2
ニアヘイムの城壁は、レイタスとセルネアの
その壁が音を立ててふるえていた。バーナーム軍の
そして、
それでも、ニアヘイムの守備隊にとっては最優先で補修と防御に専念しなければならない
「瓦礫を土台とし、その上に、用意しておいた石材を
現場にかけつけたレイタスの口から
城壁の補修用に用意しておいた石材や木材は、ニアヘイムの民家や商店を打ち壊して得たものである。
それらを瓦礫の上に積みあげて新たに
その直後であった。
「くそッ」
城壁の上から
「全員、
投石機のひとつが、崩落してできたばかりの裂け目に向かってさらなる巨石を打ちだそうとしていたのである。壁の補修を
「しつこい性格のようだなッ」
敵の指揮官をそう
レイタスは頭から
直後、着弾した衝撃音につづいて轟音と悲鳴があがり、城壁が
降りそそぐ瓦礫のなかでゆれと音がやむのを待ってから、レイタスが
バーナーム軍からドッと
その喊声の意味を知るレイタスは素早く立ちあがり、城壁の上と下に向かって交互に叫んだ。
「敵がくるぞおおッ
右手に剣をにぎったレイタスは叫びながら階段をかけおり、付近の守備兵らをかき集めると彼らをしたがえて大きく崩された城壁の裂け目にかけつけた。
直後、もうもうたる土煙をかいくぐってバーナーム兵がひとり、城壁の裂け目から侵入してきて、先頭のレイタスを視界にとらえるや
その
だが、それでおわりではなかった。いまだ晴れきらぬ土煙のむこうからバーナーム兵が次々と姿を現しはじめたのである。
レイタスは、口から
悲鳴と
裂け目を突破して城内への
この
「東面の
この
命令や報告をたずさえて北と東西の各部隊を行き
バーナーム軍の大攻勢がはじまってからというもの、セルネアやレイタス、そしてザンヘルたち指揮官はじかに顔をあわせなくなっていた。
それでも、四日前の四月一四日に東の城壁の一部が
だから、今回の噂についてもセルネアは周囲の兵士たちほどには悲観していなかった。
「みんな、心配は無用だよ! あたしの師匠が指揮してるんだから、大丈夫に決まってるじゃん。あたしたちは、あたしたちのやるべきことに集中しよ!」
セルネアがそう
ここ数日の戦いで、セルネアは守備兵たちの信頼を得ることに成功していた。男たちに混じって剣をふるい、あるいは弓を引いてバーナーム兵を撃退する少女の
だが、翌一九日の昼過ぎにもたらされた新たな噂をききつけた
「レイタスがッ?」
彼が重傷を負い、戦線を離脱したというのである。
青ざめた顔に
「さぞや心配でござろう。ここは我らにまかせて、セルネアどのはレイタスどののもとにゆかれよ」
「でも・・・・・・」
「
娘を
ところが、そこにレイタスは収容されておらず、もしやと足を向けた東の城壁付近でようやく彼の姿を見つけることができた。
あきれたことに、レイタスはぴんぴんしていた。
おまけに「こんなところでなにをしている」と、レイタスの口から
「そんな言い方ないでしょ! 人が心配してかけつけたってのにッ」
「心配? ああ、これか──」
レイタスは自分の額に片手をあてて、照れくさそうに肩をすくめた。
「敵の矢がかすっただけだ。指揮官の補佐役がもち場を離れてまで心配するような傷じゃない」
さりげなく職場
「あー、はいはい、そうですか。なら帰りますよ~だ、ベーッ!」
「いや、ちょっと待て」
「北の戦況はどうなっている」
「こことくらべたら天国みたいなもんだよ。なんたって、指揮官の補佐役がかすり傷を心配して飛びだしてきちゃうくらい
非難されたことを皮肉ってかえすと、レイタスは
「そうか。なら俺のそばにいろ。これからの戦いをお前にも見せておきたい」
「これからの戦い?」
意地よりも興味が
レイタスの指が
「バーナーム軍の投石機による攻勢が弱まりつつある。連日の
「やったね! それっていいことでしょ?」
「ああ。だが、別の
「見えざる敵って?」
