第5話
一日中音楽を流していないとなんだか心がざわざわしてしまう。音楽がないと不安になるくせに、テンポの速い曲は私の心を急かしているみたいで心臓が速く脈打つ。
日本語の愛を語る歌は涙が出てくる。聞き取れない英語のラップはイライラしてしまう。愛を語るより、幸せになる方法を教えてほしい。愛にもたくさんの種類があるのに性愛ばかりがあふれている。もっと包み込むような愛情がほしいのだけれど、それをなんと呼ぶのかわからない。
友愛、隣人愛、家族愛。どれもピンとこない。アガペーが一番近いかもしれないけれど、それを求める私は強欲なのだろうか。喉が渇いているときに水を飲みたいと思うようなもののはず。でもきっと、私は水が目の前にあってもきっと気づかない。それがどういう色をしているのか、どういう形のコップに入っているのか。
自然とそれを享受できる人もいる。そういう人は何も疑わず幸せの中にまどろんでいる。
私は、私に毎日愛してるよと囁く男も、自由に使っていいよと渡されるお金もあるのにそれが幸せだと信じられずにいる。
きれいに掃除しているのに、部屋が汚く感じてしまうのは私の目がよどんでいるのだろう。だから見えているものすべてが濁って見える。
結局ベッドに横になって三十分ほど経ってしまってからやっと私は起き上がった。
なにをしようか少し迷ったけれど、とりあえずお気に入りのワンピースに着替え、鏡の前に座りメイク道具を取り出した。部屋着はベッドの上に脱ぎ捨てた。とっておきしわになりやすそうなブラウスワンピース、それに化粧してしまえばもう横になれない。シーツは汚れるし、メイクはよれる。
日焼け止めを下地がわりにしっかりと塗る。ファンデーションは軽めにおさえる。アイシャドウは単色のオレンジを指のはらで目尻側にだけのせる。アイラインはボルドー色をしっかり長めに描き、マスカラは塗らない。唇にはオンブレになるように内側だけ濃い色をのせる。どうせマスクをしてしまうから口元は見えないのだけれど、リップを塗ると全体が締まるし、なによりテンションが上がる。
私はきれいな顔をしている方だと思う。面長つり目二重。まあまあ見られる顔だろう。
顔が好きだと礼資はいってくれる。この顔だから私は生活できている。
何度目かわからない溜め息をつき、ゴミ箱のゴミを、市指定のゴミ袋に集めた。床はざっと水拭きシートをつけたモップで拭いた。化粧してからやることじゃないけれど、目についてしまったのだから仕方ない。
玄関にゴミ袋を置くと、少し家全体が広く感じた。
見えるところに髪の毛が落ちていないだけですっきりする。
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