カレンの願い 1

 メイド長は軽く咳払いすると、本題に入りました。


「唐突ですが、ウィザードという名を聞いて心当たりはありますか?」


「ウィザード? 魔法使いって意味ですか?」


 ミクリは首を傾げます。



 メイド長の言うウィザードとは……。


 近頃、巷で横行している怪しい薬物の事です。


 その名の通り、常人が魔法使いになれる夢のような代物なのです。


「へえ、そんな薬があったなんて……じゃあ、それをお嬢様に打ってあげたら喜ぶんじゃないですか?」


 未だ魔法使いとしての芽が出ないご令嬢。


 相変わらずミクリからは魔法のお稽古と称して手品を学んでいます。


 そんな事を考えながら何気く発言したミクリ。


 メイド長は血相を変えました。


「なんて事を言うんですか! これは麻薬ですよ!」


「うわ! そうなんですか!? ごめんなさい、失言でした」


「分かれば良いのです」



 ウィザードを摂取した人間にはいくつかの身体的かつ精神的な特徴が現れると言われています。


 ・常人は魔法使いとしての才能が開花する。


 ・身体能力、動体視力が異常値に達する。


 ・依存性が強く、接種の為には手段を選ばなくなる。


 等々が挙げられています。



 そして、これを接種した者達による様々な犯罪行為が露見していることもまた事実。


 それでもなお、法には触れないという正当性を掲げた者達による売買が堂々と行われているのです。


 メイド長からそれを聞かされたミクリ。


 ふと、先日戦った刻印無しの少年の事を思い出しました。


「あなたはすぐ顔に出ますね。あなたが始末した少年の事を考えているのでしょう?」


 ミクリは頷きます。


「先ほど連絡がありました。彼の遺体からウィザードと同様の成分が検出されたそうです」



 改めて説明しておきますが、ミクリやメイド長が仕えているカグラザカ家は代々魔法使いの頂点と言われる家柄です。


 あらゆる手段、ネットワークによって『魔法』に関する数多の情報が入って来ます。


 そして魔法絡みの事件を解決することが、この家に仕える者達の使命なのです。



 メイド長は一呼吸置くと、話を続けます。


「もしかしたらウィザードは常人たちが求める希望であり夢なのかもしれません……。ミクリ、あなたはどう考えますか?」


「希望であり夢、ですか……。そんな訳の分からない薬なんて、私にとってはマヤカシの悪夢でしかありませんね」


 どうやら考えが一致したようで、メイド長は嬉しそうな表情を見せます。


「それを聞いて安心しました。さて……。そのウィザードですが、実はつい先ほど旦那様のお力で非合法薬物に指定されました。わーパチパチパチ」


「…………」


 黙って見つめるミクリ。


 メイド長は拍手を促します。


「ほら、あなたもやりなさい! 旦那様が法を変えたんですよ。喜ばしい事なんですよ。わーパチパチパチ」


「わーパチパチパチ」


 たまにメイド長のテンションが分からない事がありますが、こういう時は部下として素直に従っておくものです。


「さて、当然ながら旦那様の方針はウィザードの撲滅です。詳細は追って連絡しますね」


「了解!」

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