4
オルベ川の
セルネアはそう直感していたが、その原因を
だから、あれこれと心配して、その日の夜もなかなか寝つけなかった。
すると、夜も
レイタスが
セルネアはあわてておきあがり、自分の剣をつかむと、
月と星にのみ照らされた
セルネアは
大きく枝を張った木々の下は月や星の明かりがさえぎられて闇の色が
(あちゃ・・・・・・見うしなっちゃった?)
そうあせった直後、遠くで誰かの馬がいななき、セルネアの胸に希望の光が
セルネアは自分の馬を近くの木につなぐと、いななきがした方へ足音を
やがて、木々のまばらになった小さな広場で、ふたりの人物が
セルネアは抜き足差し足で近づき、手ごろな木の
「気づいてくれなかったのではないかと、不安になっていたところだ」
若い男の声が穏やかに流れる。セルネアにはきき覚えのない声だった。
「ご冗談でしょう」
そう応えた声はやはり若い男だったが、こちらはききなれたレイタスのものであり、セルネアをホッとさせた。
(レイタス、誰と話してるんだろ・・・・・・)
セルネアは木の陰からそっと顔を
その人物は黒っぽいローブをまとい、フードを後ろに
そんな男を相手に、レイタスは昔をなつかしんでいるかのように穏やかな表情と口ぶりで話をしている。
「
兵士たちがあげる
視界にさえ入っていれば周囲に
(まだ教えてもらってないけど・・・・・・)
と、セルネアが心のなかで
「近々、俺の弟子にも伝授しようと思っています」
「ほお。弟子をとったか」
「はい。まだまだ世話の焼ける、どうしようもないやつですが──」
(ふんだ!)
「見こみはあります。のみこみが早く、将来が楽しみなやつです」
(え・・・・・・)
セルネアは、カッと熱くなった
(あたしのこと、そんな風に思ってくれてたなんて・・・・・・)
セルネアがすぐ近くできいていることをレイタスは知らないはずである。それだけに彼の発言には真実味がこもっていて、セルネアをおおいに照れさせた。
セルネアが
「その弟子は幸せだな。おまえのような
「俺にとってはあなたがそうでした。あなたに
(うっそ! あの人がレイタスのお師匠さん?)
意外な事実に触れておどろく一方で、かつての師に対するレイタスの声には
実際、レイタスが投じた
「なぜ、カルカリアでエリンデールを殺したのです! あなたのしたことは教団の教えに反するものだ! ローデランの民への裏ぎりであり、我らが神アズエルへの
「神を冒涜しているのは、わたしではない」
興奮ぎみのレイタスとは対象的にメルセリオの
「冒涜しているのは教団のほうだ」
「なにをバカなッ」
レイタスは声をあららげて腕をふり払い、メルセリオの暴言を全身で否定した。
「
「まちがっていたよ」
「な・・・・・・」
心の
そんなかつての弟子に、メルセリオが落ちつかせるような口ぶりで語りかける。
「きけ、レイタス。おまえは、神が戦いを望んでいると感じたことはないか?」
「神が、戦いを?」
「あり得ない!」
「そうだろうか」
メルセリオはかつての弟子から視線を
「では、なぜ人は争いをやめられない。なぜ世はこうも乱れる。ひとつの争いを
メルセリオが口をとざすと、林のなかは
「・・・・・・なにを、おっしゃってるんです・・・・・・」
レイタスの口からふるえた声がこぼれる。まるで得体の知れないものを目の前にしているかのように、イライラと小さく
そのように混乱をきたしているレイタスを、セルネアは初めて目撃した。ニアヘイムを守る困難な戦いのなかでも
心配してレイタスの横顔を見つめていたセルネアは、ローブの
「お前ほどの
右手を差しだし、メルセリオはレイタスが歩みよってくるのをまった。
だが、レイタスは弱々しく
「師よ、教えてください・・・・・・俺と別れてから、アディームでの旅でなにがあったのです」
かすれた声でそう
かつての師が
そしてその直感は、どうやら
「わたしの誘いへの答えにはなっていないぞ、レイタス。今一度、
セルネアは、メルセリオという人物の
そして、レイタスにとっても別人を思わせる
「俺が
「・・・・・・残念だ、レイタス。それがお前の答えと言うのなら──」
メルセリオの右手が
「ここで死ね。生かして帰すにはおまえは危険すぎる!」
一気に
普段のレイタスなら、なんなくかわせていた
