迷子の魔法使い 1

 昼下がりのメイド長室――。


 粗方の事務仕事を終え、大きく伸びをするメイド長。


 すると扉を二回叩く音が鳴って……。


「失礼しまーす」


「入りなさい」


 メイド長が許可を出すより早く扉が開いて部下の姿が見えました。


「はあ……。ミクリ、ドアを開けるのが若干早いです。私が入りなさいって言う前に入って来ましたよね」


「じゃあ、私の方が早かったから私の勝ちですね」


「そういう問題ではありません。とにかく一度出なさい。はい、やりなおし!」


「ええー、面倒くさいなあ……」


 ミクリは一旦追い出されるのでした。



 ◇ ◇ ◇



「で、あなたから私を訪ねてくるなんて珍しいですね。てっきり嫌われいるものと思っていました」


 いつもはメイド長からの呼び出しでここへ訪ねてくるミクリ。


 可愛い部下が自ら訪ねてきた事にメイド長はそれなりに悦ばしく思っているのです。


「それはこっちの台詞だと思うんですけど……。あ、そんなことよりこの間の襲撃者の事で……」


 先日、ご令嬢の専属運転手が狙撃された事件がありました。


 ミクリの迅速な対応で大事には至りませんでしたが、彼女には気になる事があったのです。


「ああ、あれですか。お見事でしたよ。やはりあなたをお嬢様の側近にして正解だったと屋敷中の皆が言っています」


「そんな言い方をするという事は……やっぱり全部お見通しなんですね。メイド長は……」


「と、いうと?」


 あくまでとぼけた態度のメイド長に向かってミクリは自身の考えを述べます。


「狙撃してきた男は、きっとお嬢様ではなく私を追って来たんだと思います」


「何故そう思うの?」


 メイド長の問いに、ミクリは根拠を示していきます。


「まず、お嬢様を襲うという事は限りなく不可能に近い……」



 実は外出時のカレンには常に一等級魔法使いの護衛が就いています。


 一等級とは優秀な実力を持つ魔法使いにとって最高位の称号です。


 此度の襲撃ではミクリの方が一枚上手だったので活躍しませんでしたが、本当は名のある凄い人なのです。


 そして魔法税の施行に伴って、現在ほとんどの魔法使いが政府によって管理されています。


 魔法の中には人体に直接悪影響を及ぼす物もありますが、管理下にある魔法使いにはそれが出来ないよう制限が掛かっています。



 つまり……魔法使いであっても、そうで無くても、カレンに危害を加えることは不可能なのです。


 まあ、そもそも誰も『カレンを襲う』という考えには至りませんが……。



「それでもなお、狙撃してきたという事は……私に対しての強い殺意があったとみて間違いないと思います。キサラギさんは他人ひとから恨まれるような事しないと思うし……」


 ミクリが考えを述べ終えると、メイド長は納得するように口を開きます。


「なるほど、一理ありますね。それで……あなたはどうしたいのですか?」


「私は…………」


 自分はカレンの側近に相応しくないのではないか?


 でも、絶対に守ると約束した。


 そんな迷いからか言葉が詰まってしまうミクリ。


「はあ……。仕方ありませんね。ではあなたに暇を与えます。その間、自身の答えを見極めてきなさい」


 こうしてしばらくの間、ミクリは屋敷を出ることになりました。

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