この質問を予期していたかのようにレイタスは
「ついてこい」
レイタスにつれてこられたのは見張り塔の
風は強く、流れの速い雲がしばしば
レイタスが
セルネアもそれをまねて自分の遠見の筒を右目にあてた。
「なにが見える」
「ん~っと・・・・・・あ、壊れた投石機、みっけ」
「そうじゃなくて・・・・・・敵陣の奥を見てみろ」
「奥?」
言われたとおりに遠見の筒を動かすと、セルネアの視界に見なれない風景が飛びこんできた。バーナーム軍の陣地内の奥まったところに、こんもりとした
陣地を設営する際にでた
「あんな大量の土砂、最初に見た時にはなかったはずだけど・・・・・・なんだろ、あれ」
「トンネルを
「トンネル?」
「ああ。城壁や
トンネルを掘れば当然、大量の土砂を捨てることになり、それらが盛り土となって地表に現れる。セルネアとレイタスが見つめる盛り土が、まさにそれだった。
そして盛り土の量でトンネルがどれくらいの長さまで掘られているのかをだいたい
「あの量からして、早ければ
そうなれば地中から次々とバーナーム兵が城内に侵入してきて、
「そんなことされたら大変だよ! どうすんの?」
「おまえなら、どうする」
「えっと、えっと・・・・・・あ、そうだ!
とっさにひらめいたセルネアの案を、若き師は真面目くさった顔で否定した。
「手薄とはいえ北門にも敵は張りついている。その敵が簡単に出撃を許してくれないだろうことは、北で戦っていたおまえが一番よくわかっているはずだ。おまけに、出撃を敵に見られたんじゃ奇襲が成功する見こみもない。そもそも、そんな余分な兵力はこちらにない。各方面の守備で手いっぱいだ」
「でも、あのトンネルをほっとくわけにはいかないよ!」
「見すごしはしないさ。だが敵の作業をとめることは実質的に不可能なんだ。こちらにできることは、のびてくるトンネルをひとつひとつ、そのつどたたくことくらいさ」
「なんだかモグラをたたくみたい」
「おもしろい
セルネアの素直な感想に、レイタスはおかしそうに口もとをほころばせたが、すぐに表情を引きしめて言い足した。
「だが、命がけのモグラたたきだ。気をゆるめるなよ」
トンネルがのびてくる方角や距離を
それでいて、ひとたびトンネルの開通を許せば、そこから敵兵が城内へ一気に
少なくともセルネアにはそう思えたのだが、彼女の若き師は、敵のトンネルを「脅威だ」と評しながらも
すでに対策をほどこしているのかもしれない。
そのことについてセルネアが
「耳のいい兵士を何名か
その壺は小ぶりで、中身は空で、口には薄い羊の皮が張られていた。
「敵がトンネルを掘る音や振動を、こいつで探知するんだ」
レイタスは自分の耳に、皮が張られた壺の口をあてながら得意げにそう言った。
「具体的には、まず東方に面した城壁ぞいに深さ六メートルほどの
近づいてくる音や振動の強弱でおおよその方角を割りだせたら、今度は敵のトンネルに向かってこちらからトンネルを掘り進める。敵のトンネルと首尾よく開通できたら
「この
「なんで? いっそのこと──」
セルネアは
「敵のトンネルの方角がわかったらさ、敵が城内にひょっこり頭をだすところをまちぶせてたたけばいいじゃん。それこそモグラをたたくみたいにさ」
「敵がトンネルを掘る目的は城内への侵入だけとは限らん。城壁の真下で人為的に落盤を引きおこし、城壁そのものを
「ほえ~・・・・・・色々あるんだァ」
「感心してないで、しっかり頭にたたきこんでおけよ。防御する側の心理や戦術を熟知しておけば、逆の立場になった時、おおいに役立つからな」
「う、うん・・・・・・」
セルネアとしては、市民を巻きこむ
レイタスの指示のもと、セルネアはさっそく坑道戦の準備に取りかかった。
日付が変わって四月二〇日の夜──。
レイタスの予言どおり、バーナーム軍が
さらに、音のでどころを
