刻印無しの魔法使い 5

 右手に銃弾を浴びて悶え苦しむ少年。


「痛ってえええ!」


 持っていた杖を落としました。


 少年はすぐに杖を拾おうとしますが、ミクリによって遠くへ蹴り飛ばされます。


 ミクリは即座に少年の額に目掛けて発砲。


 しかし僅かに少年の頬を掠める銃弾。



 弾が逸れた!?



 ミクリは困惑します。


 急所を狙ったはずの銃弾が何故わずかに逸れたのか?


 すぐに彼女は気付きます。

 

 そう、自身の腕が……。


 拳銃を握っていた左腕が捻り切れて吹き飛んでいたのです。


 少年は間一髪、懐から2本目の杖を取り出して詠唱を終えていたようです。



 拳銃はミクリと少年の狭間、足元に落下しました。


 互いに手を伸ばす二人。


 拳銃を手にしたのは……。




 少年の方です。


 少年は笑みを浮かべると、間髪入れずにミクリの胸に向けて引き金を引きました。




 !!




 ミクリは防御が間に合わず、胸から背中にかけて銃弾が貫通していきます。


 胸から噴き出す大量の血液。


 そしてミクリは…………


 倒れ伏したのです。



 …………。



 少し沈黙が流れて。


 少年は大きな声を上げて嘲笑しました。


「あはははは! 僕の勝ちだ!」


 それを遠くから見ていたコバヤシは力を振り絞って叫びます。


「ミクリさん! ミクリさん大丈夫ですかああああ!!」


 しかし返事はありません。


 少年はコバヤシの方へ顔を向けます。


「そういえばまだお前がいたな。お前もすぐに殺してやるよ」


 コバヤシの方へ歩いていきます。


 確実にとどめを刺す為、より近い距離で魔法を使うつもりなのです。


 コバヤシは朦朧とする意識を何とか保ちながら、少年へ尋ねます。


「なぜだ……。なぜキミは……他人を……傷つけるんだ」


 それを聞いた少年はニヤッと笑います。


「決まってるだろ? ムカつくからだ!」



 ◇ ◇ ◇



 少年は魔法とは無縁の平凡な家系に生まれました。


 これといった特技もなければ、当然魔法の才能もありません。


 周囲はそんな彼に対して風当たりが強く後ろ指をさしました。


 脳ナシ。


 それが彼のあだ名でした。



 脳ナシと会話をすると脳が腐る。


 脳ナシに近寄ると脳ナシが移る。


 脳ナシは早く死ね……。



 やがて彼はどんどん孤立していきます。


 とうとう彼は自殺を図りました。


 薄れゆく意識の中、何かが彼の耳元へ囁きます。




「嗚呼、可哀そうに……。私がキミにプレゼントをあげよう」




 いつの間にか意識をはっきり取り戻した少年。


 自身が無傷であることに気付きます。


 確かに自殺をしたのに。


 全身がぐちゃぐちゃに崩壊した感覚があった……はずなのに。


 目の前に置かれていたのは2冊の魔導書と2本の杖。


 魔法とは無縁だったはずでしたが、この時の彼は何故かそれを使いこなせる気がしました。



 間も無く少年はその魔法を試してみたくなりました。


 その時、たまたま近くにいた男性。


 ズタボロの服に生え散らかしたひげ。


 河川敷に暮らすホームレスでした。


「あれでいっか」


 少年はこっそりと背後から男性に杖を向けると。


「ツイスト」


 !?


 杖から青白いビームが発射され、いとも簡単に男性の首が捻じり切れたのです。



 それからの彼はとにかく人を殺すことだけを考えていました。


 今まで自分を脳ナシと言った奴らを全員殺してやる!


 でも……。


 どんなに殺しても……。何人殺しても……。


 彼は満たされません。


 何故だ! 何故満たされないんだ!


 そんなある日、ある噂を聞きます。



 近頃、カグラザカのご令嬢に新しい側近が付いた。


 その少女はとにかく凄腕の魔法使いらしい。



 これだ!


 少年は気付きます。


 そうか! 自分が欲しかったのは達成感だ!


 みんな僕の魔法であっけなく死んでいく……。


 達成感が欲しい。


 人を殺すことを頑張ってみたい。


 それは脳ナシと呼ばれた少年にとって、初めての決意でした。

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