第十六話

 ゆっくりと目を開ける。


 (嫌な夢を見た。)


 私は天井に手を伸ばし、自分の手の大きさを確認する。よかった、変わっていないみたい。それは当たり前か……。


 あれは3年前、私が8歳の時だった。私はお姉様の専属侍女となるはずだった。その為にいろんなことをアリーシャ様から教わった。

 アリーシャ様が直接教えてくれていたのは私が不貞の子だったから。家庭教師を雇うには貴族としての外見がある。メイド達に教わろうとすれば父が文句を言う。そのため、アリーシャ様直々に教えてもらう事になった。それは私にとってとても良かった事で、アリーシャ様にとって最悪な事だったのかもしれない。


 私の母は父一筋だった。そのため、私は放置気味だった。それを不憫に思ってくれていたのか、アリーシャ様はとっても優しく、それでも厳しく、けれど愛情を持って接してくれていた。それならばどちらに懐くのか比べるまでもないでしょう。私の心はアリーシャ様にしかなかった。


 そんな時にお姉様が言った一言、これが全てのきっかけだったと思う。


「お母様! 私、妹が欲しい!」


「うーん、どうしてシェリアは妹が欲しいの?」


「アリシアみたいな可愛い妹が欲しいの! けれど、アリシアは私とは身分が違いすぎるって言うんだもん!」


「そう……。新しく妹はできないけれど、アリシアなら妹に出来るわよ」


「ほんと! アリシアが敬語なしに私と接してくれるようになる? 私をお姉ちゃんって言ってくれる?」


「ええ、そうね。言ってくれるようになるわ」


「やったー!」


 この時、私は黙っているのではなく、無理だと否定するべきだった。そうすればあの悲劇は回避できたかもしれないのに……。私は嬉しさでいっぱいいっぱいだった。アリーシャ様と家族になれるという事に喜びしかなかった。


 アリーシャ様が母に養子の件を伝えると母は拒否した。そして、見たことのない形相で私を見てきた。


「あなたは私から何もかも奪おうとするのね! そんなの許せる訳ないじゃない!」


 私は母が何を言っているのかはわからなかった。母に何かしてもらった覚えはない。全部アリーシャ様からもらった。だから、早く許可してほしいと思っていた。そんな私の態度が母にも伝わったのだろう。そのせいでアリーシャ様はあの時……


 アリーシャ様が倒れた時、私はお姉様のようにアリーシャ様に近づけなかった。泣けなかった。ただ、父と母が笑い合っているのを見ているしか出来なかった。あれが自分の両親である事に絶望することしか出来なかった。そして母に喜びなさいと言われ、私は壊れたのだと思う。この時から、私は自然に笑えなくなった。心の中ではいろんなことを思うことがある。けれど、それが顔に出ることはなくなった。


 父と母という人の皮を被った悪魔を討つ為に、私はアリシア・アースベルトという殻を被った。私自身を殺し、今まで良くしてくれていた人たちを罵倒し、傍若無人に振る舞い、父と母にとっての理想な私になった。そして私は一人になった。

 誰にも助けて貰えない。助けてなんて言ってはいけない。だって、これはあの両親の元に生まれ、望んではいけない事を望んでしまった私への罰だから。


 毒草を証拠としてリオン様に渡した時、私の手を見て小さな声でお礼を言い、父と母を捕らえてくれた。それだけで、私は救われた気がしました。もうこの苦しい思いをしなくていいと。本気でそう思っていました。

 そして、死を願いました。私に居場所なんてもう残っていません。それに私は罪人の子供。何より、私のせいなのに、のうのうと生きることに私自身が許せそうになかったからです。


 そんな私を許してくれなかったのがリオン様です。


「君は君だろう?」


 不敵に笑ったリオン様の顔が頭から離れない。その言葉は私を認めてくれたようで……殻にこもっていた私を見てくれているようで……私はもう伸ばしてはいけないと思っていた手をもう一度伸ばし、リオン様はその手を取り私を引き上げてくれた。


 居場所がない私を保護し、お城の空き部屋を特別に使わせてもらえるように取り計らっていただきました。これは本来なら絶対に有り得ないことなのです。罪人の子供ということを抜いても私は平民なのですから。だから反対の声も多かったと思います。それでもリオン様は私を守ってくれました。

 そんなリオン様に私は何を返せるんでしょうか。ずっと悩み続けても、一向に答えが見つからない。そもそも王族に平民……今は一応貴族ですが、返せるものなんてあるのでしょうか。


「――アリシア、大丈夫?」


「お姉様!?」


 耳元でお姉様の声が聞こえて驚く。


「の、ノックくらいしてください!」


「したよ! 失礼な! 名前を呼んでも、ドアを叩いても返事がないから心配して入ってきたのに!」


 お姉様が珍しく私に怒っている。お姉様の言っていることは本当なのでしょう。考え事に夢中になりすぎていたみたいですね。


「申し訳ありません……それで、お姉様のご用件はなんでしょうか?」


「あれ? いつもより堅くない? 気のせいかなぁ……まぁ、いっか。朝食の時間になっても来なかったからまだ寝てるのかなって。それだけ」


 昔のことを思い出していたからでしょうか。少し堅くなった言葉にお姉様が勘付く。けど、気にしないでくれるみたいです。よかった……


「それで、何を考えていたのかな?」


「えっ……」


「誤魔化せると思った?」


 前言撤回します。すごく気にしているみたいです。

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