「三本とも、かなり近くまで掘り進められてるってさ。今までの投石機による派手な攻撃は、このトンネルの存在をあたしたちに気づかせないための目くらましだったんだね」
セルネアは、自分の師の読みの正しさにおどろきよりも
一方、敵の戦術をみごとに
「投石機による力おしと、坑道戦による奇襲という、二段構えだったのだろうな」「でも、投石機の猛攻はなんとかしのげそうだし、トンネルだってこれからつぶせる!」
「そのとおりだ。では、敵のトンネルが城壁の真下に到達する前に、
トンネル探知のため東面の城壁ぞいに掘ったいくつもの縦穴のなかから、三本のトンネルそれぞれに最も近い穴が三つ選びだされ、その縦穴の底から敵のトンネルめざして
こちらの接近をバーナーム軍に
それらの音にまぎれて掘り進むのだが、探知壺によって方角や深さを調節する必要がある時だけ地上に
翌二一日の未明──。
包囲されてからちょうど
バーナーム軍のトンネルが近いとみるや、ニアヘイムの工兵はそれ以上、掘り進めるのをやめ、守備隊の兵士らと入れかわり、入れかわった兵士らは暗いトンネルのなかで身をかがめながら息をひそめ、むこうから掘り進んでくるのをまち構えた。
そして、正面の土が
敵を
第二、第三のトンネルも次々と城壁の手前で捕捉、開通し、ニアヘイム兵のまちぶせによる奇襲で一方的な戦闘が行われたあと、つぶされていった。
この時、地上では夜明けとともにバーナーム軍による攻城が再開されていたのだが、戦いの
だが、多くの敵味方に知られることなくひっそりと行われた地下での坑道戦は、レイタスの指示どおりにことを進めたニアヘイム守備隊の
「トンネルがつぶされただとッ・・・・・・」
そろそろ完成するトンネルにそなえて、地下からニアヘイムの城内に突入させる決死隊を
「どのトンネルだ!」
そう
「それが、三本のトンネル、すべてなのです・・・・・・」
「・・・・・・バカなッ」
言葉の意味を理解するのに数秒の間を
むかった先は最も近くにあったトンネルの入口である。部下の報告を信用できず、みずからの目でたしかめにむかったのだった。
トンネルの入口を警備していた兵士の手もとから
やがて行き止まりにたどりつき、たどりつくとすぐアドラフは
正面の行き止まりは、
腰のベルトから短剣を抜き放ち、その
報告にあったとおり、アドラフが決戦の切り
「おのれッ・・・・・・」
もはや部下の報告を疑う気力は
これほど大規模な
にもかかわらず、トンネルの位置や距離が正確に見破られ、あまつさえ
「それも三本ことごとくッ・・・・・・」
つぶされたトンネルが一本だけなら偶然ということもあるだろう。だが三本すべてとなれば、それは運の
ニアヘイムの守備隊のなかに、高度な
「東の地平に大規模な
これをきいたアドラフは、またしてもみずからの目で報告の内容を確認しにむかった。
部下の報告にあった東の地平とは、ニアヘイムの東側に陣取っているバーナーム軍陣地の後方にあたる。そこに横たわっている
すると、はるか遠方の景色が拡大された視界のなかで、黒々とうごめく
その集団が
「フィオラ・グランゼス・・・・・・ついに現れたか!」
バーナーム
だがアドラフは、
問題なのは、彼女の出現までにニアヘイムを落とせなかった、この
アドラフは目もとから筒をおろすと、肩ごしに背後をふりかえって
「ここまで守りが
にらみつけたその街は、無数の
それでもニアヘイムの所有権はバーナーム伯ではなく、
フィオラ・グランゼスの出現までにニアヘイムを攻略するというアドラフのもくろみは、完全に
このような
「一体、何者だッ・・・・・・」
その人物については名も顔も
やがてアドラフは深くゆっくりと息を
背後に敵の援軍をむかえてしまった以上、前後から
(まだ負けたわけではないぞ!)
本隊と合流して
見た目以上に
バーナーム軍
こうして
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