後編
夕食を終え、日が暮れると肝試しが始まった。晴天だったお陰か、満点の星空が広がっている。
そんな肝試しだが、保護者からは中止を求める声も多いという。だが、多くの生徒たちはこの行事を楽しみにしているようだ。
「なあ未来、なんか思ってたのと違くね? 何て言うか緊張感無いよな」
同じ班の
「ハハハ、確かにね。まあ、トラブルが起きたら学校も面倒だろうから、こんな感じになっちゃうんじゃない? じゃ、僕たちも出発しようか」
僕たちB班の6人は、夜道を進み出した。
「なあ、未来。今日をキッカケに、付き合い出したりする奴いると思う?」
隣を歩いていた誠也が聞いてきた。
「うーん、いるかもしれないね。気合い入れてる子、結構多いんじゃ無い?」
少なくとも、友花里は気合い十分だろう。……勇人はそれに気付くだろうか。
「未来はいないの? そういう、気合い入れたい相手とか」
思わず、誠也の顔を見た。どうやら、真面目に聞いているようだ。
「どうだろう……自分でもよく分からない。難しいよね、男と女って」
「まあ……気になってる奴くらいは、いるって事なんだな」
誠也はそう言うと、また前を向いて歩き出した。
***
「お、この横道面白そうじゃん! 流石に、ここ入るには懐中電灯必要なんじゃね?」
誠也が指さした方向は、少し山手に入っていく道のようだった。街灯が無い上に、道が細い。さらに、この道はどこに繋がっているのか分からなかった。
「……いや、ここはダメでしょ。肝試しのルートじゃ無いよ、これ」
同じB班の
だが、誠也はどうしてもそのルートを通りたいらしく、6人で多数決を取ることになった。
結果、反対したのは僕と宏美だけだった。
「ほら、やっぱり。他のグループでも来てる奴らいるよ。あそこ、懐中電灯が光ってる」
そのルートに入ってすぐ、誠也が言った。確かに、幾つか懐中電灯が揺れているのが見える。微かに笑い声なんかも聞こえてきた。
「ハハハ、確かにこれくらいのが肝試し感出るかもね。決まっちゃったからには楽しもっか」
宏美はそう言うと、僕の肩をポンと叩いた。
***
暗く細い道を進み続けると、ちょっとした広場に人集りが出来ていた。ザワザワとしたその雰囲気は、何かしら良くない事があったと想像出来る。
「な、何かあったのか?」
誠也が人集りの一人に聞くと、足をくじいた女子がいるとの事だった。
友花里だった。
「友花里!」
「未来……溝で足を滑らせちゃったの。も、もう立てるから……」
友花里は起き上がろうとしたが、「うっ」と右足を押さえた。
「悪い、未来……このルートに入ろうって言った俺が悪いんだ。すまん」
勇人は僕に頭を下げた。
「とりあえず、俺が友花里をおんぶするよ。構わないか?」
勇人が言うと、友花里はコクリと頭を下げた。
勇人は友花里をおんぶしたまま、細い夜道を進む。懐中電灯を持っている生徒は、勇人の足下を照らし続ける。そして、広い道まで戻ってくると、勇人は友花里を下ろした。
「ふうー、一度休憩。ちょっと待っててくれ、友花里」
「ううん、ありがとう、もう大丈夫。道が広くなったから、肩だけ貸してくれたら。……未来も手伝ってくれる?」
友花里は僕を見て言った。
友花里の右側から勇人、左側からは僕が支え、宿舎までの道を戻り始めた。
「そろそろ到着しないとヤバい時間だから、皆先に戻ってくれよ。先生には俺たちが遅れてる理由を伝えてくれると助かる」
勇人が言うと、他の生徒たちは先に宿舎へと戻っていった。
街灯と満月が照らす夜道を、僕と友花里と勇人で歩いている。
聞こえてくるのは、虫の鳴き声と、僕たちの足音だけだ。
「ごめんね、ホントに……面倒起こしちゃって……」
「……何言ってんだよ。たまたま友花里が足をくじいただけって事だ。俺がその場所を歩いてたら、逆だったかもしれないし」
「そうだよ、気にしなくていい。後で先生に怒られるだろうから、それだけ今から覚悟しないとね」
僕が言うと、二人はクスッと笑った。
***
そろそろ、僕たちの事を知った先生たちが迎えにくるかもしれない。そんな風に思い始めた頃、友花里が足を止めた。
