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 オルベ川の偵察ていさつからもどったレイタスの様子が、なんだかおかしい。

 セルネアはそう直感していたが、その原因をはかすべをもちあわせていなかった。

 だから、あれこれと心配して、その日の夜もなかなか寝つけなかった。

 すると、夜もけきったころ、となりでぐっすり眠っていると思われたレイタスがそろりとおきだした。こちらを警戒しているようだったので、セルネアはあわてて両目をとじてタヌキ寝入ねいりを決めこんだ。

 レイタスが天幕てんまくをでていく音がする。セルネアが用心しながら目をあけると、月明かりに照らされたレイタスの影が天幕の壁にうつしだされていた。彼は馬を引いてくるとそれにひょいとまたがり、むちをひとついれて遠ざかっていった。

 セルネアはあわてておきあがり、自分の剣をつかむと、半裸はんら同然の下着姿で天幕を飛びだした。そして自分の馬のもとまで走り、それに飛び乗ってレイタスのあとをひたすら追いかける。

 月と星にのみ照らされた薄暗闇うすくらやみのなか、レイタスを乗せた馬はオルベ川にほど近い雑木林ぞうきばやしのなかへと消えていった。

 セルネアは手綱たづなをしぼって速度をゆるめるとくらからおり、気味の悪い夜の林のなかへ馬を引きながらおそるおそる足をみいれた。

 大きく枝を張った木々の下は月や星の明かりがさえぎられて闇の色がく、見わたした限り動くものは見あたらなかった。

(あちゃ・・・・・・見うしなっちゃった?)

 そうあせった直後、遠くで誰かの馬がいななき、セルネアの胸に希望の光がともった。

 セルネアは自分の馬を近くの木につなぐと、いななきがした方へ足音をしのばせながら近づいていった。

 やがて、木々のまばらになった小さな広場で、ふたりの人物が対峙たいじしているのを見つけた。木々がまばらなせいで月明かりがよくとどき、ふたりの近くでは馬が一頭、下草したくさんでいるのが見えた。見覚えのある馬で、レイタスのものだとセルネアにはわかった。

 セルネアは抜き足差し足で近づき、手ごろな木のかげに身を隠すと、きき耳を立てた。

「気づいてくれなかったのではないかと、不安になっていたところだ」

 若い男の声が穏やかに流れる。セルネアにはきき覚えのない声だった。

「ご冗談でしょう」

 そう応えた声はやはり若い男だったが、こちらはききなれたレイタスのものであり、セルネアをホッとさせた。

(レイタス、誰と話してるんだろ・・・・・・)

 セルネアは木の陰からそっと顔をのぞかせ、レイタスが話している相手に目をらした。

 その人物は黒っぽいローブをまとい、フードを後ろにらして黒く長い髪をあらわにしていた。先に声をきいていなければ女だと見誤みあやまったであろう綺麗きれいな顔立ちをしており、黒ずくめの外見とあいまって、まるで夜の闇から生まれでた貴公子きこうしを思わせるあやしい美しさをかもしだしていた。

 そんな男を相手に、レイタスは昔をなつかしんでいるかのように穏やかな表情と口ぶりで話をしている。

読唇術どくしんじゅつは使徒の十八番おはこです。あなたがオルベ川の対岸で俺に送った声なき言葉、あれを見逃みのがすわけがありません」

 兵士たちがあげる喧騒けんそうに満ちた戦場では、たとえとなりあっていても声がとどかない場合がある。そこで使徒があみだした手法が読唇術だとセルネアもきいていた。

 視界にさえ入っていれば周囲にさとられぬままたがいに情報を伝達することができ、また、遠くで敵が話している内容もくちびるの動きひとつで読みとれ、この秘術ひじゅつが役に立つ場面は多いという。

(まだ教えてもらってないけど・・・・・・)

 と、セルネアが心のなかで愚痴ぐちった直後、うれしい発言がレイタスの口から飛びだした。

「近々、俺の弟子にも伝授しようと思っています」

「ほお。弟子をとったか」

「はい。まだまだ世話の焼ける、どうしようもないやつですが──」

(ふんだ!)

