薔薇とバイクと延命剤 プロローグ

 昼下がりのお屋敷内ガレージ。


 カレンを幼稚園まで迎えに行く時間がもう迫っているというのに、ミクリはある手配を怠っていたことに気付きました。


「やばい、お嬢様を迎えにいく交通手段が……無い!」


 先日、ご令嬢専属の運転手が狙撃され現在は療養中。


 ミクリ自身、自動車の普通免許を持ってはいるのですが肝心の車は大破し廃車になっています。


 ここから幼稚園まで約20分。


 カレンとの約束の時間はもう20分後。


 まさに今出発してピッタシです。


「箒は……ダメだ。メイド長から魔法は使うなって言われてるんだった」


 魔法は無料タダではありません。


 ミクリは普段からくだらないことに魔法を使いすぎる癖があるので、魔法の使用禁止が言い渡されているのです。


 因みに自動車をちょちょいと出現させる能力も持ち合わせているミクリ。


 しかし自動車一台を出現させるのに発生する魔法税は、それ一台を新品購入した額とほぼ同等。


 世の中は魔法使いが一人勝ちしないよう上手くできているのです。


「うわ~、やばいやばい、もう時間が無い。どうしよう……。は!」


 辺りを見渡したミクリ、ある物を見つけました。


「あれは旦那様のバイクコレクション!」


 当主は無類のバイクマニアで、数々のバイクがそこにはずらりと並んでいます。


 ミクリはふと目に留まったバイクの前で立ち止まります。


 それは両手を高く上げないとハンドルが握れないような代物。


 通称、万歳バイクです。


 じーっと見つめるミクリ。


「ま、これでいっか……。破っ!」


 ドゴッ!


 起動錠をぶっ壊して強引にエンジンをかけると、平然と出かけていくのでした。


 因みに、今朝はどうやってカレンを幼稚園まで送っていったのか……。


 朝寝坊したミクリには知る由もありません。



 ◇ ◇ ◇



 幼稚園。


 カレンは門の前で使用人の出迎えを待っていました。


「もう、ミクリ遅い!」


「確かに遅いですね」


 隣で相槌を打つ黒スーツの男はカレンの警護をするボディーガードです。


「今朝だって朝寝坊してわたしを送ってくれなかったじゃない。近頃のミクリはたるんでいるのよ。あなたもそう思うでしょ?」


「た、確かにそうですね」


 本当はミクリに対して一目置いている彼ですが、ご令嬢の愚痴に付き合う為に話を合わせています。


「もう、つまんなーい。あ、そうだ! ねえあなた、鼻からメロンクリームソーダを飲み干すヤツ出来る?」


「すみません。私にはできません」


「もう、つまんない男ね」


「め、面目ありません……」


 5才児から理不尽に叱られたボディーガード。


 その肩をガックシ落とした所でようやく待ち人が姿を現しました。


「お嬢様ー!!」


「あ、ミクリの声だ! ミクリ―! もう、遅…………い、あああああ!! それ!」


 万歳バイクで颯爽と現れたその少女にカレンは指を差します。


 一方、指を差された方は訳が分からず首を傾げます。


「どうしたんですかお嬢様? さあ、帰りましょう」


「いや、だって、それお父様が一番大事にしてるやつ。何でよりによってそれで来ちゃったの?」


 以前カレンはこのバイクに触れただけで、父親から物凄く叱られたことがあるのです。


「え? いけなかったんですか?」


「ダメに決まってるじゃん! あの時のお父様、急に怒ったと思ったら、急に泣き出すんだよ。もうずーっとその繰り返し。ある意味とても怖かったんだから」


「ええ!? あ、でもほら、もうこうして乗って来ちゃったし……。せっかくなら乗ってみたくないですか?」


「乗りたい!」


 即答のご令嬢。


「そうこなくっちゃ!」


「でもお父様の所には一人で謝りに行ってよね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る