だが、敬愛していた人物から不意にあびせかけられたこの殺意を、少なくとも彼の意思はかわしきれなかった。
救ったのは本能であろう。無意識に体をひねって、ふりおろされた曲刀に命を
後ろによろめいて
「レイタース!」
考えるよりも先に、セルネアは自分の剣を鞘走らせながら
メルセリオはとっさに後方へ飛び
「なにやつ」
曲刀を用心深くかまえなおしながらメルセリオが鋭い眼光を放ってくる。
問われて名乗るもおこがましいが、セルネアは下着姿の半裸で胸を張り、堂々と名乗ってみせた。
「レイタスが
「ただの弟子だ、ただの・・・・・・」
とっさに抗議の声をあげたのは、うずくまっていた血まみれのレイタスである。歯を食いしばっているのは傷のせいか、それとも弟子のあられもない姿にあきれてのことか。いずれにせよ憎まれ口をたたけるだけの気力は残っているようでセルネアを
セルネアはメルセリオに向かって慎重に剣をかまえ、油断なくにらみつけながら、背後のレイタスに声をかけた。
「立てる? あたしが時間を
「バカ言うな。おまえがかなうような相手じゃない。どいてろ」
レイタスはふらつきながらも立ちあがり、セルネアをわきへおしやった。
いつもなら
「なら、せめてあたしの剣を使ってよ。レイタスの剣、置いてきたでしょ?」
「使徒の
「ふん。弟子を忍ばせていたとはな。うかつだったよ、レイタス。いや、さすがと
レイタスを
「そんなんじゃないよ! あたしが勝手につけてきただけだもん!」
そんなセルネアの
メルセリオが大地を
一瞬の
「レイタッ──」
セルネアは悲鳴を途中でのみこみ、自分の師をまじまじと見つめた。
メルセリオの曲刀はたしかに上へふりきられている。
だがレイタスは無事だった。
その理由を求めてさまようセルネアの視線は、レイタスが胸もとまでもちあげている左腕の
そこに
とっさに
だがメルセリオがすぐに、今度は上から下へ曲刀をふりおろしてきた。
レイタスは頭上で素早く両手を交差させ、その刃を左右の
レイタスの蹴りを正面からまともにあびて、メルセリオの体が後方へと吹き飛ぶ。
少なくともセルネアにはそのように見え、レイタスの蹴りが大きな打撃をあたえたものと確信した。が、ふわりと
レイタスの蹴りはたしかにメルセリオの腹部をとらえていた。が、どうやらメルセリオは蹴りこまれた瞬間にみずから後方へ飛び
両者はふたたび距離をおいて
「師よ」
不意にレイタスがかまえを
「俺は、今のあなたを理解することができない。理解する日がくるとも思えない。けど、あなたがしようとしていることがまちがっているということだけは理解している。だからあえて言わせてもらう。ニアヘイムをめぐる今回の戦いからは手を引いてください。平和への願いと、使徒としての使命を忘れた今のあなたを戦場で倒したところで、学ぶべきものはなにもないから」
かつての弟子から、かつての師へとたたきつけられた、これは
そして、そのことを
「まるで、このわたしに
「あなたこそ、教団の教義と使徒の使命を
レイタスの横顔から読みとれるのは怒りでも
だがそんな願いも、
「どこまでも
メルセリオもかまえを解き、曲刀を腰の鞘にもどした。
「戦場で知略を競って
すると、まるで
レイタスが、見えざる支えをうしなったかのようにドッと前のめりに倒れこんだのも、この時である。
セルネアはあわてて走りよるとレイタスを
セルネアの腕のなかで、レイタスが息を浅く
「メルセリオのこと・・・・・・フィオラには黙ってろ」
「・・・・・・なんで?」
異論があるわけではなく、純粋な疑問からセルネアは
レイタスは傷のためか、それとも別のなにかが作用してか、イライラと早口に告げた。
「ゆくえをくらました恋人が
「レイタスのお師匠さんと、グランゼス将軍が?」
想像もしていなかった両者の関係がさり気なく告げられたものだから、セルネアは目を丸めて確認せずにはいられなかった。
だがレイタスはそれ以上を語らず、ただ念をおしてくるだけである。
「命令だ。黙ってろ・・・・・・いいな?」
「・・・・・・わかったよ」
頭からおさえつけるような言いぐさに反感を覚えて口をとがらせるも、時おり傷の痛みを
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