「……どうした、友花里? 足が痛むのか?」
勇人は心配げに、友花里を見た。
「ち、違うの……未来にも言ってなかったけど、今日言おうって決めてたことがあるの。肝試しの時に……」
僕はすぐに察しが付いた。
友花里は勇人に告白するつもりだ。
「ゆ、友花里……僕は離れてようか?」
勇人が友花里を受け入れるのも、友花里がフラれるのも見たくは無かった。僕は友花里の肩を離そうとした。
「いや、未来もいて。私、なんとなく気付いてたから……黙っててごめん……」
勇人は今から何が起こるか、想像が付かない様子だった。何も言わず、友花里の次の言葉を待っている。
「……私、勇人の事が好き。凄く好き。……でも、未来もだよね? 未来も、勇人の事が好きだよね? ……本当に最初は気付いてなかったの。ただただ、仲が良い友達なんだって思ってたから」
勇人は驚いた顔で僕を見た。友花里が勇人を好きだと言った事より、僕が勇人を好きだってことに驚いたのだろう。
「友花里……どうして……」
もちろん、驚いたのは勇人だけじゃない。僕だって、友花里がそんな事を言い出すなんて、想像もしていなかった。
「……未来とは、ずーっと昔から一緒だったもん。……本当なら、もっと早く気付くべきだったのに。ごめんね、未来……」
友花里の目からは、大粒の涙がポロポロと溢れ出していた。
「……や、やめなよ、友花里。そんなの言い出したら、悪いのは僕の方じゃ無いか。ずっと、言えなかった……友花里が最初に、勇人を好きだって言ったときに、僕は黙ってた……」
泣きたくなんか無かった。だけど、友花里の涙を見た途端、抑えることが出来なくなってしまった。
「……勇人も、勇人も好きだよね? 未来のこと。私のせいで、二人が苦しんでるんじゃないかなって、そう思ったの。だから今日、言わなきゃって……」
勇人は一言、友花里に「ごめん」と言った。
友花里は僕の胸で、声を上げて泣いた。
***
修学旅行から帰ってきて1週間。今日は風が強い。台風が近づいているようだ。
友花里は今も、足にサポーターを巻いている。
「まだサポーター取れないんだ。もう少しかかりそう?」
「もう、殆ど痛みはないよ。来週にはサポーターしなくても大丈夫だと思う」
友花里は笑顔で言った。
僕たちは、今日も一緒に高校に通っている。
「友花里……そろそろ、聞いていい? 勇人とのこと」
「フフッ、いいよ。言い出すの待ってたんだから」
友花里は僕を促すように、そっと手のひらを差し出した。
「いつ気付いたの? ……僕が勇人を好きだってこと」
「うーん……修学旅行の少し前くらいかな。それまでは、本当に気付いてなかったの。でもね、勇人は未来のことを好きなのかな? って思う事はあった。二人でLINEもしてたでしょ?」
僕は友花里に隠れて、勇人とLINEをしていた。勇人が言ったのだろうか。
「なんかね、未来のことを話すときだけ、ちょっと違うの。少し照れる感じって言うのかな? 上手くは言えないんだけど。……でも良かったよ、他の女子と付き合うくらいなら、未来の方がいいもん。――な、なによ、泣かないでよ!」
友花里の前で、また泣いてしまった。僕より背の高い友花里は、僕の頭を優しくなでてくれた。
「で、何か進展はあった?」
「今度、勇人ん家でご飯食べることになった。高校生のくせに、親に紹介したいんだって」
「ハハハ、そうなんだ! 勇人らしくていいじゃん。でも、親と話すの、なんか緊張しちゃいそうだよね」
「フフ、そうなの。勇人ね、出来たらでいいから、『親の前だけでも『私』って言ってみる?』って。今更、私なんて言うのこっぱずかしいんだけど」
僕は……いや、私はそう言って笑った。
うん。少しずつでいい、少しずつ『私』に慣れていこう。
その時、突然吹いた強い風が、友花里と私のスカートをフワリとなびかせた。
〈幼馴染の恋の行方 了〉
幼馴染の恋の行方 靣音:Monet @double_nv
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