第2話
礼資を起こさないように最小限の動きで涙をぬぐい、再び眠りについた。彼のうでの中にいればごまかすことができる。寂しさとかやるせなさとか。
涙をこらえながら、まぶたをとじた。
さすがにまた同じ夢を見ることはなかった。
二度寝というのは学生の時の思い出があるためか罪悪感がある。なんの疑いもなく眠り続けることができず一時間たたずに起きてしまった。窓から明るい日差しが入り込んでいる。
「礼、今日仕事は」
私は礼資のうでの中から這い出た。うめきながら彼も目覚めたようだ。礼資は私の体に腕を伸ばし、届かないとわかると悲しそうな顔をした。
「今日は遅い日」
まだ眠いとアピールするように大きくあくびをしている。
遅い日、は、始まりが遅い日ということらしい。
だからまだ寝ていてもいい時間だ、と暗に私に伝えてきているのだろうけれど、私は一度起きてしまうとなかなか寝付けない。
私はさみしそうな礼資に気づかないふりをしてキッチンに立った。お弁当箱に、朝炊けるように設定していた炊飯器から米を詰め、冷凍食品を二、三品温める。彩りはあまりよくないけれど、片寄らないように詰めさえすればお弁当としては合格だろう。
礼資は自分で料理ができないから、手順や見た目に関する文句はほとんどいわない。それはありがたい。時々、もう少し味濃い方が好きということはあるが、「いつもご飯ありがとう」といってくれる。だが、洗い物などもしない。キッチンに立つこと自体を避けている。
礼資に家事を求めていない。期待しない。だから私たちは平穏だ。
彼は日中しっかり働き、私は週に二回だけコンビニでアルバイトをしている。
私が彼に求めるのは月々の食費や家賃分のお金をしっかりと口座にいれてくれること。
「お弁当なに?」
もぞもぞと着替えながら礼資の声だけがキッチンに届いた。私もお弁当から視線をはずさない。茶色いお弁当にカラフルなピックを刺した。赤と緑が入るだけできれいに見える。
「いつも通りだよ。冷凍のばっかりでごめんね」
「作ってくれればいいよ。その代わり夜はオムレツがいい」
冷蔵庫の中にケチャップも卵もある。ジャガイモもあるから挽き肉だけ買い足しておけばすぐに作れそうだ。軽く考えたあとうなずいた。
「いいよ。何時くらいに帰ってくる?」
少しして「五時半に終わるから、七時ころに帰れると思う」と返答があった。それなら帰りにあわせて作り始めればいい。私は脳内で逆算した。暗くなる前に買い物にも行きたい。
お弁当を保冷バッグにいれ、保冷剤をいれる。彼が手に取りやすいようにリビングのテーブルの上に置いた。礼資はまだ寝ぼけたような顔をしている。またあくびをしたあとに、歯磨きをするのか洗面所の方へ消えていった。
礼資の朝ごはんを茶碗に盛り、昨晩の残りの肉じゃがを温めた。幸い彼の好きな飲みきりサイズの豆乳がある。これがあればある程度の大目に見てもらえる。
すごい速さで肉じゃがとごはんをかっ込み、ご満悦な様子で彼は豆乳を飲んだ。朝からよくそんなにしっかりと食べられるものだと感心すらしてしまう、いい食べっぷりだった。
スピーディに朝の支度を終えた礼資は玄関で私を待つ。いってらっしゃいのあいさつと、キスはセットだ。いってらっしゃいだけだと、なんでキスがないのと機嫌が悪くなる。私は彼のご機嫌を取る。このあと彼が職場について仕事をし始めるまでの間、ずっとLINEが鳴り続けることになるから。やはり彼は子供なのだ。なんどでも確認をしなくては納得ができない。
「最近、
文句をいう礼資の唇に今度は先ほどよりも少し長めのキスをする。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
ドアを開けて彼を見送ると、今年最初の蝉の声がした。
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