「見こみはあります。のみこみが早く、将来が楽しみなやつです」

(え・・・・・・)

 セルネアは、カッと熱くなったほおをとっさに両手でおさえた。

(あたしのこと、そんな風に思ってくれてたなんて・・・・・・)

 セルネアがすぐ近くできいていることをレイタスは知らないはずである。それだけに彼の発言には真実味がこもっていて、セルネアをおおいに照れさせた。

 セルネアが望外ぼうがいの喜びにひたっている間も、ふたりの男の会話は進んでいた。

「その弟子は幸せだな。おまえのようなさいゆたかな者に教えをえるのだから」

「俺にとってはあなたがそうでした。あなたに師事しじできて俺は本当に幸せでした。だから余計に今が信じられません。まさかこんな日をむかえようとは想像すらしていなかった・・・・・・教えてください、我が師、メルセリオよ。なぜ、あなたはバーナームはくなどに肩いれしているのです」

(うっそ! あの人がレイタスのお師匠さん?)

 意外な事実に触れておどろく一方で、かつての師に対するレイタスの声には不穏ふおんなものを感じさせるけんがこもっていて、それが木の陰から覗いているセルネアを緊張させた。

 実際、レイタスが投じた詰問きつもんによって、ふたりの男の間に流れていた空気が一変したように思えるのだった。昔を懐かしむなごやかさはたちどころに消えさり、わって剣呑けんのん雰囲気ふんいきがただよいはじめている。

 もくして答えようとしないかつての師にむかって、レイタスがイライラと言葉を重ねた。

「なぜ、カルカリアでエリンデールを殺したのです! あなたのしたことは教団の教えに反するものだ! ローデランの民への裏ぎりであり、我らが神アズエルへの冒涜ぼうとくです!」

「神を冒涜しているのは、わたしではない」

 興奮ぎみのレイタスとは対象的にメルセリオの声音こわねは落ちついており、あたり前の真実を語っているかのように冷静だった。

「冒涜しているのは教団のほうだ」

「なにをバカなッ」

 レイタスは声をあららげて腕をふり払い、メルセリオの暴言を全身で否定した。

をもって招来しょうらいす! これこそが神の教えであり、実現すべき理想! 我ら使徒はその教義を実践じっせんするための手足なのだと、俺はあなたからそう教わった!」

「まちがっていたよ」

「な・・・・・・」

 心のりどころにしていた信念を、それを教えてくれた者からあっさり否定され、レイタスは言葉をうしなっていた。

 そんなかつての弟子に、メルセリオが落ちつかせるような口ぶりで語りかける。

「きけ、レイタス。おまえは、神が戦いを望んでいると感じたことはないか?」

「神が、戦いを?」

 鸚鵡おうむがえしにつぶやいたレイタスは、だが考えるそぶりも見せず即座そくざかぶりをふった。

「あり得ない!」

「そうだろうか」

 メルセリオはかつての弟子から視線をてんじ、夜の林間りんかんに黒々と横たわっている深い闇を見つめながら自問じもんするように語りつづけた。

「では、なぜ人は争いをやめられない。なぜ世はこうも乱れる。ひとつの争いをしずめても、またすぐ別の争いがおこるのはなぜだ。人が争いを好むからなのか? いいや、ちがう。人は争いを好んでなどいない。それでも争いがおこるのは、神がそのように望んでおられるからだ。人は太平たいへいむさぼ怠惰たいだな生き物ゆえに、戦乱によって絶えず切磋琢磨せっさたくまさせねば堕落だらくする、と。それに気づいた時、わたしは使徒としての真の使命を知ったのだ。すなわち、智をもってらんを招来す、と」

 メルセリオが口をとざすと、林のなかは静寂せいじゃくにつつまれた。鳥もけものも、虫でさえも息を殺して固唾かたずをのんでいるかのように辺りはしんと静まりかえり、ただ冷たい夜風だけがふたりの男にそろそろと吹きつけていた。

