第2章 (前編) 幻想のウィザード

カレンの願い プロローグ

 都心の一等地にお屋敷があります。


 それはそれは大きなお屋敷で、カグラザカ家という格式高い魔法使いの一族が住んでいます。


 そこに仕える使用人もまた、優秀で有能な魔法使いばかり。


 例えば今ここで、映画のパンフレットを眺めながら売店の列に並ぶ少女もその一人。


「あ、私の番だ。えーっと……。塩バターポップコーンとコーラLを一つずつお願いします」


 少女の名はミクリ。


 つい先日、実力が認められてご令嬢の側近となった魔法使いです。



 しかしそのミクリ……。


 現在、ご令嬢を幼稚園に送り届けたその足で、どうやら寄り道をしているようなのです。


 おや、サボりがバレてしまったのか。


 さっそく、上司から呼び出しを受けてしまったようですね。


 その方法は……。


「ミクリ、今すぐメイド長室に来てください」



 なんと脳内に直接語り掛けてくるのです。


「うわ! びっくりした! え、もしかして見られてる?」


 ミクリは辺りをキョロキョロと見渡します。


 上司であるメイド長の姿は見えません。


「よし、大丈夫」


 現在、『寄り道の飛距離をどこまで伸ばせるかチャレンジ』の真っ最中のミクリ。


 昨日は一人カラオケ1時間の寄り道に成功し、とうとう今日は映画館まで飛距離を伸ばしてきました。


 ポップコーンとコーラを両手で抱えながら入場時間を待っていると。


「どうしたのですかミクリ? 早く来なさい」


 またしても上司の声が直接脳内に流れ込んできます。


「もう、うるさいなあ。無視無視」


「ミクリ! あなたが映画館にいるのは分かっています! 今のあなたは勤務時間中のハズです。…………遊んでないで今すぐ帰ってらっしゃい!!」


 メイド長の凄まじい剣幕にミクリの背筋が凍り憑きます。


「ひいぃぃぃ! ごめんなさーい!」


 文字通り、箒で飛んで帰るミクリ。


 メイド長には全てお見通しのようです。



 ◇ ◇ ◇



 メイド長室の扉の前。


「いやあ、実は大きな荷物を抱えたお婆さんがどうしても映画館に行きたいって言うものだから、本当は行きたくなかったんですけど仕方なく仕方なく仕方な~く、映画館まで運んであげてたんですぅ。……よし、これだな」


 言い訳の練習も終わった所で、ミクリは扉をノックします。


「し、失礼しまーす」


「あら、随分と早いお帰りですね。業務時間中に観賞する映画は楽しかったですか?」


 冷静な口調のメイド長。


 その目は一切笑っていません。


「いやあ、実は大きな荷物を抱えたお婆さんが……」


「そう言えば昨日のこの時間はカラオケ店にいましたよね?」


 部下の良い訳を遮って畳みかけるメイド長。


「な、何故それを……」


「あなたの考えなど全てお見通しです。どうせ『寄り道の飛距離をどこまで伸ばせるかチャレンジー』とか言って遊んでいたのでしょう」


 流石メイド長、全て寸分たがわず的中です。



 改めて説明しておきますが、メイド長は魔法使いです。


 中でも洗脳、催眠、人心掌握は彼女が最も得意とする魔法。


 部下にテレパシーを送る事など容易い事なのです。


 でも居場所の特定についてだけは魔法を使っていません。


 ミクリが着ているメイド服のどこかに超小型のGPSを取り付けているのです。


 当然、着ている本人は未だ気付いていません。


 では何故そうするのか。


 実はメイド長、過去一度だけミクリの思考を魔法で読み取った事があります。


 その際――。


 『お花畑の中で二人のマッチョ男性が全裸で向かい合って交互にスクワットをしながら筋肉の名称を叫び合っている』という光景が鮮明に流れ込んできました。


 理解が追い付かず恐怖すら感じたメイド長。


 以来、ミクリの思考を覗くことをやめました。


 つい先ほど『あなたの考えなど全てお見通し』なんて事を言っていましたが、実はハッタリを利かせているのです。



 さて、まるで蛇に睨まれた蛙の如く動揺するミクリ。


 こういう時は、素直に謝るしかありません。


「ご、ごめんなさい!」


 するとメイド長は微笑みます。


「あら、別にいいのですよ。あなたがやる事さえちゃんとやっているのであれば怒ったりはしません。私だって鬼じゃありませんから」


「メイド長……。トゥンク」


 ミクリは改めて感じます。


 そうだ。私の上司はちゃんと部下のがんばりを見てくれている人だった。


 メイド長、好き。


 なんて思わず油断したミクリにメイド長から一言。


「でも遊んでいた分の給料は差し引いておきますからね」


「メイド長の鬼! 私のトゥンクを返して!」


「うるさい! 自業自得でしょうが!」


「そんなあ~。……しゅん」


 ミクリはガックリと肩を落とすのでした。

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