私は坂の上

藤枝伊織

第1話

 長い、長い坂道を母はゆっくりと自転車で登っていった。


 私は子供椅子がついた荷台に座っていた。母の背中だけを見つめていた。坂を登っていることは理解していたが、それ以外はわからなかった。目的地はどこだろう。幼い頭で坂を上った先にある場所を考えていた。たしか小学校がる。姉が通っているのもそこだ。

 急に母は自転車を止めた。どうしたの? と母に声をかけようとしたが、なにもいえなかった。急に私は抱き抱えられて、自転車から下ろされた。そこがちょうど坂の頂上だと、下ろされてから気づいた。母の目的地は坂の先にあるものではなく、坂そのものだった。

 私が唖然としていると母はさぁっと自転車にまたがり坂をくだっていってしまった。小さな私の足では坂道をくだって家に帰ることはできない。私がやっとのことで声をあげたころには母の後ろ姿はおろか、影さえ見えなくなっていた。










 ああ、いつもの夢だ。頬へ手をやると濡れていた。幼いころから何度も見ている夢なのに毎回泣いている。その夢の結末が変わることはない。いつも、母は私を置いていく。私はひとり取り残され、途方にくれる。

 懐かしい母の自転車が記憶と夢を繋げてしまう。

 となりで寝ている礼資れいしは私が泣いていることに気づかない様子で小さくいびきをかいている。私は起き上がろうと寝返りを打つが、礼資がしがみついてくる。彼はいつも私を抱き枕にして眠る。私は彼の頭をなでた。幸せそうに口を緩め、彼はさらに私にくっついてきた。

 私はそんな彼が可愛くて仕方ない。小さな子供のようだ。泣きながら母に抱きついた自分を重ねてしまう。その夢をはじめて見たのはいつなのかもう覚えていない。おそらく、その夢の中の年齢のころ。二十年同じ夢を見続けている。

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