「・・・・・・なにを、おっしゃってるんです・・・・・・」

 レイタスの口からふるえた声がこぼれる。まるで得体の知れないものを目の前にしているかのように、イライラと小さくかぶりをふっていた。

 そのように混乱をきたしているレイタスを、セルネアは初めて目撃した。ニアヘイムを守る困難な戦いのなかでもつね泰然たいぜんとしていた自分の師がうろたえている。そのことにセルネアも言い知れぬ不安に襲われた。

 心配してレイタスの横顔を見つめていたセルネアは、ローブの衣擦きぬずれする音でメルセリオが動いたことに気づき、反射的にそちらへ視線を転じた。

「お前ほどの知略ちりゃくをそなえた者が同志どうしとなれば、この世を戦乱で満たして神への供物くもつにできよう。わたしとこい、レイタス。おまえがまだ見ぬ高みへと、わたしがふたたび導いてやろう」

 右手を差しだし、メルセリオはレイタスが歩みよってくるのをまった。

 だが、レイタスは弱々しくかぶりをふるだけで歩みよろうとはしない。

「師よ、教えてください・・・・・・俺と別れてから、アディームでの旅でなにがあったのです」

 かすれた声でそううレイタスの横顔には、相手をいたわる心情がにじんでいた。

 かつての師がさまがわりした原因を、レイタスは、四年前にメルセリオがひとりでったアディームでの旅に求めたようである。そこでの過酷な旅がメルセリオの気を狂わせてしまったのにちがいない、と。

 そしてその直感は、どうやら正鵠せいこくていたようで、しかもそれはメルセリオの逆鱗げきりんに触れるものであったらしい。月明かりにえた彼の秀麗な顔が忌々いまいましげにゆがみ、きだす声は静かなれど怒りに満ちて暗くひびいた。

「わたしの誘いへの答えにはなっていないぞ、レイタス。今一度、たずねる。わたしとくるのか、こないのか、それだけを答えよ!」

 セルネアは、メルセリオという人物の為人ひととなりをまったく知らない。が、少なくとも、この恐喝きょうかつまがいの誘いには反感をじゅうぶんにそそられた。

 そして、レイタスにとっても別人を思わせる豹変ひょうへんぶりだったようだ。彼は恐れと失望しつぼうのない混ざった表情で弱々しくかぶりをふるばかりで、目の前の男の高圧的こうあつてきな態度を受けいれることができていなかった。

「俺が敬愛けいあいする師は・・・・・・戦乱のない平和をひたすら探求していたメルセリオは・・・・・・一体どこへ消えてしまったのです!」

「・・・・・・残念だ、レイタス。それがお前の答えと言うのなら──」

 メルセリオの右手が湾曲わんきょくした剣のつかへとのびる。

「ここで死ね。生かして帰すにはおまえは危険すぎる!」

 一気に鞘走さやばしらせて曲刀きょくとうを引き抜いたメルセリオが、ためらいのない足さばきでレイタスとの間合まあいを瞬時にめ、白刃はくじんをふりおろした。

 普段のレイタスなら、なんなくかわせていた斬撃ざんげきである。

 だが、敬愛していた人物から不意にあびせかけられたこの殺意を、少なくとも彼の意思はかわしきれなかった。

 救ったのは本能であろう。無意識に体をひねって、ふりおろされた曲刀に命をたれるのを間一髪かんいっぱつでふせいでいた。だが、それでも左かたから腹部ふくぶにかけてレイタスのローブは切りかれ、そこから鮮血せんけつが飛び散った。

 後ろによろめいて片膝かたひざをつくレイタスの頭上ずじょうに、メルセリオが二太刀にたちめを見舞みまおうと最上段さいじょうだんにかまえた直後──。

「レイタース!」

 考えるよりも先に、セルネアは自分の剣を鞘走らせながら木陰こかげを飛びだしていた。抜き放ったからの鞘を投げつけ、メルセリオがそれを曲刀で払い落としているすきに間合いを一気に詰め、相手の胸もとめがけてするどい突きをくりだす。

