第十五話

「ここは……」


 いつものように目が覚めてベッドから起きあがろうとするが、足が地面に届かない。


 どうしてだろう?


 疑問に思って自分の足をまじまじと見る。そこには幼い足が見える。お姉様と比べるとそこまで成長していないとはいえ、これでは小さすぎる。それに足だけではなく、手も小さくなっていた。

 私は慌ててベッドから飛び降り、姿鏡を見る。そこに映っていたのは幼少期の私だった。


 ボーと鏡を見続け、おそらく夢だろう……そう結論付けてベッドにもう一度潜り込む。


 すると突然、周りの景色がガラリとと変わる。今度は私の部屋ではなく、いつも食事をするダイニング。そして、席には父とお姉様それにアリーシャ様までもが座っている。そして、並べられている料理は母が突然考案した山羊の乳を使ったスープだった。


 (これは! アリーシャ様、ダメ!)


 声を出したくても出せない。体を動かしたくても動かせない。私はまた、見ることしかできない。


 アリーシャ様の後ろでアリーシャ様がスープを口に運ぶのを嬉しそうに見ている毒味係……母の歪んだ笑顔が目に入る。


 アリーシャ様が苦しそうに喉を押さえながらも私やお姉様が料理を口に運ばないようにテーブルクロスを力強く引っ張る。

 突然、目の前の料理がなくなったことに驚いたお姉様がアリーシャ様が苦しんでいることに気づき、近づいて泣き叫んでいるが、私はその光景を喜んでいる二人の言葉しか耳に入らなかった。


「ようやく、ようやくだ。これで私が当主になったのだ!」


「これで私も貴族の一員となれる!」


 そんな二人を信じられないような目で見ていると、母が私を見る。


「シアも喜びなさい。これで、貴方だけが侯爵令嬢なのよ。あそこで泣いている娘を気にする必要はないわ」


 お姉様を穢らわしものを見るような目で見る母。お姉様だけでなく、私も実の娘のように接してくれていたアリーシャ様とは程遠い。このままではお姉様もアリーシャ様のように……? それだけは嫌だ!


「あはは、あははは」


 私は目に涙を溜めながら、狂ったように笑う。笑うしかなかった。一番好きだった、尊敬していたアリーシャ様が実の両親に殺され、お姉様まで害を及ぼそうとしているのだから。


「……アリ……シア?」


 お姉様が驚いたように私を見る。ごめんなさい。


「呼び捨てで呼ばないでくれる? 貴方はもう私よりしたなの。そうですよね? お父様、お母様」


 二人ともさも当然だと言わんばかりに頷く。


 そして、また景色が変わる。私が我が物顔で廊下を歩いていると、屋敷のメイドたちがコソコソと話しているのが聞こえる。


「あれだけ良くしてもらっていた癖に、なんて薄情な。さすがあれの子供よね」


「お嬢様は大丈夫なの!?」


「落ち着きなさい。お嬢様にはローレン様がついているわ」


「でも!」


「それに、今日はお嬢様と婚約を結んでいたエヴンス公爵家との対談がある日でしょ。もしかしたらお嬢様のことについて、気づいてくれるかも」


 そう。この日はお姉様の婚約者であるレオス様とレオス様のお父様、リオン様の三人が来る日。だから、私は父に決して入るなと言われていた執務室に忍び込もうとして鍵がかけられていることに気づく。


「何をしているので?」


 ローレンが私を見下ろしながら睨んでいる。正直とても怖い。

 けれど、私はここで引くわけにはいかなかった。父と母は公爵家の訪問に対応している。この機会を逃すわけにはいかなかった。


「証拠を。あの両親がアリーシャ様を殺した証拠を見つけるの」


「貴方が? ご自分が何を言っているかお分かりで?」


 私はローレンを見続ける。ローレンも私が何を考えているのがを探っているのか、私を見る。その目を見ていると足が震えてくる。けど、絶対に目を逸らさない!


「こちらが鍵です。私は外で見張っています」


「ありがとう!」


 私は鍵を受け取り、すぐさま執務室に入る。あたりをキョロキョロ見回していると、この部屋にはあるはずのない草が大量に置いてある。

 これだ! 直感的にそう思い、巾着袋に草を入れる。草を手で鷲掴みにしたためか、触った手が焼けるように痛むがそんなのどうでもいい。


 私は草を全部袋に詰めて、走り出す。父と母に捕まってはいけない。リオン様の元に早くこれを。そのことしか考えていなかった。


「リオン様!」


 バンっと応接間の扉を開ける。リオン様の後ろにいた騎士様たちや公爵様が警戒し、帯刀している剣に手をかける。


「お、お待ちください。シア! 私たちは大事な話をしている。大人しく部屋に戻りなさい!」


「リオン様、これを! 父の執務室で見つけました! アリーシャ様の殺害に使った草だと思います!」


「なっ!?」


 父は驚き、私が持っている袋を奪おうと手を伸ばすが、騎士様たちに取り押さえられる。


「見せてもらえるかな?」


「はい!」


 私はリオン様に袋の中身を見せる。


「うん。ニール草だね。それもこんなに沢山……。二人を捕らえろ!」


「「はっ!」」


 リオン様が毒草を確認し、両親が捕らえられる。両親が私を睨んでくるが、ローレンの時と比べて全然怖くない。捕まっているからでしょうか?


 そう思ったところで私の視界は暗くなった。

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