的瞬間を見ていないハズ……。



 だからなんやかんやで誤魔化しきれる。


 そんな甘い考えが、メイド長の頭の中にあったのです。


 これは彼女がカレンをまだ五才の子供と見くびっていた証拠でした。



「わたしはミクリに人を殺して欲しくないの。でも、どうしたら良いのか分からないの……」


 その真剣な眼差しに、メイド長は覚悟を決めることにしました。


「お嬢様の考えは分かりました。ではお話しましょう――」


 メイド長はかつてミクリが多くの人々を抹殺してきたこと。


 今はカグラザカに敵対する者達を暗殺し続けていることも説明しました。


「それはわたしの為? それともお父様やお祖父じい様が命令したから?」


「理由は様々です。しかし私にはミクリを止める資格がありません」


「だったらわたしがミクリを止める! ミクリが人を殺さなくてもいいように……わたしがミクリを見張るの!」


 カレンはそう言って部屋を飛び出していきます。


「お、お待ちくださいお嬢様!」


 しかし今のメイド長はこれ以上の説得力を持っておらず、廊下を駆けていくご令嬢をただ見つめる事しかできませんでした。



 ◇ ◇ ◇



 そして現在。


 カレンは自身の額に拳銃の先を突き付けて、ミクリを睨みつけます。


 咄嗟に拳銃を魔法で消し去るミクリ。


「お嬢様……なんてことを……」


「人を殺したらいけないんだよ! 死んじゃった人は生き返らないんだよ! それに……この人の顔、ちゃんと見た?」


 ミクリは改めて、男の顔をしっかり見ます。


「!?」


 驚愕しました。


「分かったでしょう? この人はわたし達にいつも優しくしてくれる八百屋のおじさんだよ」


 膝から崩れ落ちるミクリ。


 二人を襲撃してきた人物は、彼女たちの知り合いだったのです。


「まずはお話を聞いてみよう? ね?」


 そう諭すカレン。


 そこには彼女なりの強い信念が宿っていました。

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