 メルセリオはとっさに後方へ飛び退いて我が身を守ったものの、不意をつかれたことにいささかおどろいているようだった。

「なにやつ」

 曲刀を用心深くかまえなおしながらメルセリオが鋭い眼光を放ってくる。

 問われて名乗るもおこがましいが、セルネアは下着姿の半裸で胸を張り、堂々と名乗ってみせた。

「レイタスがまな弟子、セルネア!」

「ただの弟子だ、ただの・・・・・・」

 とっさに抗議の声をあげたのは、うずくまっていた血まみれのレイタスである。歯を食いしばっているのは傷のせいか、それとも弟子のあられもない姿にあきれてのことか。いずれにせよ憎まれ口をたたけるだけの気力は残っているようでセルネアを安堵あんどさせた。

 セルネアはメルセリオに向かって慎重に剣をかまえ、油断なくにらみつけながら、背後のレイタスに声をかけた。

「立てる? あたしが時間をかせぐから、レイタスは逃げて!」

「バカ言うな。おまえがかなうような相手じゃない。どいてろ」

 レイタスはふらつきながらも立ちあがり、セルネアをわきへおしやった。

 いつもなら邪魔者じゃまものあつかいされれば怒るセルネアも、この時ばかりはレイタスの気迫きはくにおされる形でしぶしぶと身を引いた。

「なら、せめてあたしの剣を使ってよ。レイタスの剣、置いてきたでしょ?」

「使徒の手甲ガントレット伊達だてじゃない。それを今から見せてやる。よく観察し、よく学べ」

 白亜はくあ色のローブを自分の血でまだらに染めたレイタスが、手甲ガントレットに守られた両腕をもちあげてかまえ、無手むてのままメルセリオに向かってじりじりと間合いを詰めはじめた。

「ふん。弟子を忍ばせていたとはな。うかつだったよ、レイタス。いや、さすがとめておくべきか?」

 レイタスを卑怯者ひきょうもの呼ばわりするメルセリオに、セルネアは大声を張って自分の師のぎぬを晴らした。

「そんなんじゃないよ! あたしが勝手につけてきただけだもん!」

 そんなセルネアの健気けなげさも、にらみあうふたりの男の心にはひびいていない様子だった。

 メルセリオが大地をる。間合いに達したとみるや力強く踏みこんで、両手でにぎった曲刀を下から上にふりあげ風をうならせた。

 一瞬の早業はやわざに、見ていたセルネアはなにも反応できなかった。おくれて事態を理解したのは、レイタスの白いローブがふたたび切り裂かれ、その切れはしちゅうに舞い散った直後である。

「レイタッ──」

 セルネアは悲鳴を途中でのみこみ、自分の師をまじまじと見つめた。

 メルセリオの曲刀はたしかに上へふりきられている。

 だがレイタスは無事だった。

 その理由を求めてさまようセルネアの視線は、レイタスが胸もとまでもちあげている左腕の手甲ガントレットにさだまった。

 そこに真新まあたらしい擦過傷さっかしょうが一本、まっすぐに走っていた。

 とっさに手甲ガントレットで曲刀の刃を受け、らし、左そで生地きじをわずかにもっていかれたものの、レイタスは我が身を守ることに成功していたのである。

 だがメルセリオがすぐに、今度は上から下へ曲刀をふりおろしてきた。

 レイタスは頭上で素早く両手を交差させ、その刃を左右の手甲ガントレットで受けとめた。と同時に、受けとめたまま相手のふところへ踏みこみ、曲刀と手甲ガントレットの間から火花を激しく散らす。そうして体術たいじゅつの間合いにまで詰めよったレイタスが、すかさず右足を前に突きだしてメルセリオの腹部をとらえた。

 レイタスの蹴りを正面からまともにあびて、メルセリオの体が後方へと吹き飛ぶ。

 少なくともセルネアにはそのように見え、レイタスの蹴りが大きな打撃をあたえたものと確信した。が、ふわりと優雅ゆうがに着地したメルセリオは、すずしい顔で自分の腹部についたよごれをパラパラと片手で払い落しているだけだった。

 レイタスの蹴りはたしかにメルセリオの腹部をとらえていた。が、どうやらメルセリオは蹴りこまれた瞬間にみずから後方へ飛び退いて、蹴りの衝撃の大半を吸収してしまったようである。

 両者はふたたび距離をおいて対峙たいじした。

「師よ」

 不意にレイタスがかまえをいて、なにかの決意をめたような顔つきで語りかけた。

「俺は、今のあなたを理解することができない。理解する日がくるとも思えない。けど、あなたがしようとしていることがまちがっているということだけは理解している。だからあえて言わせてもらう。ニアヘイムをめぐる今回の戦いからは手を引いてください。平和への願いと、使徒としての使命を忘れた今のあなたを戦場で倒したところで、学ぶべきものはなにもないから」

 かつての弟子から、かつての師へとたたきつけられた、これは痛烈つうれつな挑戦状にも思えて、セルネアは息をのんで大きく目をみはり、ふたりの男の言動を見守った。レイタスの挑発が、冗談でも、虚勢きょせいを張って言っているのでもないことは、彼の悲愴感ひそうかんにぬれた瞳を見れば明らかなのだ。

 そして、そのことを明敏めいびんさっしたのは他の誰でもない、かつての師であった。

「まるで、このわたしに用兵ようへいで勝てる気でいるような口ぶりだな。弟子をひとりとったくらいで思いあがるなよ、レイタス」

「あなたこそ、教団の教義と使徒の使命を曲解きょっかいする傲慢ごうまんをすてるべきだ」

 レイタスの横顔から読みとれるのは怒りでも非難ひなんでもなく、あやまった道を歩んでいる師を心から心配しているうれいだけだった。メルセリオの豹変ひょうへん一時いっときの気の迷いであって、心をよせて話しあえばふたたび正道せいどうに立ちかえってくれるはずだと、心底からそう信じている顔である。

 だがそんな願いも、師弟していじょうをすてさった者にはひびかないようだった。

「どこまでもみあわぬ宗教談議だんぎをおまえとかわわすつもりはない。いいだろう。使徒ならば使徒らしく──」

 メルセリオもかまえを解き、曲刀を腰の鞘にもどした。

「戦場で知略を競って雌雄しゆうを決しようぞ、レイタス。我らが神アズエルもそれをよみしたもう」

 颯爽さっそうきびすをかえして衣擦きぬずれの音だけを残し、メルセリオは林間の黒い闇のなかへ夜藍色よるあいいろのローブをけこませて消えた。

 すると、まるでこおりついていた空気が一気に氷解ひょうかいしたかのように虫が鳴きはじめ、風が木々をざわめかせ、静まりかえっていた林に夜の音がもどってきた。

 レイタスが、見えざる支えをうしなったかのようにドッと前のめりに倒れこんだのも、この時である。

 セルネアはあわてて走りよるとレイタスをかかえおこし、彼のった傷が見た目以上に深いことを初めて知った。

 セルネアの腕のなかで、レイタスが息を浅くきだしながらけわしい眼差まなざしをむけてくる。

「メルセリオのこと・・・・・・フィオラには黙ってろ」

「・・・・・・なんで?」

 異論があるわけではなく、純粋な疑問からセルネアは小首こくびかしげた。

 レイタスは傷のためか、それとも別のなにかが作用してか、イライラと早口に告げた。

「ゆくえをくらました恋人が敵方てきがたにいるとわかって、おまえは冷静に戦えるのか?」

「レイタスのお師匠さんと、グランゼス将軍が?」

 想像もしていなかった両者の関係がさり気なく告げられたものだから、セルネアは目を丸めて確認せずにはいられなかった。

 だがレイタスはそれ以上を語らず、ただ念をおしてくるだけである。

「命令だ。黙ってろ・・・・・・いいな?」

「・・・・・・わかったよ」

 頭からおさえつけるような言いぐさに反感を覚えて口をとがらせるも、時おり傷の痛みをこらえて顔をしかめるレイタスを見ていると心配になり、今はとにかく彼の望むようにしてあげようと決意するセルネアだった。

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